謎だらけ

 傲慢の魔王ルシフェルが討伐され、世界の危機がまた1つ去っていった翌日。


 俺は、ペシペシと肩を叩かれる感覚で目を覚ます。


 「パパー朝なのー!!起きるの!!」


 徹夜したと言うのにものすごく元気なイスのモーニングコールに起こされ、俺はフカフカの高級ベッドの感触を名残惜しく思いながらもゆっくりと起き上がる。


 ここでぐずると、イスが俺の腹に向かってダイブして来るからな。


 アレは、寝起きに食らっていい一撃ではない。


 俺は、両手を上げて伸びをすると俺の横でニコニコとしているイスの頭を撫でながら、朝のお決まりの挨拶を言う。


 「おはよう。イス」

 「おはようなの!!」


 イスは、嬉しそうに俺の撫でる手を堪能した後、トコトコと歩いて隣のベッドに座ると難しそうな顔をしながら盤上に向き合った。


 「オセロか?」

 「うん。パパが寝てからずっとやってるんだけど、まだ1回も勝てないの」

『強すぎ』

 「8時間ぶっ続けでやってるけど、まだ私に黒星を付けることができてないねぇ。仁が相手だったら5~6ぐらいは黒星を貰ってたかな?」


 ベッドから起き上がり、盤面を見ると明らかにイスとベオークの方が不利な状況だった。


 正直、ここから捲るのは厳しいだろう。


 花音が置きミスをするか、よっぽどの起死回生の手が無い限り勝ち目はない。


 「んーこれは厳しいな」

 「ぐぬぬ.......勝てない」

『強い.........』


 イスもベオークも馬鹿ではない。相当高度な読み合いの末に、石を置いているとは思うが相手が悪い。


 こういう先を読む系のゲームに関して、花音は異常に強いのだ。


 俺と花音、本気でやり合うといつも負け越す。


 勝率は大体2割程度かな。


 俺にすらまだボコられる2人では、花音に勝つなど到底不可能だ。


 レベル1の勇者が、レベル100の魔王に勝とうとしているのと同じようなものだしな。


 「花音も少しは手加減してやったらどうだ?」

 「いやー、前に手加減してあげたことがあるんだけど“手加減するな”って怒られちゃって.......」

 「あぁ、そう」


 俺も心当たりがあるなぁ。


 イスは手を抜かれることを嫌う傾向がある。


 勝負事にはいつも全力なのだ。


 鬼ごっこなどをやる時も全力すぎて、三姉妹や奴隷達をいつもボコボコにしたりしている。


  多少の手加減は覚えて欲しいと思うが、3歳の子供にそれを要求するのは無理があるだろう。


 その見た目と賢さのせいで忘れがちだが、イスの年齢は3歳なのだ。


 前の世界で言えば、年少さんになるかならないかぐらいの年齢である。


 そんな小さい子に“手加減しようね”と言っても無駄だ。


 「俺が寝てる間に何かあったか?」


 俺が花音にそう聞くと、花音はイスの置いた石をひっくり返しながら答える。


 あ、角が取られた。


 「んー。ベオークが“闇手のレオナード”を消した事ぐらいかな?死体と一緒に“次はねぇぞ”って手紙を送っておいたよ」

 「へぇーそんなことがあったのか..........おい待て。“闇手のレオナード”って魔の手デッド・ハンドの最高戦力だっただろ」

 「そうだね」

 「え?もう殺しちゃったの?」

 「殺しちゃったね。今頃本部にどうするか話を聞いているんじゃない?調べさせる?」

 「一応、調べさせておく」


 ちょっと楽しみだったのに。


 アゼル共和国最大の裏組織の最高戦力がどれ程の強さか見てみたかった。


 ベオークの聞けばいいか。


 「ベオーク。相手はどんな感じだった?強かったか?」

『分からない。一瞬で殺したから。ワタシの気配に一切反応出来なかったから、前に暗殺した“彗星”よりも弱いんじゃない?少なくとも、ジンが期待するほど強くない』


 “彗星”よりも弱いと言われても、俺はこの目で“彗星”を見たことがないから分かんねぇよ。


 まぁ、ベオークに反応すること無く死んだ時点で、たかが知れているか。


 俺は少し残念に思いながら、何度も模様が入れ替わる白と黒の盤面を見る。


 既に勝敗は明らかであり、イスとベオークには打つ手なし。


