オセロ

 ドッペルを拠点に帰した後、俺は魔王との戦闘での疲れを癒していた。


 普段泊まる傭兵達御用達の宿とは違い、置いてあるベッドはとても柔らかく、とても高級品だと言うのがわかる。


 正直、あまり高級感のある部屋とかは落ち着かないが、それ以上に魔王との戦闘に疲れていたのであまり気にはならなかった。


 ところで、一応護衛として雇われているのにこんなにのんびりしてていいのか?


 「なぁ、大丈夫なのか?一応俺達は護衛として雇われているんだろ?もう少しこう.........見回り的なのはやらないのか?」

 「見回りよりも探知してた方が効率よくない?」

 「相手が探知を掻い潜れたらどうするんだよ」

 「大丈夫大丈夫。子供達が既に見張ってるから。よっぽど手練でない限りその目からは逃れられないよ。それに、バカラムからは“目立ちすぎるな”って言われてるからね。私たちはあくまでも保険。そこまで気合いを入れなくてもいいんだよ」


 俺はバカラムからの指示は聞いてないからな。依頼主であるバカラムがそう言うのであれば、俺達は大人しくしていよう。


 少し重たくなった瞼を無理やり上に上げながら、ベッドに寝転がっていると花音がその頭を優しく撫でる。


 「そんなわけだから、仁はゆっくり寝てていいよ。見張りは子供達がしてくれるし、私もイスもベオークも徹夜には強いから」

 「いや、流石に3人に徹夜させて俺だけ寝るのはなぁ..........」

 「パパはゆっくり休むの。私とベオークは魔物だから睡眠はさほど必要じゃないし。睡眠は大事なの」

『はよ寝ろ』


 何とも暖かい我が団員達の優しさ。


 くぅー!!身に染みるね。


 魔王との戦闘が終わって少し気が抜けているし、この状態で護衛してても注意が散漫になるだけかと、自分を納得させると俺は瞼を閉じる。


 「じゃ、お言葉に甘えて少し寝るよ。何かあったら叩き起してくれていいからな」

 「はいはい。ゆっくり夢の旅にいってらっしゃい。おやすみ」

 「お休みなの」

『グッナイ』


 こうして、俺はクソ忙しい一日を終えるのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 仁がスヤスヤと寝息を立て始めた頃、花音とイスとベオークは暇つぶしにオセロをやっていた。


