人類最強の影響

  剣聖が色欲の魔王アスモデウスを討伐した事は、瞬く間に世界へと広がっていった。


  人類最強のたった1人での魔王討伐は、勇者の存在意義を揺るがすものとなる。


 「厄介な事をしてくれる。これで“必ずしも勇者が必要という訳では無い”という事が証明された」

 「神聖皇国から近い正教会国寄りの国は、間違いなく私たちの要請を断ってきますね」

 「だろうな。人類最強でも討伐できたのであれば、我が国の総戦力を上げれば負けないとでも思っていそうだ」


  戦争が始まる前に、なるべく正教会国側の国に恩を売って寝返らせようとする計画は使いづらくなってしまった。


  他にも手は無いことはないが、やはり勇者と言うのは人の頭に残りやすい。


  また面倒事が増えたと、神聖皇国の教皇シュベル・ペテロは頭を抱える。


 「しかし、人類最強は実際どれほど強いのですかね?噂でしか聞いたことがないので、その強さがどのぐらいかしっくり来ません」

 「そうだな.......簡単に言えば、第一団長ジークフリードと渡り合える実力者だ。ただ、本人曰く“勝てるかどうかは6:4ですかね。あ、もちろん、私が4ですよ”という事だそうだ。10回戦えばジークフリードは4回勝てるかどうからしい」

 「それは.......ちょっと想像できませんね。何度かジークフリードさんの訓練を見たことがありますが、人の領域を超えてましたよ?」

 「それに勝ち越せると言われる剣聖もまた、人の領域を超えているのだろう。いずれにせよ、小国1つ程度では剣聖とは釣り合わん。数が質を上回るのは、数が無限にある時だけだ。そこら辺を履き違えた国が出てくるとも限らん。何とか戦力を送り込みたいのだがな........」


  剣聖が単独で魔王を討伐してしまった為、魔王を見る目が変わってしまっている。


  勇者に頼らずとも自分達だけで討伐できる。特に、神聖皇国からの干渉を嫌う中小国はそう思うだろう。


 「やはり、彼らは引き留めておくべきだったな。傭兵という立場なら動き易い」

 「彼らですか。一体どこを拠点にしているんですかね?」


  2週間ほどふらりと現れた傭兵団。人々を助けた後何も言わずに去っていくその姿は、今や勇者と並べられる英雄だ。


  人員を割いてできる限り探してはいるが、足取りが一切掴めない。


  分かっているのは、少なくともこの国には居ないという事のみ。


  同盟国などにも捜査の手を伸ばしたが、それらしい報告は入って来なかった。


 「他国だと動きづらいのはあるが、だとしても見つからなすぎる。一体どうやって我々の目を欺いているのやら」

 「この国周辺には居ないのかも知れませんね。空を飛べれば遠くまで移動できますし、街を出てからパタリと足が消えたのも納得できます」

 「.........まぁ、彼らは彼らで自由に動いてくれるだろう。少なくとも、戦争が終わるまでは私達の味方だ」


  何か含みのある教皇の言い方に、枢機卿の1人であるフシコ・ラ・センデスルは首を傾げる。


  まるでその言い方では、戦争が終わった後敵になるような言い方ではないか、と。


 「敵になる可能性があると?」

 「まだ分からん。だが、話を聞く限り、彼の傭兵団には魔物が多く居るそうだ」

 「魔物が?どういう事ですか?」

 「詳しくはわからん。話を聞いた遊撃団団長のアイリスからの報告だ。どうやら彼らは魔物、それもダークエルフを仲間に加えているそうだ」

 「ダークエルフをですか.........」


  2500年前、人類を裏切って魔王と共闘したダークエルフ。今では魔物として扱われ、その心象は他の魔物よりも悪い。


  世代が変わっていようが、人の見る目はそう簡単に変わらないのだ。


 「それだけではない。ダークエルフの他にも、自我を持った魔物が数多く居るそうだ。その魔物の名前は聞けなかったそうだが、アイリス曰く“彼が仲間にするという事は、それなりの強者。最低でも上級魔物以上の強さはあると考えた方がいい”と言っている」

