私の家庭教師になりなさい!!

 大の大人達が焦った様子でギルド内のあちこちを掃除するのを見ながら、俺も掃除を手伝うこと10分。


 いつもの少し汚れたギルド内はかなり綺麗になり、酒臭さもどこかへと消えていった。


 酒の匂いを消すために風魔法使ってる奴もいたしな。


 なお、この世界には酒の匂いを消す薬草ジュースなるものも存在し、酒を売っている店ならば必ずと言っていいほど扱っている。


 普段は不味すぎて誰も飲まない代物なのだが、流石に今日は酒の匂いを漂わせるのは不味いと判断したのか皆覚悟を決めて飲んでいた。


 あの薬草ジュース、前に“罰ゲームとして飲ませたら面白いんじゃね?”と思って買ったことがあったのだが、ダークエルフ三姉妹が滅茶苦茶平然と飲むもんだから買わなくなったんだよなぁ。


 ある程度片付け終えた傭兵達は、どこかソワソワしながら席に着く。


 なんというか、小学校の授業参観で親が来る直前と言った感じだ。


 俺も皆を見習って席に着く。ボケーッとしていると、目の前にアッガスが座ってきた。


 「よし、これでだいぶ片付いただろ。少なくとも、元老院のお方が不快に思われることは無いはずだ」

 「その凶悪な顔面を何とかしないと無理だろ」

 「.......どうすればいい?」

 「とりあえず笑ってみ?」

 「こうか?」


 ニコォと凶悪な顔を歪めるアッガス。


 はっきり言おう。普通にしているよりもおぞましい。


 夜中にこんな顔のヤツと出くわしたら、間違いなく逃げ出す自信があるね。


 俺達の会話を聞いていた傭兵達もアッガスの凶悪な顔を見たのだが、全員反応は同じだった。


 「アッガス。来世に期待しろ」

 「酷すぎないか?!」

 「この前のゴマすりアッガスさんも中々酷かったが、今回はそれ以上だ。二度とその顔はしないでくれ」

 「アッガスさんは普通が1番ね。今の顔は恋する乙女の熱が一瞬で消え去るレベルだわ」

 「おいアッガス。間違っても元老院のお嬢様にそんな顔するなよ?始末書だけじゃ済まなくなる」

 「お前達に人の心はないのか?!」


 ギャーギャーと騒ぎ出す傭兵達を見ながら、俺は既にギルドのドアで聞き耳を立てている少女に意識を向ける。


 あの馬鹿共は気づいていないが、掃除が終わる少し前にはこのお嬢様はここで聞き耳を立てている。


 楽しいことが好きなお嬢様なんだ。こうやっていつものギャーギャー騒ぎを聞かせたら、絶対に興味が湧くだろう。


 「楽しそうね!!傭兵と言うのは!!」


 バン!!と乱暴に開かれたその扉の向こうから、リーゼンお嬢様が現れる。


 ギャーギャー騒いでいた傭兵達の顔は真っ青だ。


 そりゃ、胸ぐら掴んで投げ飛ばそうとしている寸前の様子を見られればなぁ。


 「アッ、スゥー。えぇっと.......ギルドにはなんの御用でしょうか」


 借りてきた猫のように大人しくなったアッガスを楽しそうに見ながら、お転婆お嬢様は声を高らかに言う。


 「超新星ルーキーに会いに来たわ!!いるかしら?」

 「マジだったのか........それならここに」


 おい、呟きが聞こえてるぞアッガス。


 話半分で信じてなかったのかい。


 これは後でお話が必要かもしれんと思いながら、俺は席から立ち上がるとリーゼンお嬢様の前に立つ。


 「貴方が超新星ルーキーね?私はリーゼン・ガル・ローゼンヘイス。よろしくよ」

 「初めまして。巷では“超新星ルーキー”と言われてるが、俺の名前は仁だ。よろしく。リーゼンお嬢様」


 敬語で下手に出ても良かったが、このお嬢様には何となく悪手な気がした。


 こういう時の直感は信じた方がいい。


