情報屋

  外見はオンボロな店とは言え、中は綺麗に整理されているこの魔道具店には、実用的な物から変わった物まで、数多くの魔道具が取り揃えてある。


  品揃えもこの街1番の魔道具店であり、彼女の腕ならば大きな商店のお抱え魔道具士になれるだろう。


 「へぇ、魔法を1つまでストックできる魔道具か。冒険者辺りに売りつければ、かなり評判になるんじゃないか?魔法が使えない冒険者とかは特に」

 「ん?あぁ、それか。その魔道具はちょっと欠陥品でね。どんな魔法も込められる訳じゃない。込められる魔力にも限界がある。そうだな.......大体“火球ファイヤー・ボール”程度じゃないか?」


  火球ファイヤー・ボール。火属性の魔力を持つ者が使える魔法の一つであり、初心者でも簡単に使える火の玉を飛ばす魔法だ。


  基本的に魔法は、その魔力を込めた分だけ威力が強くなるが、効率的な魔力運用というものがある。


  火球ファイヤー・ボールは、その中でも1番魔力を使わない攻撃魔法である。


  マルネスは、一般的に使われる火球ファイヤー・ボールの魔力量の事を言っているのだろう。


 「だとしても凄いじゃないか。攻撃魔法一発分をノータイムで放てるんだぞ?場合によっては、切り札となり得るだろうに」

 「それだけじゃない。その魔道具に込めた魔法の威力は落ちるんだよ。大体威力は半分まで落ちる。とてもでは無いけど、実践では使えないさ」

 「物は使いようだと思うけどな。当たらずとも相手に“コイツは魔法が打てる”って思われせれば、それだけ意識が裂ける。何も知らない相手には、ブラフが有効って事が分からんのか?」