 「上級魔物以上が数多くいるとなると、最早彼が魔王ですね」


  枢機卿能力言葉を聞いた教皇は、おもわず笑い出す。


 「ははは!!かも知れないな。まぁ、そんな訳で、戦争が終わった後、どうなるかは私にも分からん。彼らが英雄として人々に迎え入れられるのか、それとも恐怖の対象となるのかは彼ら次第だ」

 「そして、私達の敵となるのかもその時次第ですか」

 「そうだ。私としては敵対はしたくない」


  教皇はそう言うと、ようやく建て直しが始まった大聖堂を見る。


  魔王による被害を受けても、人々の顔には希望と笑顔が溢れていた。


  死者が少なかったのも影響しているだろう。少なくとも、絶望する人は極小数である。


  教皇はふと笑うと、上を向いて呟いた。


 「願わくば、この世界に安らかな安寧があらんことを」


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 「なに?軍を辞めるだと?」

 「はい」


  じろりと睨みつけてくる上司、いや、元上司が低い声で脅すかのように青年に話しかける。


  実際、彼は脅しているつもりなのだろう。


  だが、悪魔の殺気をその身で浴び、魔王との戦いを間近で見た青年にとってその声は朝日を告げる小鳥の囀りに等しかった。


  まともに訓練もせずに、丸々と蓄えたその脂肪を揺らしながら彼の元上官はキッパリと言い切る青年に眉を顰める。


 「なぜ辞める?貴様には二階級特進の話も持ち上がっいる。そんな誉あることを捨てるというのか?」

 「はい。そんなものに興味はありません」

 「だと?貴様、少し調子に乗りすぎているのではないか?口に気をつけなければ、ぞ?」


  普段は頭を下げる立場の青年だが、今は心強い後ろ盾がいる少しぐらい日頃の恨みを返しても問題ないだろうと、こう言い返した。


 「それは怖いですね。例えば、私の目の前にいる豚が食堂に並べられるとかですか?確かにそれは不幸な事故と言えますね。こんな不味そうな肉を食べる人達が可哀想だ」

 「.............」


  想定していない返しに、元上司は何も言い返せずに口をあんぐりと開ける。


  そして、頭の中でゆっくりと意味を理解すると顔を真っ赤にして机を叩きつけた。


 「きさっ、貴様ァ!!今自分がなんと言ったか分かっているのか?!よほど死にたいようだな!!」


  立てかけてあった剣をとると、元上司は躊躇なくその剣を抜いて振り下ろす。


  しかし、その剣は青年に届く前に地面へと落ちた。


  視線を落とすと、元上司の両腕が無くなっている。剣と一緒に彼の腕は落ちていた。


 「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


  脳が腕を失った事を理解し、想像を絶する痛みが襲ってくる。


  のたうち回る豚を見ながら、腕を切り落とした当人は青年に話しかけた。


 「ほっほっほ。ちいと煽りすぎではないか?」

 「そうでも無いですよ剣聖様。この豚のせいでどれだけの兵が苦しんだ事か。こんな奴、この世に居ない方がマシですよ」

 「ふむ。ならば殺すか」

 「え?」


  青年が剣聖に顔を向けると、剣聖は目にもとまらぬ速さで剣を振るう。


  しかし、その剣は豚を捌くことは無かった。


 「ほっほっほ。冗談じゃよ」

 「本当に焦りましたよ剣聖様」

 「その剣聖様と呼ぶのはやめい。ワシとお主は師と弟子じゃ。師匠とよべ」

 「分かりました。師匠」

 「では行くかのバッドスよ。妻と子が待っておるぞ」

 「はい」


  剣聖の弟子となったバッドス。彼の第二の人生は始まったばかりだ。




これにて第二部二章はおしまいです。次は仁が戦いますよぉ!!(ネタバレ)

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