人類最強VS悪魔②

  砕け散った大剣の破片は無惨にも地面へと落ちていき、青年はいつも間にか横にいる剣聖を見て涙する。


 「剣聖様.......てっきりお亡くなりになられたのかと........」

 「ほっほっほ!!あの程度の火で死ぬのは最早ギャグじゃのぉて。儂があの程度の凡な剣で死ぬわけなかろうに。それにしても、随分と無様な姿を晒しておったのぉ若いの」

 「.......恥ずかしい限りです」


  青年は恥ずかしそうに下を向く。


  今まで積み重ねてきた鍛錬で学んだことが、一切出来てなかった。恐怖とは人の全てを奪う。それを嫌という程叩き込まれた。


  しかし、剣聖の次の言葉は青年の顔を上げさせる。


 「しかし、良い一撃じゃった。恐怖の中でも一歩前へ。コレは中々できぬ。言うは易く行うは難しと言うやつじゃな。誇るといい。お主は1つ壁を超えたのじゃよ」

 「は、はい!!」


  元気に返事をするバッドスの若さを眩しく思いながら、剣聖は悪魔達に向き合う。


  当然のように無傷。仕留めたと思っていた悪魔達の同様は大きかった。


 「おい。普通に生きているじゃないか。ちゃんと攻撃は当てたのか?」

 「当てたに決まっているだろう?貴様も見ただろ。炎に飲まれたその瞬間を」

 「要は、私達の想定以上にこのお爺さんが強いってことよ」

 「我の剣を砕くとは......見事だ剣士よ」


  騎士の悪魔は後ろへと距離を取った後、再び、黒く禍々しい大剣を己の手に出現させる。


  その大剣は、先程剣聖が粉々に砕いた大剣よりも強そうに見えた。


 「そんな!!剣聖様が砕いた剣が........」

 「ほっほっほ。そのぐらいはしてくれぬと、張合いが無かろうて」


  剣聖は手に持った仕込み杖をコンと叩くと、纒わり付いていた魔力が霧散する。


  剣聖の剣を封じていた魔力は、いとも容易くその封印を解かれた。


 「んな!!気をつけて!!あの爺さん───────」


  剣聖の剣が振るえることに気づいた女性貴族の悪魔が、仲間に警告をしようとする。


 しかし──────


 「よう見とれ、若いの。儂の剣はそこそこ速いぞ」


  一閃。


  女性貴族の悪魔が仲間に警告をするよりも速く、その剣は悪魔の首を落とす。


 「へ?」


  余りにも速すぎる斬撃。首を切られた悪魔の脳が、その切られたと言う事実を認識するまでのタイムロスがその最後の一言を残す。


  その場にいる者が誰一人としていつ、剣聖がその剣を振るったのか分からなかった。


  その速さについていけたのは、外野の5人のみ。


 「ほっほっほ。見えたかの?」

 「い、いえ......全く見えませんでした」

 「そうか?見やすいように随分と遅く振るったつもりだったのじゃがのぉ」


  剣聖は遅くその剣振るったつもりだが、その違いは青年には分からない。


  例えるなら、光の速さが、音の速さになった様なものだ。どちにしろ、その速さを肉眼で捉えることはできない。


  ようやく今になってゴトリと悪魔の首が落ちる。


  女性貴族の悪魔は、塵になって消えていった。


 「化け物が.........」

 「ほっほっほ。化け物はお主らじゃろうて。儂はただのしがない老人じゃぞ?ちょいと剣は速いがのぉ」


  仲間を殺されたためか、悪魔達の殺気が先程よりも大きく膨れ上がる。


  バッドスはその殺気が自分に向けられてないと知っていても、その身体を震わせることしか出来なかった。


  圧倒的強者の殺気。今まで戦ってきたもの達の中でも格段に強い。手は震え、足は動かすことも敵わず、心臓は自分の耳に聞こえるほど大きな音で鳴っている。


  バッドスは、この日ばかりは自分の一物の締まりの良さに感謝した。


  もし、ここに彼以外の兵士が居たのなら間違いなく漏らしていただろう。


 「ほっほっほ。随分と殺気立っておるな」

 「その余裕を今すぐにでも無くしてやる」

 「無理じゃろうて。儂の剣が見えぬ以上、お主らに勝ち目はない。諦めい」

 「舐めるなよ......ニンゲン!!」


  カラスの悪魔は、何か青い液体を自信にかけると能力を使用する。


  今持てる魔力を全て使って、この人間を殺さなければ。そう考えた悪魔は、最大の切り札の1つをここで切った。


 「宝物・念動力サイコキネシス

