家庭教師になりました

 椅子に座ってニコニコと俺が座るのを待つリーゼンお嬢様。


 その堂々とした姿は、とてもお転婆娘と言われているとは思えないほど凛としていた。


 俺達のやり取りを呆然と見ていたギルドマスターだったが、ようやく我に返ったのかリーゼンお嬢様に話しかける。


「リ、リーゼン様。ここでは無く、応接室でお話しませんか?ここでは周りの傭兵達にも会話が聞こえてしまいます」

「別にいいわよ。どうせ聞き耳を立てるか、話が終わった後彼に話を聞くでしょ?やましい話をする訳では無いのだから、ここでするわ」

「そ、そうですか.......」


 ギルドマスターと言えど、この国のトップの娘にはタジタジのようだ。


 いつもはギャーギャー騒ぐ傭兵達を吹っ飛ばすギルドマスターも、今日ばかりは大人しい。


 なんか、縮こまったギルドマスターを見ると笑えてくるな。いつもはあんなに威厳タップリな雰囲気を醸し出してるのに。


 ギルドマスターを下がらせたリーゼンお嬢様は、楽しそうに俺が席に座るのを待ったあと、契約内容を話し始める。


 もちろん、周りに座っていた傭兵達は全員聞き耳を立てていた。


 雑談すらせず、聞こえるのは傭兵達の潜める呼吸のみ。


 お前ら、黙ることができたのか.......


「私の家庭教師をするのは4年。頻度は.......そうねぇ、週に2回程度でいいわ。首都で生活することになるだろうから、衣食住は私が面倒を見てあげる。報酬は大金貨3枚ってところでどうかしら?」


 4年で3000万か。しかも週2だけで、衣食住付き。相当破格の対応である。


 が、ぶっちゃけ金に関してはあまり興味がない。


 殆ど働いてないにもかかわらず、何故か拠点の金庫の金は増えるばかりだし、大金貨3枚程度はあまり魅力的に感じない。


 俺の反応がいまいちなのを勘づいたのか、リーゼンお嬢様が勝手に条件を釣り上げる。


「4年で大金貨4枚!!」

「........」


 そう言う問題じゃないんだよなぁ。


 俺にとっては“4年”の方が問題だ。魔王に関しては、まぁなんとかなるだろう。問題は、戦争だ。


 流石に戦争が始まれば、俺もこのお嬢様の家庭教師をやってある暇がなくなってしまう。


 しかし、断るには惜しい依頼だ。


 どうしたものかと悩んでいると、まだ金が足りないのかと勘違いしたお嬢様が条件を釣り上げた。


「よ、4年で大金貨5枚!!これ以上は無理だわ!!」

「お嬢様。態々この男に頼む必要はないのでは?」

「アンタは黙ってなさい!!」

「はい........」


 すっげ、黙ってただけで2000万も報酬が釣り上がったんだけど。


 しかし、幾ら金を積み上げられてもこの条件では受けれない。


 俺は代替案を出すことにした。


 あまり黙りを続けていると、このお嬢様が泣き出してしまいそうだ。


「1年で、金貨6枚。訓練は週2、衣食住に関しては要らない。どうだ?」

「む、4年は無理なのかしら?」

「無理だな。俺達にもやらなきゃならん仕事がある。それに、いきなり4年もの長期契約は辞めておいた方がいいんじゃないか?俺の教え方がリーゼンの求めるレベルに達して無かったらどうする?」

