動き始める魔王
悪魔と一緒になって剣聖から剣を教わる事15分。
バッドスにとって、夢のようで地獄のような剣聖の指導は終わりを迎える。
「ふむ。ようやく動けるようになったようじゃのぉ。思っていたより短のうて」
悪魔達との戦いの間、ずっと沈黙を続けていた魔王。それが遂に動き出そうとしていた。
バッドスの目には、まだ静かに沈黙しているようにしか見えない。しかし、魔王の復活を第六感で感じ取った剣聖の言うことだ。
間違いなく魔王は万全の状態になったのだろう。
バッドスの横で一緒に剣を振っていた悪魔は、その手に持った剣をゆっくりと背中に仕舞うと、バッドスに話しかける。
「ここまでのようだな。貴様と一緒に剣を振るえるのは悪くなかった。楽しかったぞ」
「私は楽しく無かったですけどね。人類の敵と言われる魔王を目の前に、その眷属と言われる悪魔と一緒に剣を振るう。いつその剣が私の首に向かってくるのかと考えると、怖くて仕方がなかったですよ」
「ははははは!!そうやって軽口を叩ける時点で、貴様は十分成長したのだよ!!」
そう言って、騎士の悪魔はバンバンとバッドスの背中を叩く。
悪魔は大して強く叩いたつもりは無かったが、普通の人間であるバッドスには割といい勢いで叩かれている気分だった。
「して、お主らはどうするのかのぉ?このまま魔王と一緒に儂と戦うのか?」
「いや、我らの仕事はここまでだ。後は魔王様に任せるつもりである」
「ほっほっほ。それは良かった。ほんの少しの間とはいえ、お主らとは剣を振るった仲じゃ。今ここで斬るのは少々気が引けるのでのぅ」
気が引けるだけであって、必要なら容赦なく斬る。暗にそう言われた気がした悪魔達は、背中に冷や汗を垂らす。
別に生にしがみつきたい訳では無いが、無謀な戦いら挑みたくない。
それが命令であるならともかく、戦う理由が無くなった今、悪魔達は速やかに撤退する事にした。
「では、我らはここらで引かせてもらおう」
「ほっほっほ。次会うときは、もっと強くなって儂と張り合えるようになって欲しいのぉ」
「剣の振り方は教わった。お互い、死ななければまた相見えることがあるだろう。その時は、貴様の首を狩る」
その言葉を聞いた剣聖は口を大きく歪める。ほんの少し闘気が漏れだし、静かだった森がざわめく。
「楽しみにしておくとしよう」
悪魔達は一歩たじろぎたいのをグッと我慢して、隣で一緒に剣を振るったバッドスに言葉をかける。
「バッドスよ。我が名はエリゴス。15番目の悪魔だ」
「あ、もしかして僕も名乗る流れ?僕はフールフール。34番目の悪魔」
「真実を知るのも知らぬのも自由だ。またどこかで会おう」
「出来れば会いたくないですけどね.......」
「ははは!!貴様が真実に向かえば嫌でも会うことになる。まぁ、それまでお互いに生きていればの話しだがな」
そう言ってエリゴスは何かを取り出すと、ある程度回復した魔力を使ってそれを起動する。
「念の為、我が持っておいて良かったな。宝物・
「?!.......消えた」
「ほう?随分と便利な物を持っておるのぉ。儂にも1つ譲って欲しいぐらいじゃ」
一瞬にして姿が消えた悪魔達に驚きつつも、剣聖は冷静だった。
これから起こる戦いに、バッドスが巻き込まれれば間違いなく命はない。
せっかく面白そうな人材を見つけたと言うのに、ここで失ってしまうのは面白くなかった。
「バッドスよ」
「は、はい。なんでしょうか?」
「コレを持って少し離れておれ。そうじゃな......大体1kmほど離れたら、その魔道具を起動せい」
そう言って剣聖は、バッドスに手のひらサイズの四角い鉄の箱を渡す。
「コレは一体なんでしょうか?」
「結界を作る魔道具じゃ。流石に攻撃が直撃しようものなら耐えられぬが、戦闘の余波は防いでくれるじゃろ」
「そ、そんな貴重な物を......いいのですか?剣聖様の大切な物なのでは?」
結界を張る魔道具など聞いたことが無い。