 「少なくとも、ウチに来た冒険者達はそんな魔道具には目もくれなかったぞ」


  分かってないな。手札は多ければ多いほどいい。例えそれが大して使えない手札だったとしても、何も知らない相手には切り札のように見える場合もあるのだ。


  まぁ、魔物相手の場合、頭が悪すぎるとどの手を切っても意味が無い時はあるが、大抵そう言う魔物は弱い。


  その冒険者達はおそらく弱かったのだろう。考えが足りてない。


 「お前のところに客が来るとは珍しいな。てっきり、俺達以外は誰も来ないと思ってたぞ」

 「馬鹿言え。お前達が来る前から店を開いてんだぞ?多少の客は来るさ。流石にそこまでの大量買いはしないけどな」


  マルネスはドンと机の上に置かれた魔道具の山を見て、ため息を着く。


  反応がおかしいだろ。そこは喜べよ。


 「魔道具ってのは結構高価なんだぞ?確かにウチは安めに提供してはいるけど、それでもかなりいい値段しているんだよ。本当にこんなに買うのか?」

 「当たり前だ。幸い金には余裕があるんでな」

 「ケッ、噂の超新星ルーキー様は随分と羽振りがいいな。元々金持ちなのか。それとも、の報酬がいいのか?」


  今回受けた依頼。つまり、元老院とその家族の護衛の依頼。


  つい数十分前に受けた依頼の事を言っているのだ。


  この依頼のことを知っているのは、バカラムとギルドマスターの二人のみ。このやる気のない魔道具店の店主が、その情報を知っているのはおかしかった。


  しかし、俺は驚かない。俺もまた、彼女のが何かを知っているからだ。


 「相変わらず耳が早いな。魔道具店なんて開いてないで、情報屋に転職したらどうだ?」

 「嫌だよ。情報屋なんて儲からないだろ?」

 「いや、この魔道具店も儲かってないだろ.......」

 「それはいいんだよ。私が好きでやっているんだから。それに、情報屋なんてやってても楽しくない」


  仕事に必要なのは、楽しさとやりがいだ。マルネスがそう言うなら無理強いはできないだろう。


  特に彼女のような天才肌の人間は、“楽しい”が原動力だ。


  俺はその魔道具への愛に若干呆れながら、魔道具を買うのに必要な金額を払う。


  全部で金貨4枚と大銀貨8枚。日本円にして約480万円也。さらにプラスして、俺は大銀貨2枚分を多く払った。合計して、金貨5枚である。


 「ちょっと待ってろ。釣りを用意してくる」


  金貨5枚を払ったのを見たマルネスは、どうやら俺がピッタリ払える硬貨を持っていなかったも思ったらしく、店の奥に行こうとするが、それを俺は呼び止める。


 「待て待て。溢れた分は情報代だ。聞きたいことがあるんでな」

 「大銀貨2枚分も聞きたいことがあるのか?生憎、副業には力を入れてないんだがな」

 「いいから取っとけ。多かった分は、次来た時にまけてくれればいい」


  マルネスは少し不服そうな顔をした後、大人しく金貨5枚をポケットに仕舞う。


  それを見た俺も、花音と手分けをして大量に買った魔道具をマジックポーチに仕舞っていく。


 「それで?何が聞きたいの?」

 「3日後に元老院とその家族が来るのは知ってるだろ?」

 「流石に、この街でそれを知らない人なんて居ないでしょ。スラムの人ならともかくね」

 「なら話は早い。どこの誰がその命を狙ってる?」


  マルネスは少し間を置いた後、俺の質問に答えた。


 「アゼル共和国最大の裏組織“魔の手デッド・ハンド”。彼らがその命を狙っている」


  “魔の手デッド・ハンド”。アゼル共和国最大の裏組織であり、暗殺や薬物、人身売買などなんでもござれな連中だ。


  あまりに強大になり過ぎた組織には、流石の政府も下手に手出しができず、手をこまねいてる間に更に組織が大きくなると言う悪循環にハマっている。


  もちろん、大きな商会や政府にも大きなパイプがあり、この国の裏社会を完全に牛耳っている。


  流石は元老院。暗殺を仕掛けてくる相手も大物だ。


  幾らバカラムと言う盾があろうとも、正面しか守れない盾では心もとない。通りで俺にも依頼が来るわけだ。


  まだ詳しい依頼内容は分かってないが、恐らく裏の盾をやれと言うのだろう。


 「暗殺に来るのは誰か分かるか?」

 「そこまでは分かってない。が、今回は相手が相手だ。予想はつく」


  マルネスは、人差し指をピンと立てる。


 「恐らくだが、来るのは“闇手のレドナード”と、その仲間たち。魔の手デッド・ハンドの持つ最高戦力だね」

 「へぇ、有名なのか?」

 「有名だね。暗殺に関しては超がつくほど一流で、狙った獲物は必ず殺っているそうだ。その実力は“双槍のバカラム”に並ぶ程って言われている」

 「その程度ならどうとでもなるな」


  余裕そうに呟く俺を見て、マルネスは目を丸くする。


  相手は、白金級プラチナ冒険者と同等の強さを持った実力者。その相手が来ると言うのにのんびりとしている俺が、不気味に見えるのだろう。


  侮るつもりは無いが、剣聖レベルの強さでなければ俺の敵ではない。


  マルネスはどこか可笑しそうに俺を見たあと、イスにお菓子をあげながら忠告をしてきた。


 「ま、やり過ぎるなよ。あまりにやりすぎると、次のターゲットはお前になる」

 「いいじゃねぇか。暇つぶしに、この国を綺麗にするのも一興だろ」

 「........綺麗にしすぎるなよ?国ってのは多少汚くないと生きていけないんだ。舐めても問題がないほど綺麗な国は、どこの世にも存在しない」

 「分かっているさ。とはいえ、向こうが仕事と割り切って報復しなければ俺は何もしないけどな」

 「ふん、そうなる事を切に願うよ」


  マルネスは美味しそうにお菓子を頬張るイスの頭を撫でながら、つまらなさそうに鼻を鳴らすのだった。

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