 「む?」


  剣聖の体を念動力で強引に止める。魔力消費が大きいこの宝物は、長時間の拘束はできない。


 「今だ!!殺れ!!」

 「喰われし者共の怒りを、我らが抗う魂の根源を!!捕食者への反逆トレイト・プレデター!!」

 「喰らえ!!我が魂を!!悪魔剣・死する目デッド・アイズ!!悪魔式剣術・絶・鏖殺烈鉄斬!!」


  巨大化した角が、黒き闇の力を宿した大剣が、動けない剣聖を襲う。


  魂をも消費する、悪魔達の持てる最大の切り札。


  幾ら剣聖と言えども、まともに喰らえばタダでは済まない。


  しかし、剣聖は冷静だった。


 「伸びろ」


  剣にそう命じると、剣は剣聖の指示通りに剣は伸びる。


 「?!しまった!!」


  カラスの悪魔が剣聖の対応に気づいたが、時すでに遅し。


  伸びた剣は地面を突き刺し、動けない剣聖を無理やり持ち上げる。


  カラスの悪魔がやったのは、剣聖の動きを止めるのであって剣聖の座標を固定した訳では無い。


  外部からの干渉は、念動力で抑えていない。2回使った能力の消費分がここで響いた。


  カラスの悪魔は2択を迫られる。


  剣聖の動きを許して攻撃を避けさせるか、強引に座標を止めて剣聖に反撃の機会を与えるか。


  どちらを取ってもリスクがつく。最初から座標と剣聖を固定していない時点で、カラスの悪魔は負けていたのだ。


 「クソっ!!」


  カラスの悪魔が選択したのは、剣聖を見逃す事。魂をも削った仲間の一撃を不意にするようだが、死ぬよりはマシと判断した。


  そして、念動力はここで切れてしまう。


  これでカラスの悪魔は魔力が空っぽの状態だ。これ以上の能力使用は寿命を縮める。


  空高く逃げた剣聖は、体の自由が戻った事を確かめると剣を握り、空中で構える。


 「この技で閉めてやるかのぉ」


  剣聖は己の剣に滅多に名前をつけない。剣を愚直に振るう。それが彼の技だからだ。


  しかし、そんな彼も五つ程剣に名を与えている。その1つが、今、解き放たれようとしていた。


 「やもえぬ。我が魂を贄にその権限を解放する」


  剣聖の拘束に失敗し、仲間の大技を外させてしまったカラスの悪魔は、己の魂を持って剣聖を拘束しようとする。


  膨大な魔力が渦巻き、とてもでは無いが魔力が枯渇している者が練り出せる量の魔力ではなかった。


 「次は外すなよ」

 「ゼェゼェ.....分かっている」

 「ふぅ......ふぅ......後2回が限界だ。上手くやってくれ」


  魂を消費した2体の悪魔も満身創痍である。しかし、ここでこの人間だけは死んでも殺らなければいけないと、悪魔の勘が言っていた。


 「宝物・終────」

 「させぬわ。天地断絶」


  目にも見えぬ神速の抜刀。振り抜かれたその剣はあまりの速さに抜き身すら見えず、大地を一刀両断する。


  女性貴族の首を落とした時よりも何倍も速く、それでいて静か。カラスの悪魔は何が起こったのかも分からずに、その生を終える。


  的確にカラスの悪魔だけを切り裂き、その剣圧で燃えていた森は静かになる。


  まるで、ロウソクに息をふきかけて消すかのように、静かにその火は消え去った。


 「何が起こった........」

 「.........」


  あまりに現実離れした光景に、悪魔達はただただその場で佇む。


  殺したと思っていた老人が、ここまで強いと誰が予想できた?油断はなかった。多少の傲慢さはあったかもしれないが、その考えは仲間が一人死んでから完全に消し去った。


  なのに、遠い。


  決して届きえないその頂きは、絶望と言う言葉以外の何物でもない。


 「ほっほっほ。どうじゃ?儂の技は」

 「な、何も見えませんでした.......」


  空から降りてきた剣聖は悪魔など見向きもせずに、青年に話しかける。


  悪魔ですら見えない斬撃を、バッドスに分かるわけが無い。


  素直にそういうと、剣聖は楽しそうに笑ってこう言う。


 「ほっほっほ!!これで見えてたら驚きじゃよ。コレが剣に生きた者の一閃じゃ。覚えておくといい」


  剣聖はまだ動かぬ魔王を見据えるのだった。

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