外野の監視者①

  色欲の魔王アスモデウスが復活して直ぐに、その場を警戒していた正教会国の兵士達は逃げ出していた。


  蜘蛛の子を散らすように逃げる、とは正にこの事だろう。


 「おぉーすごい逃げ足だ。火事場の馬鹿力って奴か?明らかに、ソイツの身体能力に会ってない速さで逃げてる奴もいるな」

 「でも遅いね。私達の中で、一番足の遅いリーシャよりも遅いよ」

 「そりゃ、毎日のように厄災級に追いかけ回されている奴と比べてもなぁ。地力が違いすぎる」


  この国の兵士達は、基本的に怠け者が多い。この場を指揮している上官に至っては、コネでこの職についた上に毎日その権力に物を言わせて好き勝手やっているどうしようもないやつだ。


  そんな上官相手に、ゴマを擦る奴らばかりであり、こうなる事は容易に想像できた。


  しかし、中には気合いの入った奴もいる訳で.......


 「お、あの青年は残るようだな。剣聖からすれば、邪魔になるだろうに」

 「一緒に戦おうとしているよ?勇敢と無謀を履き違えているのかな?」

 「あんなに弱いとスグ死んじゃうの」


  青年の構える剣はどこか頼りなく、子供が振りわます安全な玩具の剣に見えた。


 「剣聖は.......そのまま戦うみたいだな。若い兵士に剣でも教えるのか?随分と余裕そうだ」

 「人類最強VS悪魔四体のはじまりはじまりー」


  さぁ、お手並み拝見と行こうじゃないか。


  人類最強と呼ばれるその強さを見せてくれ。


 「ところで、魔王は何やってるんだ?その場から動いてないようだけど」

 「さぁ?久々のシャバに感動しているんじゃない?」

 「封印は懲役だった?」


  そんなやり取りをしているその時だった。


  膨大な魔力が空を覆い、次の瞬間、それは隕石となって落ちてくる。


  おいおいマジかよ。隕石を落とせる奴ってこんなに居るのか?


  我らが揺レ動ク者グングニル団員のリンドブルム、既に死んでいるが彗星エドワード・ハーレの2人以外にも隕石を落とす奴が居るとは驚きである。


  直径は大体500m程の隕石。リンドブルムの落とす流星よりは小さいものの、この隕石1発でここら一帯は更地になるだろう。


 「凄いねー。でも、これだと悪魔達も巻き込まれない?隕石って結構被害が大きくなるよね?」

 「流石に考え無しに隕石を落としたりはしないだろ。自分達の身を守れる手段があるはずだ。まぁ、それ以前にちゃんと落ちればの話だけどな」


  人類最強がこの程度の攻撃で怯むわけが無い。恐らく、この隕石を細切れにするのではないだろうか。


  そして、その予想は的中した。


  軽く振るったその剣は、幾千幾万もの斬撃となり、落ちてきた隕石を砂よりも細かく斬り分ける。


  傍から見ればたった一度しか振られていない様に見える剣だが、俺の目はしっかりと捉えていた。


 「あの一瞬で何回剣を振ったんだよ。あれ、目の良い奴が見なければ、斬り終わってから軽く振るった剣が隕石を斬り裂いた様に見えるぞ」

 「とてつもなく速い斬撃。私でなきゃ見逃しちゃうね」

 「剣が伸びてたの。ぐいーんって急に長くなってたの」


  イスの言う通り、剣聖の剣はほんの一瞬長くなっていた。


  恐らく、伸び縮み自由なのがあの仕込み杖の能力なのだろう。


  パッとしない能力だが、使い手が剣聖ともなると話は別だ。


  伸びる限界があるのかは分からないが、少なくとも1km近くは一瞬で更地に出来るだろう。


  切り刻まれた隕石の亡骸は、風に煽られてどこかへと飛んでいく。


  悪魔が落とした隕石は、土へと還るだろう。


  そして、隕石を叩き斬られた悪魔達の行動は早かった。


 「直ぐに動いたな。流石に隕石をあそこまで細切れにされるとは思ってなかったのか、ほんの少し固まってたけど」

 「普通は隕石を細切れになんてできないもんね。私は鎖で無理やり止めれるけど」

 「私は死と霧の世界ヘルヘイムにあの隕石を呼び出せば一瞬なの!!」

『ワタシも深淵を使えば余裕』


  なんか急にみんな張り合いだしたが、頼もしい限りだ。


  ちなみに、俺も天秤崩壊ヴァーゲ・ルーインを使えば一切被害無く隕石を消すことができる。


  .........別に張り合いたい訳では無いよ?


