祝え!!

  依頼を受けてから2日後、俺達は再びバルサルの街を訪れていた。


  受けた依頼の打ち合わせをする為だ。


  流石に、打ち合わせの1つも無しでの護衛は連携が取りづらい。


  傭兵ギルドに辿り着くと、前よりは少ないものの2人程気配を感じる。


 「随分と目が減ったな。2日前に訪れた時は10人ぐらいいたのに」

 「ギルドマスターが圧力をかけてくれたんでしょ。新聞社の目は無いし冒険者達の目もないけど、裏の連中の目はあるからね」

 「全く。そんなに俺の事が気になるのか?人気者も大変だな」


  相手は、明日から嫌という程殺り合う裏組織の人間だ。挨拶でもしておくべきか?


  ........辞めておくか。仕事熱心な人の邪魔はするものじゃない。


 「どうする?前みたいに走ってく?」

 「いや、今日は普通に行こう。今見張っている連中は、別に何かして来る訳じゃないしな」


  前回は新聞社や冒険者が邪魔してきそうだったから、強引な方法を取ったのだ。


  ただ見ているだけならば、別に害はない。


  俺達はのんびりと歩き、傭兵ギルドに入っていく。


  俺達を監視していた気配は、俺が傭兵ギルドに入っていくと同時にどこかへと動き出した。


  恐らく、自分達の拠点へと帰ったのだろう。


  傭兵ギルドの中は、いつにも増して飲んだくれ共がギャーギャー騒いでおり、その喧騒には思わず耳を塞ぎたくなるほどだ。


 「お、ジンじゃねぇか!!久しぶりだな!!」

 「久しぶりって言ったって2日しかたってねぇだろ。それにしても、どうしたんだ?五月蝿いのはいつもだが、今日は格段に五月蝿いぞ」


  ついでに言えば、人も多い。


  何も無い時は大体3~4人程しかおらず、多くても15人ぐらいが精一杯だ。


  しかし、今日は40人近くいる。これは、この街の傭兵全てを集めた人数に近い。


 「そりゃ五月蝿くもなるさ!!おばちゃんの娘さんが結婚したんだよ!!最近はあまり顔を出さなくなったが、昔はよく遊びに来てたからな。俺たちからすれば我がの子が結婚した気分よ!!」

 「おばちゃんって言えば、受付の?」

 「おうとも!!冒険者ギルドみたいに顔だけキラキラした可愛い子ちゃんじゃなくて、仕事を完璧にこなす我らが熟練のおばちゃんさ!!」


  傭兵のおっさんがそう言うと、部屋の奥からビンが飛んでくる。


  ゴン!!と頭に直撃したその瓶は、綺麗に砕け散って床へと落ちていった。


  瓶が投げられた方を見ると、受付のおばちゃんが若干顔を赤くしている。


 「聞こえてるよ!!全く。失礼な傭兵だね」

 「がはははは!!ほらな?怒っていてもちょっと嬉しそうだろ?」


  瓶を投げつけられた傭兵のおっさんは、軽く頭から血を流しながら盛大に笑う。


  そして、その姿を見た周りの傭兵も盛大に笑った。


 「まぁ、そうだな。祝いの品とか買ってこれば良かったぜ」

 「なぁに、必要なのは心よ心。日頃の感謝と祝う気持ちがあれば、それが最高の贈り物になるさ!!」

 「珍しくいい事を言うじゃねぇか。さては別人だな?」

 「失礼な!!俺だ俺だ!!」


  とはいえ、こんなにめでたい時にも関わらず何も祝いの品を渡さないのは流石にどうかと思うので、用意するとしよう。


 「無難に渡すなら花か?でも見た限りだと、他の傭兵達からも貰っているっぽいな」

 「花は辞めておいた方がいいんじゃない?これ以上貰っても邪魔になるだけでしょ」

 「何かいい案はあるか?」

 「普通に金を渡すのは?」

 「ナシで。なんかやらしく見える。渡すにしても、何かに紛れ込ませた方がいい」

 「果物の詰め合わせとかどうなの?そこにこっそりとお金を入れておけば万々歳なの」

 「なるほど。それはいいかもな」


  果物なら食べれるし、多少の好き嫌いはあるかもしれないが、何か変わったものを送るよりかはマシだ。


  後はちょこっと小細工をしてお金を入れておけば、問題ないだろう。


  今日はベオークも着いてきている。彼女に指示を出してもらって、我が家にある果物を適当に見繕って貰うとしよう。


 「ベオーク話は聞いてたか?」


  俺の言葉に反応して、ベオークが影の中から顔をのぞかせる。


  傭兵達にバレないように、俺のコートの中にひょっこりと顔を出した。


『聞いてたし、既に指示を出してある。ワタシが取りに行けば、大体30分で持ってこれるはず』

 「頼むよ。あ、シュレクスの実を1つ入れておいてくれ。後はお前たちのセンスに任せる」

『分かった』


  ベオークは影に戻ると、そのまま拠点へと戻って行った。


 「ところで、御祝儀って幾らぐらいが常識なんだ?」

 「んー......日本だと大体3万ってところかな?ちなみに、幾ら入れようとしてたの?」

 「金貨1枚」

 「アホか。御祝儀に100万円ポンと渡すのはどこぞのリッチだけだよ」

 「いや、ほら。異世界だと違うのかなーって」

 「違うとしても、金貨1枚も渡さないでしょ........」


  確かに金貨1枚は多すぎるか。そもそも、御祝儀って文化があるのかどうかも知らないし。


  不思議に思われたら、村の風習とでも言っておこう。


 「そういえば、その主役はどこにいるんだ?おばちゃんしか居ないようだが」

 「もう少し後に来るはずだ。新婚は忙しいんだよ」


  なるほど、だから先におばちゃんだけで祝ってるのか。


  普段はあまり笑顔にならないおばちゃんだが、今日はとても顔が明るい。


  この街にいる傭兵達、ほぼ全てがおばちゃんを祝いに来ているところを見ると、やはりおばちゃんは、傭兵達に人気なのだろう。


  嫌われていたら、こんな風に祝ってはくれないからな。


 「おや?随分と賑やかですね」


  楽しそうにしている傭兵達を見ていると、後ろから声をかけられる。


  俺は振り返ることなく、その声の主に話しかけた。


 「受付のおばちゃんの娘さんが結婚したらしくてな。みんな今日はそのお祝いだとよ」

 「それは何より。僕もお祝いの品を持ってきた方がいいですかね?」

 「それは自由だろ。俺は後で用意するさ」

 「僕も後で用意するとしようかね。おばちゃんには昔、色々とお世話になったし」

 「へぇ、今やバルサル最強の名をもつ“双槍のバカラム”も世話になったのか」

 「嫌みかい?バルサル最強は今や君だろうに」


  後ろにいるため顔は見えないが、今頃バカラムは苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。


 「俺は別にバルサルが拠点じゃないからな。バカラムがバルサル最強だよ」

 「アレだけこっぴどく負けた後に言われても嬉しくないねぇ。まぁ、いいさ。少し伸びてた鼻をへし折ってくれたおかげで、まだまだ自分の弱さを実感できたからね。もっと強くなったら、また手合わせしてくれるかい?」

 「今度は人目に付かないようにお願いしたいな。街中で気配を消しながらコソコソ動くのは面倒だ」

 「あはは!!気をつけるとするよ」


  多分また手合わせする時が来たら、人が集まるんだろうなと思いながら、俺は馬鹿騒ぎする傭兵達を眺めるのだった。

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