基本的に、結界を張れるのは異能を使える者に限られるのだ。それは、未だに結界という物がどのような原理で出来上がっているのか分かっていない為である。
剣聖の事だ。自分の知らない腕利きの魔道具士との繋がりがあるのだろうわ。
「ほっほっほ。お主は気にいったのでのぉ。バッドスよ。この戦いが終わったらお主を弟子にしてやろう。家族や大切な者はおるかの?」
「........妻と二人の子供が」
剣の為なら悪魔にすら剣を教える剣聖の事だ。もし、妻と子を捨てろと言われたらバッドスは断るつもりだ。
しかし、剣聖の次の言葉はバッドスのとは真反対のものだった。
「ふむ。そのぐらいなら問題なく養えるかのぉ。妻と子も儂が面倒を見てやろう。子はまだ小さいのだろう?」
「2歳と生後半年の子です」
「ほっほっほ。そのぐらいの子供は可愛いからのぉ。儂も癒されに行くとしよう。どうじゃ?儂の弟子になるか?妻と子は儂が面倒を見てやる。もちろん、金銭面は気にせずとも良い。少々妻と子と会える時間は減るが、仕事とさほど変わらん時間修行すればお主はいい線に行くじゃろうて」
これ以上無い好条件。弟子を取らないとこで有名な剣聖が、自分を弟子に取ると言っているのだ。
しかも、金銭面は気にしなくていいと言う。人類最強と言われる剣聖の事だ、相当な金は持っているだろう。
しかし、バッドスは直ぐに飛びつく気にはなれなかった。
「.......妻に相談させてください」
「ほっほっほ!!流石は儂が見込んだ男じゃ。肝が座っとる」
剣聖は楽しそうに笑うと、バッドスの心臓に杖を向ける。
納刀されているとはいえ、神業とも呼べる剣を見た後だ。バッドスは少しだけ身構えてしまう。
「その心を忘れるでない。鍛錬で得られる強さだけが全てでは無い。時には全てを乗り越えれる心の強さも必要じゃ。真の強者とは、どんな形であれ心も強い。それを忘れるではないぞ」
「は、はい!!」
「では、ここから離れるといい。そろそろ魔王が動く」
バッドスは一礼すると、急いでその場を離れる。
剣聖は遠ざかっていく気配を感じながら、ぽつりと呟いた。
「儂の後は彼奴が引き継ぐじゃろ。面白い男を拾ったものじゃ」
そう言って、剣聖は魔王と対峙するのだった。
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剣聖の気まぐれによって運良く生き残った悪魔達は、自分達の拠点に帰っていた。
「まさか、生きて帰れるとはな」
「全くだ。あの爺さんの頭が可笑しくなかったら、今頃僕達もラウムとグレモリの後を追っていたよ」
人類最強。これ程にまでに実力差があると、悔しさすら湧かない。むしろ、よく二体だけの犠牲で済んだと自分を褒めたいぐらいだ。
「とりあえず、我らの目的は問題なく終わった。コレで二つ目だ」
「後5つ。あれ程にまで強い人間がいると思うと、気が重いな」
「あらあら?随分とお疲れのようですね?」
突如として聞こえる女の声。
全く気配がしなかったにも関わらず、急に現れたその声の主に悪魔達は少しだけ驚いた後、その声の主を確認して冷静になる。
「貴様か魔女。人間に情けをかけられた我らを笑いに来たのか?」
「まさか。そんな事ないですよ?あれは人類最強とまで呼ばれている強者ですからね。流石にそれ相手に勝つなんて期待していませんよ」
はなから期待していない。そう言われると腹が立つが勝てなかったのは事実である。
エリゴスは怒りを噛み殺して魔女に話しかける。
「で?何の用だ」
「“次は無い”との事です。少々お喋りがすぎますよ。では私はまだ仕事があるので」
「待て、あの青年は殺すのか?」
「いえ。計画には支障がないので。ですが、次は無いですよ?」
そう言って魔女は、どこかへと消えていくのだった。
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