  さて、話を剣聖VS悪魔達に戻すと、悪魔達が剣聖を取り囲んで確実に殺そうとしている。


  暴食の魔王ベルゼブブの話を聞いたのか、前の魔王や悪魔達に比べて随分と慎重だ。


  人間を強いと認めて、しっかりと警戒しているのがよく分かる。


  暴食の魔王が復活した時に居た悪魔達は、面白いほど挑発に乗ってきたらしいからな。


  アイリス団長が途中から頭の心配をしだした程には、悪魔達は馬鹿でプライドが高かった。


  剣聖が剣にゆっくりと手をかけて構えたその瞬間、悪魔の1人の魔力が動く。


  よく見ると、剣聖の仕込み杖に何か干渉しているのが分かった。


  もしかして、剣を封じようとしているのか?


  そして更に、隕石を降らした悪魔が、剣聖の足を地面へと沈ませていく。


  この悪魔の能力はかなり魔力を消費するようで、既に3分の1程度まで魔力が減っているのが分かった。


  そして、剣聖は赤と黒の豪炎に飲まれる。


  残った2人の悪魔が、その尻尾と大剣で剣聖を燃やしたのだ。


 「おー燃える燃える。黒い炎って見た事無かったけど、結構カッコイイな」

 「ねぇ、剣聖燃えちゃったけどいいの?」

 「いいだろ。どうせ燃えてないだろうし」


  悪魔達に燃やされるその瞬間、剣聖の口元は笑っていた。


  何が彼をそうさせたかは知らないが、どうやら剣聖はわざとこの攻撃を受けたようだ。


 「ところで、あの青年すっごい主人公してない?」

 「剣聖が炎に飲まれて死んだと思ってるし、恐怖に飲まれながらも、剣を握って立ち向かおうとしてるね。シリアス系のラノベ主人公に居そう」

 「アレよな。このまま死の淵までボコボコにされて、死にものぐるいで逃げたら超絶凄い力を手に入れて悪魔に復讐するみたいな?」

 「凄いありそうな展開。まぁ、今回は剣聖が生きている訳なんだけどね」


  青年は剣を握りしめて、恐怖の中悪魔に向かってその剣を振り上げる。


  その剣は余りにも遅く、余りにもずさんで、余りにも汚かった。


  そして、その青年の奥底に眠る才能が開花する訳でもなく、無情にも悪魔の大剣が青年の首元に迫る。


  しかし、その大剣が青年の首を落とすことは無かった。


 「当然のように無傷だな」

 「流石は剣聖だね。剣が無くても強い」

 「すごいの!!手で剣を斬り落としたの!!」


  素早く火をくぐり抜け、青年に迫り来る大剣を手刀で切り刻んだ剣聖。


  人間離れもいいところだ。


  どうやったら鉄よりも硬そうなあの剣を、手刀で斬り落とせるのだろうか。


 「剣が使えなくとも、手刀で何とかなるのヤバすぎだろ。俺も流石に手刀で鉄は斬れんぞ」

 「私も無理かな。精々木を切るのが限界だと思う」


  いや、木を切れる時点で君も十分人間やめてるからね?


  俺は精々人の腕を切るのが限界だ。


  どちらかと言うと、人を殴り飛ばす方が俺の手は向いているんだよ。


 「さて、これから剣聖がどう動くのか見物だな」

 「なんか、青年に色々と剣を見せようとしてるから、瞬殺せずに遊ぶかもね」


  瞬殺するにせよ、遊ぶにせよ、ここからが本番という訳だ。

 

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