 「ジンって言うのね!!」


 リーゼンは俺の顔をじっと見つめたあと、にっこりと笑うととんでもないことを言い出した。


 「決めたわ!!貴方、私の家庭教師になりなさい!!」


 その唐突すぎる提案に、その場にいた誰もが固まる。


 家庭教師?俺が一体何をこのお嬢様に教えるというのだろうか。


 自慢じゃないが、勉強は余りできないぞ。日本にいた頃ならともかく、この世界の知識なら尚更だ。


 頭の中で困惑する俺に、リーゼンお嬢様はさらに話しかける。


 「どう?報酬はちゃんと出すわ!!........そうねぇ、私はまだ一年あるから、三年間と考えて大金貨3枚かしら?」

 「ちょ、お嬢様。あまり勝手に決めてはお父様に怒られますよ?」

 「何言ってるのよ。報酬は私の私財から出すに決まってるじゃない。家に迷惑はかけないわ。それで、どうかしら?私の家庭教師にならない?」


 家庭教師にならない?と聞いておきながら、その目は俺がその依頼を引き受ける事を確信している。


 ここでようやく冷静さを取り戻した俺は、お嬢様に質問を投げかけた。


 「あー、リーゼンお嬢様?」

 「リーゼンでいいわよ!!」

 「おーけーおーけー。リーゼン。急に言われても困るし、あやふや過ぎる契約は結ばないし結べない。こちらも傭兵なんでな。報酬が良ければなんでも受けれるわけじゃない。もう少し噛み砕いてわかりやすく説明してくれ」

 「あら、そうだったわね。私の都合とか貴方が知るわけないもの」


 ようやく落ち着いてくれたリーゼンお嬢様は、どこから説明したものかと言いながら丁寧に説明をしてくれる。


 人差し指を顎に当てて首を傾げるその姿は、とても可愛らしかった。


 「学園アカデミーって知ってるかしら?」

 「一応は。色々なことを学べる場所だろ?」


 学園アカデミー。国によって呼び方は違うが、言うなれば国立学校だ。


 優秀な人材を育てるために、国の税金を使って建てられた学校であり様々な事を学ぶことが出来る。


 このお嬢様の両親も学園アカデミーを出ていたな。


 ちなみに、金を出せば誰でも入れるらしく、生活に余裕のある家庭は皆子供を学園アカデミーに通わせるそうだ。


 後は、普通に試験に受かって入る奴もいる。


 試験に受かって入る場合は、学費などが全て免除だとか。


 「知ってるなら話が早いわね。私も来年そこに通うのだけれど、その必修科目に戦闘訓練があるのよ」

 「あぁなるほど。その戦闘訓練の家庭教師をしろって訳か」

 「そういうことよ。出来れば、入学したあとも家庭教師をして欲しいわね」


 必修科目に戦闘訓練がある事も驚きだが、何より驚きなのはこのお嬢様がものすごい真面目に話を持ちかけてきている事だ。


 よっぽどその科目に何か思い入れがあるのか、先程の元気そうな雰囲気とは違う。


 これはチャンスだ。この国のトップ層とのパイプが出来れば、やれる事が広がる。


 特になにか思いついている訳では無いが、こういうパイプは無いよりあった方がいい。


 とはいえ、ホイホイ飛びつく訳にも行かない。


 俺達の目的は、魔王討伐と神聖皇国と正教会国との戦争だ。


 何年も拘束されるような事があっては困る。


 「条件は?」

 「そこは今から擦り合わせるのよ!!そういうってことは、条件次第では受けてくれるのよね?」

 「まぁ、条件次第だな」

 「いいわいいわ!!貴方はとっても面白い人よ!!私のがそう言っているわ!!」


 リーゼンお嬢様はそう言うと、楽しそうに空いていた席に座るのだった。

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