慌ただしい神託後

  その日、イストレア神聖皇国の首都である大聖堂カテドラは騒がしかった。


 「旧サルベニア王国だと?!どうやっても間に合わんぞ!!」


  日が昇るよりも早くに下された神託。その神託の内容は、教皇であるシュベル・ペテロを焦らせた。


 “旧サルベニア王国の都市サルベニアにて、本日正午に魔王が復活する”


  神託があったのは、魔王復活の七時間ほど前だった。


 「せめて、一日近い猶予があれば、何とかできたものを..........女神様は何を考えておられるのだ」

 「教皇様、今は女神様の意図を汲み取る暇はありません。何とかして対策を取らなければ、被害が拡大してしまいます」


  そう言って、枢機卿の1人であるフシコ・ラ・センデスルは机の上に地図を広げた。


 「ポジティブに考えましょう。場所の分からない小国でなくて良かったと。どこかも分からない小国だった場合は、その場所の特定から入る羽目になるんですよ?」

 「それに比べればマシかもしれんが、どちらにしろ最悪の状況に変わりは無いだろう?」

 「幸い、旧サルベニア王国周辺は砂漠です。1番近い街でも、それなりに時間がかかるはずですから、被害が出るには少しの有余があります。急がなければならないのは確かですが、慌てすぎると足元をすくわれますよ」


  教皇は、自分の中で湧き上がった感情を抑えるために、ゆっくりと深呼吸をする。


  二回ほど深呼吸をして頭に昇った血を下ろすと、教皇は机の上に広がった地図に向き合った。


 「場所は分かっているが、問題は越境による国際問題だ。下手に国を超えてイチャモンをつけられれば、悪者は我々になる可能性も十分にある」

 「やってることは不法入国ですからね。魔王討伐と言う大義があったとしても、そんなの知ったこっちゃないと言われればそれまでです。勇者の評判はできる限り落としたくはないですし、我が国と友好的な関係を結んでいる国を通りたいものです」

 「そうだな。人類の危機なんて言ったところで、実際に対峙してみなければ実感など湧かん。国によっては、我が国への非難材料が増えたとしか思わんだろう」


  神聖皇国をよく思わない国は沢山ある。中には、神聖皇国は悪の国だとして教育をする所もあるぐらいだ。


  下手をすれば、戦争になりかねない。


 「今回は情報が無かったのが痛いな。彼らもこの情報は掴んでなかったのか?」

 「恐らくとしか言えませんが、掴んでなかったのでしょう。分かっていれば、あの時のように手紙が来たはずです」


  神聖皇国で魔王が復活する際、女神の神託よりも早く情報を掴んでいた彼ら。


  その情報のおかげで、神託が一日前と言うギリギリの時でも対策を立てることができたのだ。


  しかし、今回はそのような情報のタレコミは無い。その為、急な神託に対応ができないのだ。


 「せめて、彼らがいればもう少し違った対応も取れるんですがね........」

 「無いものねだりをしても仕方がない。ドワーフ連合国へ連絡は?」

 「既に取ってあります。が、あまり期待しない方が良いかと」


  旧サルベニア王国から1番近い11大国である、ドワーフ連合国。


  既に魔王討伐に向けての協力を呼びかけてはいるものの、その返答は芳しくない。


  苦い顔をするセンデスルを見て、教皇も何となく察する。


 「という事は“破壊神”の協力は無いと思った方がいいな」

 「そうなりますね。彼が動かないとなると、ほかの灰輝級ミスリル冒険者も動かないと思いますし、ドワーフ連合国の協力は無いと思った方が確実です」

 「正教会国とその同盟国が動くとも思えん。結局、勇者達が動く事になるな」

 「そうなります。我が国の灰輝級ミスリル冒険者に依頼を出してもいいのですが、まず間違いなく動きません」

 「“禁忌”も契約の範囲外か」


  打つ手無しと言った状況に、教皇は溜め息をつく。


  そして、頭を抱えながらこういった。


 「今できる最前を尽くそう。我らにできるのはそれだけだ」


 ━━━━━━━━━━━━━━━


  ドワーフ連合国は、それぞれのコミュニティを持ったドワーフ達が集まってできた国だ。


  その為、1人の王などはおらず、長老と呼ばれる9人の代表者が話し合って様々なことを決めている。


  そして、緊急招集されたドワーフの長老達は、今回の議題について話し合っていた。


 「皆も聞いているとは思うが、今日の早朝、イストレア神聖皇国から要請があった。内容は“魔王討伐に協力してくれ”と言うものだ」

 「場所は?」

 「旧サルベニア王国。11大国の中ではドワーフ連合国が、1番近いな」

 「神聖皇国には勇者とやらが居ただろう?そいつらを派遣しないのか?確か、魔王を倒すために召喚された異世界人と聞いているぞ?」

 「もちろん、神聖皇国は勇者を送り込むつもりだ。しかし、どうしても時間がかかってしまう。倒せずとも、時間稼ぎはして欲しいのだろうよ」


  神聖皇国としては、倒してくれようが足止めしてくれようがどちらでも構わない。できる限り、被害を減らして欲しかった。


 「では“破壊神”に依頼を出すのか?」


  長老の1人がそう提案する。


  “破壊神”ダン。ドワーフ連合国の最高戦力だ。


  灰輝級ミスリル冒険者の中でも群を抜いて強い彼なら、問題ないだろう。


  しかし、その提案をもう1人の長老が、却下する。


 「ダメだ。今は我らが国の問題を解決しなければならない。万が一に備え、“破壊神”には国に残っていて貰わないと困る」

 「確かに、今我らが国は解決しなければならない問題がある。それが終わるまでは、下手に戦力を外に出す訳には行かぬ」

 「では、要請は断るということか?」


  長老の1人が頷く。


  もし、ドワーフ連合国が神聖皇国に対して多大な恩があれば話は違っていただろう。だが、神聖皇国とは特にこれと言ったやり取りはなく、恩を感じたこともない。


  義理堅いと言われるドワーフだが、逆に言えば、義理がなければ薄情である。


 「結論は出たと思うが、一応採決を取るとしよう。賛成のものは手を挙げ、反対の者は下げよ」


  進行役である長老が、多数決を摂る。


 「神聖皇国の要請に応える者は手を挙げよ」


  誰も手を挙げない。


 「ふむ。ならば、神聖皇国の要請には応えず、我らが国の問題を解決すると言う者は手を挙げよ」


  全員が手を挙げる。


  それを見た進行役はゆっくりと頷くと、結論を言う。


 「では、神聖皇国の要請には応えず我らが国の問題を解決する。異議は?」

 「「「「「「「「なし」」」」」」」」


  こうして教皇の予想通り、ドワーフ連合国は魔王討伐を見送ることになった。

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