 花音の圧勝だ。


 「また負けたのぉぉぉ!!」

 「あはははは!!言ったでしょ?私に勝つのは100年早いって」

『ちくしょう』


 悔しそうにするイス達と、それを見て高らかに笑う花音。


 そんな3人を見ていると、トントンとドアがノックされた。


 気配からして、バカラムだな。


 俺はイスと花音にオセロを仕舞うように目配せをした後、ノックされた扉を開く。


 「おはようございます。ジンさん。どうでしたか?このホテルの寝心地は?」

 「ベッドはいいが、部屋が好みじゃないな。もう少し庶民寄りにして欲しい」

 「あはは!!それはちょっと厳しいですね。このホテルはバルサル一の高級ホテルなので。それで、何か異常などはありましたか?」

 「あったぞ。魔の手デッド・ハンドの最高戦力“闇手のレオナード”が動いてた」


 俺の報告にバカラムは目を丸くすると、声を潜めるようにジェスチャーしながら小声で話す。


 「それは本当ですか?」

 「本当だが、心配しなくていいぞ?もう終わったしな」

 「........と、言うと?」

 「もうこの世に“闇手のレオナード”は居ないって事だ。死体は綺麗なままアジトへ送り返してやったよ」

 「.........信じられませんねぇ」


 でしょうね。


 殺したのはともかく、アジトに送り返すと言うのは信じ難いだろう。


 俺だってバカラムの立場なら、こんな話を信じることは出来ない。


 が、これは事実である。


 俺はコートの影から1枚の紙を取り出すと、バカラムに無理やり握らせる。


 「ここに書いてある場所にそれなりに戦える奴を送ってみな。きっと面白いものが見れるぞ」


 バカラムはその紙に書かれていた事をチラリと確認すると、独り言のように呟いた。


 「一体君は、いや、君たちは何者なんだい?調べても調べても、この街に来るより前の情報は掴めない。街にも頻繁に出入りしている。ここがホームではないね?君達の拠点らしきものが無いか探しても見つからない。ホント、謎だらけだよ」


 そこまで調べてんのか。


 まぁ、依頼を出すにあたって色々と調べようとしていたのは知っている。


 が、殆ど情報を掴めてないようだな。


 俺達の拠点を見つけようとしても、ウロボロスの無限に阻まれて探せないだろうし、そもそも拠点に帰る時は人目に十分気を使っている。


 相当実力が無ければ、見つけることなど不可能。


 俺は、自分たちの拠点の隠蔽能力の高さを嬉しく思いながらその疑問に答える。


 「俺達は揺レ動ク者グングニル。それ以上でもそれ以外でも無いさ」

 「全く予想通りの回答をするね。まぁ、これは有難く使わせてもらうよ。さて、そろそろ朝食の時間ですが、どうします?部屋に持ってきてもらうか、食堂に行くか」

 「どうする?」


 俺は後ろで待機している2人に聞く。


 俺は正直どっちでもいい。部屋で食べようが、食堂で食べようが美味いもんは美味いし、不味いもんは不味い。


 「どっちでもいいかな」

 「私もどっちでもいいの」


 2人とも同じ答えだった。


 意見が真っ二つに割れるのも面倒だが“どっちでもいい”もそれはそれで面倒だ。


 花音やイスは違うが、世の中には“どっちでもいい”と言っておきながら自分と違う方を選ぶと文句を言うやつだっている。


 1度だけ、そういう奴と遊んだことがあったのだが、死ぬほど面倒だった。というか、心の中で死ねと思った。


 もちろんそれ以降、そいつと遊んだことは無い。


 話が逸れたが、どうしたものか。


 俺もどっちでもいいから、困ったな。


 俺が迷っていると、それを見かねたバカラムが提案してくる。


 「では食堂に来てはどうです?昨日は部屋で食べたでしょう?」

 「んーじゃ、そうするか。それでいいか?」


 イスと花音が頷いたのを確認する。


 こうして、朝食はホテルの食堂で食べることになったのだった。


 まぁ、昨日は俺居なかったんだけどね。

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