指名依頼
おっさんは吹っ飛ばされて地面に背中をつける。その顔は、とても清々しかった。
全く。負けると分かってて、喧嘩を売ってくるとは大した奴だ。
大したやつと言うか、馬鹿なヤツだな。
「ほら、おっさん。立てるか?」
俺は、吹っ飛ばされたおっさんに手を差し伸べる。
普段ならそんな事しないのだが、流石に誰からも賭けられない上に予想通りあっさりと負けたおっさんを見るのは可哀想だった。
「お?負けた奴に情けをかけるとは。随分と人の煽り方が上手いな!!」
「人の好意は素直に受け取るべきだぞ?それともなんだ?もっと煽った言い方の方が良かったか?」
「ははは!!それは勘弁願いたいな!!さらに惨めになる!!」
おっさんは俺の手を取ると、よっこいせと言って立ち上がる。
そしてそのやり取りを見ていた傭兵達は、盛大に笑い始めた。
「ぷははははは!!どうやらお前は変わらんらしいな。ジン」
「ん?俺は俺だろ。変わるもクソもありゃしないさ」
「いや、世の中にはな。有名になった途端、今まで一緒に笑ってきたヤツらを見下すような奴もいるのさ。周りが評価してくれるようになっただけで、自分が偉くなった訳じゃ無いのにな。俺達は、急にお前能力態度が変わるかもと思っていたが、どうやら取り越し苦労だったらしい」
周りの傭兵たちを見ると、みんなアッガスの言葉にうんうんと頷いている。
もしかしたら、実際にそう言う傭兵がここにいたのかもしれない。その顔は、やけに実感が籠っていた。
「俺からすれば、こうやって態度を変えないお前たちの方が有難い限りだな。手を揉みながら、腰を低くして擦り寄ってくるものなら殴り飛ばしてたぞ」
「へへへ、ジンのアニキ。ここの飯代奢りやしょうか?」
俺の言葉を聞いたアッガスが、手を揉みながらニヤケ顔で擦り寄ってくる。
普段はそれなりにカッコイイアッガスだが、流石にこれは気持ち悪すぎた。
「やべぇ。吐きそう。ワームの10倍ぐらい気持ち悪いンだけど」
「.........そこまで言われると流石に傷つくよ?ジンが言ったから実践してやっただけなのに」
「大分キモイね。アッガスを知ってるなら尚更」
「笑顔が気持ち悪かったの」
「ぐふぅ!!」
俺の言葉でダメージを受け、さらに追い打ちで花音とイスがアッガスにダメージを与える。
俺はともかく、花音とイスの追撃はかなりメンタルに来たようで、アッガスの周りには暗い雰囲気が漂う。
そして、このギルドにいる傭兵たちは容赦ない。
ダメージを受けて凹んでいるアッガスに、更なる追い打ちをするのだ。
「確かにキモかったな。アッガスさん、商人には向いてねぇわ」
「同感ねぇ。確かに気持ち悪かったわ。ワームの方がマシね」
「あっはははは!!副隊長があんなに気持ち悪いとか、こりゃみんなに言わなきゃなぁ!!」
傭兵達はそう言って笑うが、笑われたアッガスはそれどころではない。
若干イラついてるアッガスの肩に手を起きながら、俺は涙ぐんでこう言った。
「良かったなアッガス。みんな暖かい声援を送ってくれてるぞ。思わず涙が出ちまいそうだ」
「全くだ。こんなにも優しい仲間がいるとは嬉しい限りだねぇ..........って言うと思ったかお前らァァァァ!!」
アッガスは勢いよく立ち上がると、馬鹿にしていた傭兵達を投げ飛ばしていく。
傭兵団の三番隊副隊長をやっているだけあって、その身のこなしはかなり鋭い。
何とか逃げようとする傭兵を素早く捕まえると、足を蹴りあげて宙に浮かせる。
そして、そのまま床へと叩きつけるのだ。
「ぷはは!!いいぞアッガス!!やっちまえ!!」
「ほらどうした?!俺に喧嘩売っておいてこの程度か?!」
