RTAの準備
今日の早朝。朝日が登るよりも早い時間に、女神から神託があった。
内容は“魔王復活”。いつもギリギリで復活する場所と時間が分かるのだが、今回はギリギリなんてレベルじゃない。
俺はイスを起こさないように気をつけながら、気持ちよさそうに眠る花音を揺する。
「花音。起きろ。緊急だ」
「ん.........なぁに?」
花音はゆっくりと目を開けると、既に宿を出る準備をしている俺見て驚く。
寝起きはあまり良くない花音だが、俺の雰囲気を察しってか、すぐに眠た気な顔は吹き飛んでいた。
「どうしたの?何かあった?」
「あぁ、最悪も最悪だ。花音が変なフラグを立ててくれたおかげで、俺は今からRTA走者になる羽目になったぞ」
「.........え?もしかして魔王が復活するの?」
「そうだ。しかも、今日の正午に復活するらしい。一旦拠点に戻って色々と指示を出した後、その場所に向かおうとすると、時間ギリギリだな」
「場所は?」
「旧サルベニア王国唯一の街、サルベニアだ」
「えーと.......確か、オアシス国家だったっけ?」
サルベニア王国。300年ほど前まではオアシス都市として栄えた国家であり、11大国には及ばないものの、かなりの国力を持った国だ。
街はたった一つしか無かったが、独自の戦闘技術や文化のおかげで栄えに栄え、人々からは“砂漠の大国”と呼ばれた程だ。
しかし、その街を、国を支えていたオアシスが突然枯れ始め、残り少ない水を求めて内乱が発生。
賢い人々は街から去り、街と共に朽ち果てる未来を選んだ者はその砂の一部となった。
砂漠国家の中ではかなりの国力を持っていたこともあり、今では様々な文献に書かれる亡き都市である。
「かつては栄えたこの大陸有数の砂漠国家だな。1番近い大国はドワーフ連合国だが、それでも遠い。駆けつけるのには相当な時間がかかる。神聖皇国からも遠いしな。空を飛べれば別だが、神聖皇国はそれでも間に合わないはずだ。勇者達が動くとなると、色々と問題があるだろうしな」
「国境問題とか?」
「神聖皇国寄りの国はともかく、正教会国側の国は何かしらイチャモンをつけてくると思うぞ。神聖皇国としても、余計ないざこざは避けたいはずだ。となると、どうしても遠回りになる」
「ドワーフ連合国から人を送ったりは?」
「さっきも言ったが、距離がある。日和見を決めかねない程にな。幸い、旧サルベニア王国は現在誰のものでも無いし、1番近い国でもそれなりに離れていたはずだ。魔王が復活して直ぐに被害が出ることは無い」
「それで?仁が戦いに行くの?」
「そのつもりだ。誰かが先に居て、大丈夫そうなら子供達を放って帰ってくるが、誰も居ない、もしくは誰かいても勝てなさそうなら戦ってくる」
魔王には申し訳ないが、動けない状態であったとしても容赦なく消し飛ばすつもりだ。
俺は剣聖程優しくないし、何より時間が惜しい。
恨むなら、タイミング悪く復活した自分を恨んでくれ。
「私も行く?」
「いや、花音とイスは受けた依頼をこなしてくれ。俺の代わりは連れてくる」
「ドッペルだね?」
ドッペルゲンガーである彼は、今まで吸収してきた顔や体格を掛け合わせて様々な顔を作る事ができる。
こういう時の為に、俺や花音の顔を用意しておいたのだ。
ただ、問題がひとつあって、顔や声は真似れるものの、俺の記憶や行動の癖などは真似ることができない。
特に、魔力に関しては俺を喰わない限り真似出来ないのだ。
似たような気配は感じられても、少し違和感が残ってしまう。
そこは上手く誤魔化して貰うしかないだろう。幸い、花音がいる。花音なら上手くやってくれるはずだ。
「じゃ、後は頼んだ。夕方には帰れるように頑張る」
「行ってらっしゃい。イスは起こさなくていいの?仁がいないと悲しむよ?」
「.........行ってくる」
