若き元老院
バルサル一の高級ホテルと呼ばれるこのホテルの朝食は、その名にふさわしい豪華さであり、朝っぱらからステーキや白く綺麗な焼きたてパンが立ち並ぶ。
バカラム曰くこのホテルを貸し切っている場合は、ビュッフェ形式の朝食になるそうだ。
もちろん、個室で食べたければそれに対応してくれる。
俺はバランス良く野菜や肉を皿の上に乗せたあと、用意されいた席へと着いて“いただきます”をした後もぐもぐと朝食を食べ始める。
ビュッフェ形式は立ち食いが基本なのだが、一応座れる場所もいくつか用意されており、立ち食いに慣れていない日本人の俺達にはありがたい仕様だ。
流石は高級ホテル。色々な人に合わせたものが用意されている。
「あ、パパもう食べてるの」
「こういうのは暖かいうちに食べた方が美味いからな。イスも早く食べるといい」
「そうするの」
イスはそう言うと、俺の横にある椅子にちょこんと座って取ってきた料理を食べ始める。
しかし、その顔はあまり優れなかった。
「どうした?浮かない顔をしているぞ?」
「んー昨日も思ったけど、高級料理って割には美味しくないの。アンスールの料理の方が美味しいの」
「イスの舌は庶民寄りだからねぇ。それに、高級料理だからと言って美味しいわけじゃないよ」
渋い顔をするイスの裏から、ひょっこりと花音が現れる。
その手に待った皿を見ると、これでもかと言うほどてんこ盛りに料理が積まれていた。
え?その量食うの?
明らかに花音が食べられる量を超えている。俺は念の為に忠告しておいた。
「おい花音?取った料理はちゃんと全部食えよ?俺は手伝えないからな?」
「知ってるよー。それに、全部食べるわけじゃなくて、ほとんどはベオークと子供達の分だよ」
花音はそう言うと、適当にパクパクと料理を食べた後その皿を誰からも見えないように地面に置く。
皿は影の中に取り込まれ、数秒後には綺麗さっぱり料理が無くなった皿が返ってきた。
『カノングッジョブ』
「どういたしましてー」
その様子を見た俺は納得する。
なるほど、ベオーク達の分か。
何も言ってこなかったから、てっきり要らないのかと思っていた。
「取って欲しかったら、言えばよかったのに。俺もイスも取ってきたらもっと持ってこれたぞ?」
『ジンは頼む前に席に着いてたし、イスは楽しそうに選んでたから邪魔するのはちょっと........消去法でカノンに頼んだ』
「仁は選ぶのが早すぎなんだよ。お皿とってから1分も経たずに料理を選んで座ったでしょ?」
「まぁ、自分の好みは分かってるからそれを取るだけだしな」
「せっかくの高級ホテルの料理なんだから、普通は色々と見て回らない?」
「回らんなぁ........」
『ジンって変なところでせっかち。何時もは、あっちこっちフラフラして楽しそうなのがあると好き勝手するのに』
「それが仁なんだよ。変な人でしょ?」
「パパが変わってるのは最初からなの」
言われたい放題だな。
こういう時、何か言っても倍返しで反撃を喰らうことを知っている俺は、大人しく皿の上にある料理をつつくのだった。
ちくしょう。俺も言い返してやりたいぜ。
そんな事をしながら料理を食べていると、食堂が少し騒がしくなる。
視線を向けると、そこには長く綺麗な赤い髪と深紅の瞳を持った少女とその両親と思われる40代後半の夫婦がいた。
今回の護衛対象。俺が、バカラムから指名依頼を受けることになった元凶だ。
「あれがこの国の元老院の1人、ブルーノ・ガル・ローゼンヘイスか」
スーツの様な物に身を包み、その姿はどこかの大企業の社長だ。
整えられた髭と、オールバックの茶髪。正直ちょっとカッコイイ。
ブルーノ・ガル・ローゼンヘイス。
彼は元老院の中で2番目に若い元老院であり、その見た目と市民に寄り添った政策で圧倒的人気を誇っている人物だ。
彼の派閥は大して大きくないものの、その人気が後押しして元老院になれるという中々珍しい人物でもある。
市民から好かれるように、仕事の傍ら色々なところにボランティアに行き人々との親交を深めているのだ。
また、黒い噂が極めて少ない。
実際に調べても、黒い物がかなり少なかった。
多少の横流しや、政権において邪魔なものたちの排除は行っているものの、本当に最低限だけしかやっていない。
まぁ、叩いてもホコリが全く出てこない政治家の方が怖いので、これが真っ当な姿と言えるだろう。
「その隣にいるのがお嫁さんのカエナル・ガル・ローゼンヘイスだね。美人だねぇー」
凛とした雰囲気と、優しげなその目。
その目とは裏腹に、燃え盛る赤の髪と赤いドレスは人目を引く。
カエナル・ガル・ローゼンヘイス。
ブルーノ元老院に嫁いだ魔導師の端くれであり、その実力は
実際に、首都にある
街が魔物に襲われた時などは自らが出陣して、あちこちを燃やしまくるそうだ。
その街を守る姿から彼女に感謝する人は多く、彼女も市民から人気が高い。
かなりの美人だと言うのも関係してるだろうが。
「んで、楽しそうに料理を見て回ってるのがお転婆娘のリーゼン・ガル・ローゼンヘイスか」
活発的な可愛い少女は、置いてある料理を興味ありげに見ては美味いかどうかを近くにいる兵士たちに聞いて回っている。
明るく元気なその姿を見て、嫌な顔をする兵士は1人もおらず、皆丁寧に答えていた。
「なんと言うか、周りを勘違いさせそうな子だな」
「いるよねぇーそういう子。誰とでも分け隔てなく話すから、童貞をこじらせたキモオタ達が勘違いするんだよ」
「.........」
お前も人の事言えねぇよ?と言ってやりたいが、どうせ言ったところで無駄なのは分かっているので黙っておく。
自覚が無いやつは何を言っても無駄なのだ。
俺は、兵士達に労いの言葉をかけるブルーノ元老院とその妻のカエナルを見ながらその後ろにいる護衛に意識を向ける。
「強いちゃっ強いが.........なんと言うか微妙だな?」
「ん?あの護衛?確か子飼いの兵だったよね。名前はタルバス。実力的には
ご丁寧に花音が説明してくれる。
“異界のタルバス”。花音が言った通り、ブルーノ元老院の子飼いの部下であり、その仕事は護衛。
その強さはアザン共和国の中でも指折りであり、双槍のバカラムに並ぶ強さを持っていると言われている。
とはいえ、俺から見れば大した強さを持っているようには見えない。
俺の基準がアンスールやメデューサとかだからな。それに準ずる強さを感じなければ大したことは無い。
その点で見ると、魔王は強かったなぁ。
少なくとも、アンスールやメデューサといった厄災級魔物達と同じような強さの気配を感じたし。
「ってかさ。あの護衛がいるなら俺達要らなくね?アイツとバカラムで十分だろ」
「まぁ保険だからね。いいんじゃない?暇する分には」
「仕事はもう終わってるしな」
俺は呑気にそう言うと、眠そうに欠伸をするのだった。
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