いただきます
必要な物を買った俺達は、人目を避けながら街を出る。
日が落ち始め、赤い空が街を照らし始めた頃には問題なく街を出ることができた。
俺は今や有名人。まだギルドマスターが新聞社や冒険者ギルドに圧力をかけていない為、街を出る門にすら人が張り付いていた。
来た時はいなかったんだけどなぁ........
仕方が無いので、子供達を使って注意を逸らしている間に、素早く街を出ていったのだった。
「あー疲れた。街の中ぐらい何も気にせず歩きたいぜ」
「しょうがないよ。仁が好き勝手やったツケが今回って来てるんだよ。これに懲りたら、もう少し考えながら動く事だね」
「無理。楽しそうだったら間違いなく俺は乗るぞ」
拠点へと帰ってきた俺達は、自分の部屋のベッドにぐったりと寝転がる。
いつも3人で川の字になって寝ているベッドであり、そのふっかふかのベッドは俺の身体を包み込んでくれる。
あー、人間をダメにするベッドだ。朝もこのベッドのせいで中々起きたくない。
大抵は、朝から元気ハツラツなイスにペシペシ叩かれて起こされるんだけどね。
「仁の辞書に“反省”の二文字は無いのかな?まぁ、ないんだろうけど。アンスールがご飯作ってくれてるから、食べに行くよ」
「うーい」
イスは既に食堂へ行っているはずだ。あまり待たせすぎるのは気が引けるので、さっさと行くとしよう。
俺は今日買ってきた物の整理を一旦辞めると、ベッドから跳ね起きて食堂へと向かう。
今日の晩御飯は何かな?
食堂へ着くと、既に全員揃っており、俺と花音を待っている状態だった。
「悪い。待ったか?」
俺は急いで自分の席に座ると、アンスールに話しかける。
基本的に厄災級達は一緒になってご飯を食べる事は少ないが、毎日料理を作ってくれるアンスールだけは一緒になって食べるのだ。
我が傭兵団のお腹事情は、アンスールが全て握っていると言っても過言ではない。そりゃ、誰も逆らえませんわ。
逆らったらオカズが減るもん。
俺が座ったことを確認したアンスールは、優しく微笑みながら返事をする。
「そこまで待ってないわ。精々1~2分程度よ。ほら、さっさと食べましょう?冷えると美味しく無くなるわ」
相変わらず髪に隠れてその目を見ることはできないが、口調から優しさが溢れだしている。
いつかその目を見る日は来るのだろうか。
そんな事を思いながら、俺は手をパンと合わせると、ワイワイ話していた団員達も静かになって手を合わせる。
そして、お決まりのあの言葉を言った。
「いただきます」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
いつの間にか定着してしまった食べる前の祈り。
俺と花音は元々このような文化があった為、なんの疑問も持たずにやっていたが、やはり他の団員からは不思議に思われた。
しかし、その意味を説明すると誰しもが納得して真似するようになったのだ。
頂く命に感謝する言葉だと。
当たり前のように食事ができる日本とは違い、厄災級達も三姉妹も奴隷達も食の有難みはしっかりと理解している。
“いただきます”はすんなりと団員達に受け入れられた。
今や、団員達が唯一話せる日本語である。
「あぁ、そうだ。団長様、報告書を子供達に渡しておいたので、後で影から受け取ってください」
「魔王に関しては?」
「今のところ“特に無し”だそうです。神聖皇国も正教会国もほぼ偶然見つけた産物なので、やはり運良く悪魔を見つけないと厳しいかと」
「って事は、次は女神頼りになりそうだな。いくら子供達が優秀とはいえ、限界はあるししょうがないっちゃしょうがないか」
ラナーの報告を聞きながら、静かにため息を着く。
子供達の数は有限だ。その数は今でも増え続けているが、まだまだ全世界にその網を張るには数も時間も足りない。
現在蜘蛛の目があるのは、拠点から近い5ヶ国。
アゼル共和国、獣人国家バサル王国、亜人国家リスト王国、多民族国家ジャバル連合国、そして、今は属国になっている人間国家シズラス教会国。
この5ヶ国には各都市に蜘蛛の目が配置されており、毎日のように情報が入ってくる。
あとは11大国。
まだ全ての都市に蜘蛛の目を配置することは出来ていないが、大きい都市にはしっかりと目がある。
たった16ヶ国ですら手が回らないのだ。600以上あるこの大陸の国家全てに、目を配置するのはやはり厳しい。
「私の子供をもっと増やす?まだ余裕は沢山あるわよ?」
「いや、アンスールは既にこの拠点の警備に子供達を貸して貰ってるからな。それに、子供を産むのは限界があるんだろ?戦争の時に使い物になってもらっても困る」
「限界があると言っても、相当な数になるわよ?100万単位での蜘蛛の行進が見たいかしら?」
うじゃうじゃと歩く蜘蛛たちを想像したのだろう。話を聞いていた三姉妹達の顔が少し歪む。
俺としてはちょっと見てみたい。黒の絨毯と化した蜘蛛の大行進。ちょっとした狂気ではあるが、その姿は壮観だろう。
「いつかは見てみたいが、それは今じゃない。力を振るう時が来たら頼むよ」
「あらそう?人手は多い方がいいと思ったのだけれども.......」
「気持ちは有難く貰っておくよ。本当に必要になったら頼む」
「ふふふ。分かったわ」
楽しそうに微笑むアンスールは、機嫌よく皿に盛り付けられたハンバーグを頬張った。
「でたよ、蜘蛛たらし。ダメだよー?アンスールに手を出しちゃ」
「そうですよ、団長様。アンスールさんが女の顔をしてるじゃないですか」
「出さねぇよ。俺をなんだと思ってんだ」
人を女たらしのように言いやがって。大体、アンスールは異性として見てない。
もちろん、アンスールの事は好きだが、
「あら、振られてしまったわ。傷ついちゃうわねぇ」
アンスールは、泣き真似をすると隣に座るイスに泣きつく。
イスは話を聞いておらず、ご飯を食べることに集中していたが、急に抱きついてきたアンスールに驚くこと無くヨシヨシと頭を撫でる。
対応力が高い。流石は我が子である。
「あーあ。仁がアンスール泣かせたー」
「小学生かお前は。もう少し静かに飯を食え」
「私はもう食べたよ。仁が遅い」
「は?早すぎるだろ.......」
花音の皿を見ると、既に綺麗に料理が無くなっている。
おかしい。まだ食べ始めて5分も経ってないんだが。
黙々と食べ続けているイスですら、まだ半分もいっていない。
もちろん、話しながら食べている俺達は更に遅い。
「早食いは太るぞ?あと、健康にも悪い」
「大丈夫だよ。ちゃんと30回噛んでるから」
そういう問題なのだろうか。
まぁ、花音はなんやかんや言って健康そうだから大丈夫だろう。
俺より絶対に先に死なないって言ってるし。
ちなみに、俺が死んだら自分も死ぬそうだ。
愛が重い。
「あら?泣いている私は無視かしら?」
「アンスール、食べにくい.......」
「あ、ごめんね。今退くわ」
アンスールは少し俺と花音の関係を羨ましそうに見ながら、食事に戻るのだが、その視線に俺達が気づくことは無かった。
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