「うぐ!!」
「あて!!」
「うわっ!!」
アッガスが次々と傭兵達を投げ飛ばし、それを関係ない周りの連中が楽しそうに眺めながら、酒を飲む。
よくある光景だ。
「おいおい。真昼間からうるせぇぞ。いつからこのギルドはガキの騒ぎ場になったんだ?」
ギルド内が混沌を極めようとしていたその時、2階からギルドマスターが降りてくる。
上で仕事をしたのか、その目は少し疲れているように見えた。
「元気そうだな。ギルドマスター」
「今の俺の様子が元気そうに見えるのなら、病院へ行くことを進めるぞ。お前が目立ちまくったせいで、ギルドには毎日のように問い合わせが来やがる」
「良かったじゃねぇか。元々暇してたんだろ?俺の為に働け働け」
ギルドマスターは少し嫌そうな顔をした後、暴れる傭兵立ちを見ながらため息を着く。
「あのなぁ、俺だって暇じゃねぇんだぞ?人をなんだと思ってやがる」
「へぇ?歓楽街で豪遊する暇があるのに?最近のお気に入りは.........マーデちゃんだったか?」
俺の呟きに、ギルドマスターは顔を青くする。幸い、俺の声はギルド内の喧騒に掻き消えて、ほかの傭兵達には聞こえていないようだった。
やはり彼にも面子があるのだろう。その目は焦りに焦っていた。
「お、おい。なんでお前がそれを知ってやがる。誰も知らないはずだぞ.......!!」
「ウチには優秀な情報屋がいるんだ。その気になれば、お前の全てを調べ上げれるぞ」
「.........間違ってもお前を敵に回すようなマネはしないでおこう。今心に決めたよ。あぁ、そういえば......」
ギルドマスターはそう言うと、机の上に1枚の手紙を置く。
チラリとその手紙を見ると、俺宛ての手紙だった。
「なにこれ」
「指名依頼が入っている。今、話題の
指名依頼。その名の通り、依頼主か依頼を受ける相手を指名して出す依頼だ。
基本的に何でも屋の冒険者に出される依頼であり、戦争屋である傭兵には滅多に出されることは無い。
更に、指名依頼とは信頼がものを言う。少なくとも、ぽっと出の俺に指名依頼が来るのはおかしかった。
そんな情報も貰っていない。
「なんで俺に?なんの依頼だ?」
「つい数時間前に、ギルドにこの手紙が届いてな。依頼主はバカラムだ」
「バカラムが?」
バルサル最強の“双槍のバカラム”。彼が一体俺になんの依頼をしてきたのだろうか。
「近いうちに元老院が来るのは知っているか?」
「あぁ、お転婆娘が山を見に観光に来るんだって?」
「山っていうか、浮島アスピドケロンだけどな。動かん山を見て何が楽しいんだか」
結構動くけどな。体は動いていないが、顔はよく動く。亀のような見た目だが、表情豊かなのだ。
口調はJKだけど。
「で?その護衛の依頼か?」
「おぉ、察しがいいな。その通りだ。元老院ともなると恨みをあちこちで買うもんだ。人手は多い方がいい。それに、お前の人柄は俺達が知っているからな。少なくとも、悪い奴ではない」
「礼儀正しさはないぞ?」
「そもそも期待していない。お前は裏で護衛って訳だ」
「断る事は?」
「できるにはできる。が、俺としては受けて欲しい。少し生々しい話になるんだが、傭兵ギルドの立場はあまり良くない。出来れば、地位向上のために貢献して欲しいな」
なるほど。確かに傭兵ギルドはあまり人によく思われていない。
俺を使って、少しでも心象を良くしようとしている訳か。
「報酬は?」
「そこに書いてある。詳しく読め」
最終的に、俺はこの依頼を受けることにした。
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