俺はまだすやすやと眠るイスのおでこに軽くキスをした後、窓から宿を出ていく。
花音に色々と話していた為、既に朝日が眩しく輝いている。
「急がないとな」
『よかったの?イスを起こさなくて』
俺の影に入っているベオークが、話しかけてくる。
イスに“行ってきます”ぐらい言ったらどうなんだ、と言われている気がした。
「イスを起こしたら、行きたくなくなるかもしれないだろ?“パパ行かないで!!”なんて言われたら、俺は世界より我が子を選ぶぞ」
『.........コレが親バカか』
ベオークは呆れながら、1枚の紙を渡してくる。
「コレは?」
『簡易的な地図だって。大体の場所が分かるけど、それ以降は自分の目で確かめてくれって』
「誰が描いた?」
『エドストル』
なるほど、高い教養がある彼なら絵の心得もあるだろう。さすがにクソでかい地図を持っていく気にはならないからな。
子供達に盗ませた物も幾つかあるのだが、その全てがどこかしらズレている上に、滅茶苦茶でかいのだ。
お手ごろサイズの地図というのは、中々無い。
地図を軽く確認しながら、空を飛ぶこと約2分。
俺は拠点に戻ってくると、急いでドッペルを呼び出した。
「ドッペル!!緊急だ!!」
「呼んだか?俺はここだ」
声のした方に振り返ると、そこにはもう1人の俺がいる。
身長も体格も顔も全く同じだ。鏡を見ている気分になる。
「指示を出してないのに準備しているとは、流石だな」
「だろ?魔王復活の話を聞いてな。そう言えば、団長さんは今日仕事だった事を思い出したんだ。これは俺が必要かと思ったが、どうやらその通りだったらしい」
頑張って俺らしく振舞っているが、所々ぎこちない。
俺をよく知る者なら違和感を覚えるだろう。とは言え、偽装は完璧に近い。これなら問題なくごまかせるはずだ。
「有能な団員ばかりで俺は嬉しいよ。演技指導は花音に聞いてくれ。泊まっている宿とかは─────」
「大丈夫だ。子供達から聞いている」
「そうか。ついでにベオークも付けていく。分からないことがあれば、彼女に聞け。ベオーク、花音が暴走しそうなら上手く止めてくれ。いいな?」
『了解。よろしく。ドッペル』
「こちらこそ。よろしく」
俺はベオークをドッペルに預けた後、俺は急いで宮殿内へと入る。
宮殿内は既に慌ただしく動いており、三姉妹も奴隷達も全員起きていた。
それどころか、子供達までもが影から出て忙しく仕事をしている。
「三姉妹はどこだ?」
「シャ?!シャ、シャ!!」
近くにいた蜘蛛に話しかけると、驚いた後に敬礼しながら“あっち”と腕を指す。
ビクッと体を震わせたその様子は少し可愛かった。
「ありがと」
「シャ!!シャー.........」
お礼を言い、優しく頭を撫でると蜘蛛は嬉しそうに頬を赤らめる。
実際に、赤く染まっている訳では無いが照れてはいるだろう。
今度、子供達を集めて慰労会でもするか。
拠点から出ている子供達もなるべく集めて、パーティーをするのだ。
まぁ、やるとしても大分後になるだろうな。パーティーをやってる時に魔王復活とかされても困るし。
蜘蛛が腕指した方に歩いていくと、シルフォードがいそがしく動いているのが見える。おそらく、情報を急いで纏めているのだろう。
「シルフォード!!」
「団長!!これ、旧サルベニア王国の情報と魔王復活についての詳細!!後、警戒体制をあげてあるから私達は大丈夫。団長、気をつけて!!」
紙束を渡された後、シルフォードは真面目な顔で敬礼をする。敬礼なんて教えた覚えないんだけどなぁ.......
俺は困惑しながらも、紙束をもって拠点を出ていくのだった。
ちなみに見送りのために集まっていた奴隷達も、敬礼していた。
魔王復活まで残り5時間。間に合うか?
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