人類最強VS魔王②
剣聖の神がかったその剣によって、右腕と片足を切り落とされた魔王は内心焦っていた。
それもそのはず。今は何とか生きているが、向こうがその気になれば自分は一瞬で粉微塵にされるだろう。
魔王に勝ち目があるとすれば、自身の能力を発動する事。
しかし、それには時間がかかる。魔王は何とか時間稼ぎをしたかった。
「ほっほっほ。次は何をしてくるのかのぉ?今度はその山羊が獅子のように吠えるのかえ?」
「お望みならそうしよう。我が眷属の歌を聴くがよい」
魔王は左腕を軽く振るうと、肩にいる二匹の山羊が口を開けて鳴き始める。
「「メェェェェェェェェェ!!」」
思わず耳を塞ぎたくなるような甲高い山羊の鳴き声は、次第に共鳴していき、空気を、大地を揺らしていく。
森の木々はその共鳴に耐えきれずに折れていき、音の振動は剣聖を襲った。
「ほっほっほ。試しに言ったら中々面白い物を見せてくれるのぉ。しかし、ちいと五月蝿いな」
剣聖は剣を振るうと、自身を襲う振動を切り裂く。
絶え間なく襲ってくるその振動に対して、目にも止まらぬ速さの斬撃で自身の周りを結界のように覆った。
ここで元凶である山羊を狙っても良かったが、剣聖の勘は“やめておけ”と言っていた。
こういう時の勘はよく当たる。剣聖は大人しく、山羊の鳴き声が止むのを待つ。
30秒ほど鳴き続けた山羊は、徐々に声量を落としていき再び静寂が訪れる。
「どうだ?我の可愛いペットの鳴き声は」
「もう少し綺麗に吠えて欲しかったのぉ。これならまださっきの獅子の鳴き声の方がマシじゃろうて」
「そうか。ならば獅子の声を聞くといい」
次の瞬間、剣聖の足元から切り飛ばされたはずの獅子が剣聖を丸呑みにする。
トラバサミのように下から牙を突き出した獅子は、そのまま剣聖を殺そうと、口の中で魔力を暴れさせる。
剣聖を下から襲うために噛み砕いた土の塊と、口の中で荒れ狂う魔力。いくら剣聖とは言え多少のダメージはあるだろうと、魔王はほくそ笑む。
が、急に獅子の動きが止まると、幾つもの線が獅子の顔に走る。
そして、血と肉と土をぶちまけて、獅子は無惨にも死んでいく。
獅子は土の肥料となった。
「ほっほっほ。不意打ちを喰らうとは、儂も衰えたのぉ。剣のキレは増すばかりなのじゃが、こういう感覚が年々衰えていくのを感じるのぉ」
さも当然のように獅子を斬り裂いた剣聖は、返り血の一滴すら付けていない。
そして、無傷だった。
それを見た魔王は、素早く次の手に移る。元々コレで殺しきれるとは思っていなかった。
「
「おっと。危ないのぉ」
地割れが剣聖を襲うが、こんな見え見えの攻撃に剣聖が当たるわけが無い。
剣聖は軽く飛び退くと、反撃と言わんばかりに魔王に向かって剣を振ろうとする。
しかし、その途中で異変に気づいき、剣を振るのを辞めてもう一度その場を離れる。
そして、ワンテンポ遅れて地面から土の槍が突き出した。
「ほっほっほ。肉を切らせて骨を断つと言うやつかのぉ。今剣を振るっておったら間違いなくダメージを受けておった」
「今のも勘づくか。だが、逃がさん」
連鎖した大地は、剣聖を次々と襲う。
着地場所をぬかるませて転ばせようとしたり、土の壁を出現させて逃げ道を塞いだり。
様々な搦手で剣聖を捕まえようとする魔王だが、剣聖も一筋縄ではいない。
そもそもぬかるみでは転ばないし、壁は強引に斬り裂いた。
更には、攻撃が途切れた瞬間に魔王に向かって剣を振るって確実にダメージを与える。
分が悪いのは魔王の方だった。
剣聖は捕まえれず、自分は傷を追っていく。致命傷は避けているものの、一度の反撃で何百と言う斬撃が飛んでくるのを防ぎ切るのは無理だった。
「ちょこまかと逃げ回る」
「ほっほっほ。時として逃げ足も必要だったからのぉ。追いかけっこは得意じゃぞ?」
剣聖は楽しそうに笑いながら、未だに襲ってくる大地を避け続ける。
この攻撃は、ある程度魔王が操作している為、癖が出る。
魔王が無意識に使っているパターンや、好き好んで使う技が次第に分かっていく。
「次は槍じゃな。ほれ、儂の剣を浴びるがいい」
「グッ........!!」
動きを読まれればそれだけ避けやすくなり、反撃の機会を与えてしまう。
最初に比べて、反撃の回数が明らかに多くなっていた。
魔王はこれ以上の攻撃は無駄だと判断すると、剣聖を囲うように球体の土を作って時間を稼ぐ。
「今更この程度で止まると思うとるのか?」
剣聖は剣を振るい、土の壁を斬って壊す。
時間にして1秒も稼ぐことは出来なかった。
しかし、戦闘においてその数瞬の価値は大きい。
魔王は剣聖が土壁を壊すと同時に、準備した攻撃を繰り出す。
「
「「メェェェェェェェェェ!!」」
再び奏でられる山羊の鳴き声。だが、先程とは違い空気も大地も揺らさない。
森はその鳴き声に耳を傾け、大地はその鳴き声に感動し、空気はその鳴き声に涙する。
次第にその鳴き声に共感した自然達はざわめき始め、風が吹き、地面は沈み、空からは雨が降る。
「なんじゃ。これは」
様々な魔物と戦ってきた剣聖と言えども、ここまで不気味な攻撃は初めてである。
下手に動けば何があるか分からない為、剣聖は何があってもいいように剣を構えるのが精一杯だった。
そして、魔王はその能力を発動する。
「
自らの名を取ったこの能力。使えるようになるまで時間はかかるが、発動さえしてしまえばそれは大きな驚異となる。
「人間よ。最後に聞こう。我の眷属になると言うのであれば、命だけは助けてやるぞ?」
「ほっほっほ。もちろん断るわい」
「恐怖に震えて動けぬのにか?」
「恐怖?震える?笑わせるでない。儂は楽しくて仕方がないんじゃよ。こうして久々に暴れられるのがな」
魔王は一歩たじろぐ。
剣聖から溢れ出る闘気。先程まで戦っていた老人とは別人のようなほど格の違う闘気は、優勢であるはずの魔王に恐怖心を抱かせる。
まだ切り札もある。瞬殺されることは無い。そう分かっていても、この老人相手に勝てるビジョンが見えない。
(何故だ。我の方が圧倒的に有利なはずなのに......!!何故だ何故だ何故だ何故だ!!)
拭えない不安。その揺らぎは剣聖にとっては大きな隙となる。
魔王はその嫌な不安を押し殺して、剣聖と向き合うのだった。
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