 「ここ?」

『いや、そこは3手後に角を取られる可能性がある。こっちの方がいい』


 仁が暇つぶしの遊び道具としてドッペルに作らせたオセロは、団員の中でも好評だった。


 ルールが簡単でありながら、その難しさと奥深さがハマったのだ。


 花音は、2人で議論しながら恐る恐る石を置くイスを見て面白そうに微笑む。


 今のイスは、虎に逃げ場のない場所にまで追い詰められた震える子鹿だ。


 もちろん、虎は花音である。


 イスが恐る恐る置いた手に対して、花音はノータイムで石を置く。


 そんなやり取りが3回ほど行われた後、イスとベオークの顔が悔しさに歪む。


 「強すぎるの。どう足掻いても角を取られざるをえないの」

『強すぎる.........』


 花音は悔しそうにする2人を見て、ふふんと鼻を鳴らすと、得意げに胸を張った。


 「私が仁に勝てるゲームの1つだからね!!今まで本気でやり合って負けた事はほとんど無い!!」

 「あのパパが負けるの?」

『マジか。ジンにすら未だにボコられるのに.........』

 「もちろん、何度か負けた事はあるけど、それでも勝率8割はあるかな。他にも囲碁と将棋、後チェスとかは私の方が強いね」

 「いご?」

『しょうぎ?』

 「あぁ、私達が前居た世界の遊びね。今度ドッペル辺りに作ってもらおうかな?」


 聞いた事の無い言葉に首を傾げる二人を見て、花音は苦笑しながら答える。


 少しだけ地球が恋しくも思うが、それよりも花音にとって大事な事は仁の隣にいる事だ。


 それに、日本にいる時よりも好き勝手できるこの環境は、不便でありながらも花音にとっては居心地のいい場所である。


 「まぁ、トランプや麻雀は仁の方が圧倒的に強いだけどね。特にイカサマありのトランプなんてやらせたらどう足掻いても勝てないから」

 「イカサマありのパパに勝てる人なんていないの。本気で見抜こうとしても、のらりくらりと躱されて気づいたら負けてるの」

『ジンにトランプで勝とうとするのは無謀。相手が神であろうと、仁なら勝てる』


 そう言いながら、イスは石を置く。


 オセロではXと言われる場所に置いたイスの石は、ノータイムで花音の置いた石に塗り替えられる。

 

 ここからどうやっても勝てないと悟ったイスとベオークは、両手をあげて降参した。


 「また負けたのー!!」

『悔しい』

 「あはは!!私に勝とうなんて100年早いわぁ!!もっと読みを鋭くするんだね!!」


 楽しそうに騒ぐ3人だが、ここでピクリとベオークの動きが止まる。


 その様子を見ていた2人の視線はベオークに集中した。


『監視から報告。魔の手デッド・ハンドの最高戦力“闇手のレオナード”が動き始めた。どうする?』

 「誰か戦いたい人いる?私はパス」

 「私も戦う気は無いの」

『.........ワタシ?しか居ない。ジンは寝てるし、2人はパス。すぐに終わらせてくるから、続きやってて』


 ベオークはそう言うと、影の中に消えていく。


 “いってきます”すら言わずにさっさと仕事へと行ったベオークを見ながら、花音は盤上に並べられた石を片付けて並べ直す。


 交差する黒と白の石が中央に並び、イスは何も言わずに黒色の石を置いて、1つあった白石をひっくり返す。


 「ベオーク行っちゃったね」

 「まぁ、すぐ帰ってくるんじゃない?相手は白金級プラチナ冒険者なんだし」

 「油断は禁物だよママ。パパがよく言ってたの」

 「その通りだね。でも、どれだけ相手を舐め腐ってても勝てる時もあるんだよ。例えば─────────」


 パチン。


 そう言って花音は少し強めにオセロの石を置く。


 ひっくり返ったのはたった1つの石。だが、その一手でイスの盤面は一気に不利になっていた。


 少し渋い顔をするイスを見て、花音はニヤリと笑って若干笑いを含んだ声で言葉を続ける。


 「イスとやるオセロとかね」

 「むぅぅぅぅ!!絶対に勝ってやるの!!」

『絶対に勝ってやる』


 意気込むイスの横に現れたベオーク。


 ベオークが仕事に出てからまだ1分しか経っていない。


 花音は首を傾げながら、ベオークに質問した。


 「あれ?ベオーク。“闇手のレオナード”の相手は?」

『あんな雑魚。1秒もあれば殺せる。死体あるけど見る?』

 「いや、いいや。仁が寝ているのに、そこに死臭を漂わせるのはあまり好ましくないからね。あ、死体は綺麗?」

『綺麗。深淵に飲み込んだだけだから』

 「そう」


 花音は立ち上がると、机の上に置いてあったメモ用紙とペンを手に取ってサラサラと何かを書いた後、何かシールのような物を貼る。


 「はいこれ。死体と一緒に拠点に送り付けておいて」

『手紙?』

 「そうそう。“次、手を出したらお前らの組織そのものを消すぞ”って書いてあるから」

『分かった。子供達に運ばせておく』


 ベオークはそう言うと、手紙を受け取って影の中にしまう。


 今頃は、子供達が死体と共に手紙を運んでいるだろう。


 花音は満足気に頷くと、ベッドに座り直す。


 「さ、続きをやろう。今日中に私に勝てるかな?」

 「絶対勝ってやるの」

『勝つ』


 こうして、夜が明けるまでオセロを打ち続けたイス達であったが、結局花音に勝つことは出来なかった。


 そしてこの日を境に、魔の手デッド・ハンドの刺客がいなくなったのは言うまでもない。




近況に仁、花音、龍二の設定を限定公開しました。裏設定とかも書いてあったりするので、良かったらどうぞ。

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