「大丈夫よ!!私のがそう言ってるわ!!それに、貴方に興味を持ったのよ!!」


 興味を持たれるのは嬉しいが、一目見ただけで興味を持たれるものかねぇ。


「3年大金貨4枚はダメかしら?」

「金の問題じゃない」

「そう。残念だわ」


 シュンとするリーゼンお嬢様だが、その後ろに控えていた“異界”が口を挟んできた。


 若干殺気立っているのは、俺の態度が悪いからだろうか。


「おい。ジンとか言ったな」

「なんだ?」

「その仕事とやらは既に日程が決まっているのか?」

「決まってはない。それは依頼主クライアント次第なんでな」

「くらいあんと?よく分からんが、決まってないんだな?なら、その仕事が決まるまではどうだ?」

「週2、衣食住無し、報酬は?」


 “異界”がリーゼンお嬢様に視線を向けると、お嬢様は急いで頭の中で計算をしているのか天井に視線を向ける。


 分かる分かる。暗算する時天井向いちゃうのはあるあるだよな。


 少し微笑ましくお嬢様を見ていると、ようやく計算が終わったのかお嬢様が指をビシッと刺して決めポーズを取る。


「月に大銀貨6枚!!どう?!」


 4人家族が一月を普通に暮らすのに必要な金額が大銀貨4枚なのを考えると、1人に払われる報酬としては破格だろう。


 飲んだくれ達も、少し羨ましそうな視線をこちらへ向けているのがわかる。


 ふっふっふ。そんなに見つめるなよ。照れるじゃあないか。


 毎月契約更新ならば、よっぽど急な事が起きない限り大丈夫なはずだ。


 魔王に関しても、1日あれば急な神託を貰ってもなんとかなる事も分かった。


 となると、条件は後ひとつだな。


「おーけー。その条件で飲もう。だが、もう1つ条件がある」

「何かしら?」

「俺達は傭兵団だ。仲間も連れていくがいいか?報酬に関してはそのままでいい」

「いいわよ!!もう少し合わせることはあるけど、大まかなことは決まったわ!!」


 リーゼンお嬢様はそう言うと、笑顔でこちらに手を差し出してくる。


 俺はその手を握り返した。


「よろしくね!!先生?」

「まだ日程が決まってないがな」


 こうして、俺はこの国のトップである元老院の娘の家庭教師をやることになったのだ。


 日程はまだ決まっていないから、その間にドッペルや吸血鬼夫婦に色々聞いておかないとな。


 俺に戦い方を教えてくれたのは彼らだし、彼らを参考にするのがいいだろう。


 俺とリーゼンお嬢様が握手を交わしていると、ギルドの扉が再び開く。


 どうやら両親が着いたらしい。


「お父様!!家庭教師は見つけたから手配しなくていいわ!!」


 リーゼンお嬢様は、父親を見るなり大声でそう告げる。


 もしかしてだが、父親に勝手に家庭教師を付けられるのが嫌で俺を雇ったとかないよな?


 それを聞いたブルーノ元老院は、唐突すぎる娘の宣言に戸惑う。


 そりゃ、急に言われても困るわな。


「タルバス?」

「そのままの通りです。この傭兵。超新星ルーキーがお嬢様の家庭教師をやる契約を結びました」


 それを聞いたブルーノ元老院は、目頭を抑えながら静かに溜息を着く。


「リーゼン。家庭教師は私が手配すると言っただろう?」

「嫌よ。私の家庭教師は私が決めるわ。それに、私の私財を払って彼を雇うの。文句は言わせないわよ」

「だからといって、評判の悪い傭兵を雇うのは──────────」

「それは、この国のために戦った傭兵達をバカにすることになるぞ?ここがどこだかよく見てから話すんだな」


 俺は、ブルーノ元老院の言葉を無理やり遮って黙らせる。


 裏でなんと言おうが勝手だが、本人達を前に言うのは流石に許せない。


 死んだ彼らはこの国を守るために戦ったのだ。それを踏みにじるような発言をその仲間たちの前でするのは、喧嘩を売っているのと同意義だ。


 それ以上言葉を続ければ、間違いなく嫌悪な雰囲気がギルド内に漂う。


「........誰だね君は」

「今話題に上がった傭兵さ。超新星ルーキーって呼ばれているな。で、仮にも国のトップに立つ人が国の為に戦った連中をバカにするのか?」

「それは........」


 スパーン!!


 言いどもるブルーノ元老院の頭を、かなりいい勢いで引っぱたくその妻のカエナル。


 ほんの少し緊張した空気が、一瞬で和らいだ。


「ごめんなさいね。この人偏見が強くて、頑固なのよ」

「特効薬でも作った方が良さそうだな」


 場を和ませるために軽口を叩く。


 この人なら乗ってくれるはずだ。


「ぷはははははは!!全くもってそうね!!私も依頼しようかしら。この人に効く薬を作ってくれってね!!」

「いい薬師を探しておくよ」


 俺がそう言うと、リーゼンお嬢様は楽しそうに母親に話しかけた。


「ね?お母様。面白い人でしょ?!」

「そうね。あなたの家庭教師にピッタリだわ」


 その様子を見て思った。この母親にしてこの子ありか。

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