人類最強VS悪魔①

  人類最強と呼ばれる剣聖。彼の前には今、四体の悪魔と一体の魔王が佇んでいる。


  魔王と悪魔の姿を見た兵士達のほとんどは逃げてしまったが、たった一人の青年は果敢にも否、無謀にもその場に残ろうとした。


 「け、剣聖様!!」

 「ほっほっほ。早う逃げ。若き者達よ。儂も周りを気にせずにえものを振るいたいのでな」


  上からの命令はこの場の死守だ。だがその上官も逃げ出した今、その命令を守る義理は無い。しかし、青年にも家族はいる。この化け物達が、自分の愛する者を踏み潰すのは許せなかった。


  青年は腰の剣を抜くと、震えながらも構える。


  そして、その震えた声で剣聖にこう言った。


 「私も戦います!!」


  剣聖は少しキョトンとした後、盛大に笑う。


 「ほっほっほっほっほっほ!!その威勢や良し!!しかし、己が力量は弁えた方がいいぞ若いの。お主はまだまだ若いんじゃ。死に急ぐことは無い。じゃから──────」


  剣聖はそう言って、仕込み杖から剣を取り出す。白く光を反射するその剣は、長年鍛え抜かれた百戦錬磨の剣。


  青年は伝説とも呼ばれるその剣を見て、ゴクリと喉を鳴らす。


  自分の持つ剣と、剣聖の持つ剣。持ち手によってここまで違うのかと青年は心の中で、己の弱さを恥た。


 「──────そこで見学しておれ。しがない老人の剣さばきを見るといい」

 「は、はい!!」

 「そうじゃ、お主名はなんという?」

 「バッドスです!!」

 「そうか。バッドスよ。その名は覚えておこうかのぉ」


  そう言って、剣聖はゆっくりと魔王と悪魔達の前に立ちはだかる。


  剣聖の2倍はある大きい騎士のような格好をした悪魔。燃えるような尻尾を持つ鹿の悪魔。空に佇むカラスの悪魔。そして、ラクダに乗る女性貴族の姿をした悪魔。


  彼らは、暴食の魔王での敗北を知っている。たった1人でこの場を収めようとするその老人相手に、油断はなかった。


 「剣士のようだな。悪いが先手は貰おう。我々の攻撃からだ」

 「ほっほっほ。随分と礼儀正しい悪魔じゃのうて。その裏にいる魔王も、動く気配が無い。まだ万全では無いのかのぉ?」

 「.......貴殿の想像に任せる」

 「待っても良いのじゃよ?」

 「気遣いは要らん。では、行かせてもらうぞ?」


  宣言通り、先に動いたのは悪魔達だ。


  暴食の魔王の時のような失敗はしない。そこに油断は一切なかった。


  カラスの悪魔が、開戦の狼煙を上げる。


 「宝物・隕石投下メテオ


  刹那、空から1つの岩が落ちてくる。その大きさは直径500m近くもあり、ここら一帯を全て吹き飛ばすには十分すぎる威力があった。


  後ろで剣聖の活躍を見学するはずのバッドスは、あまりに非現実的すぎる光景に口を開けたまま固まる。


  既に逃げ場はない。


 「ほっほっほ。中々、大きい一撃を放つのぉ。じゃが、ただ落ちてくる岩程度細切れに出来ぬ道理は無いじゃろうて。ようみておき、バッドスや。コレが剣を扱うと言うことじゃ」


  一線。剣聖は剣を軽く一度だけ振るうと、仕込み杖の中に剣を納刀する。


  カチン


  仕込み杖に剣を納刀し終えたと同時に、隕石は音も立てずに塵と化す。


  たった一振に見えた剣の動き。しかし、この動きの中には何千、何万と言う斬撃が含まれていた。


 「す、凄い.........コレが剣の頂き。コレが剣を極めし者の到達点......!!」

 「ほっほっほ。お主も鍛錬を積めば、この程度は出来るようになるわい。あと30年は死ぬ気で鍛錬せねばならんがな」


  剣聖は誇らしげに、散りゆく隕石を眺める。目は見えずとも、塵と化す隕石はハッキリと感じ取っていた。


 「我が力だけでは無理だ。合わせるぞ」

 「分かっておる。この人間は強い」

 「足止めは上手くやるわぁ」

 「騎士としては1対1でやるべきだが、それ以上に仕える君主の方が大事なのでな。悪く思うなよ。強き剣士よ」


  隕石を切られた事を確認した悪魔達の動きは早かった。


  即座にこの人間は脅威だと感じ取ると、連携を取るべく散開する。


  後ろで控えている青年は大した驚異では無いと判断し、確実に剣聖だけは殺れるように動く。


 「判断が早いのぉ」

 「け、剣聖様.......」

 「なぁに、心配は要らんよ。儂はこう見えても剣だけは強いのでな」


  再び、剣聖が仕込み杖に手をかける。


  その瞬間だった。


 「その剣は抜かせないわよ。固定された愛クランプ

 「む?」


  ラクダに乗る女性貴族の姿をした悪魔が、剣聖に能力を仕掛ける。


  剣聖に剣を抜かせないように、持ち手と鞘を固定させる。


 「よくやったぞ。宝物・底なし沼の亡霊モーア・ゴースト


  次にカラスの悪魔が能力を発動し、その足元が地面に沈む。


  何かに引っ張られている感覚が剣聖を襲うが、彼の気配探知には何も引っかからない。


 「ここで決めきるぞ」

 「分かっている。悪く思うなよ剣士よ」


  動きを封じたのを確認した鹿の悪魔と騎士の悪魔は、トドメを刺すために己の持つ最大火力を叩き込む。


 「燃え盛る情熱的踊りフレイズ・ダンス!!」

 「悪魔式剣術・奥義・烈旋黒炎焼斬!!」


  黒と赤の炎が入り交じり、剣聖はその燃え盛る炎の中で焼かれる。


 「剣聖様!!」


  バッドスはその惨状を見て、膝をつく。


  炎に飲み込まれて生きていれる人間などそうそういない。


  終わった。こんなにも呆気なく剣聖の障害は終えるのかと、青年は絶望する。


  人類最強ですら、歯が立たないこの状況で自分はどうするべきなのか。


 「クソッタレが。せめて、一撃でも」


  子鹿のように震える足を無理やり立たせ、腰の剣を抜く。


  その目には、守るべきものを背負った覚悟があった。


 「流石に、我々の連携には成す術が無かったようだな。初めからあの斬撃を我々に向けられていたら、危なかったかもしれぬ........して、この人間はどうする?」

 「好きにしろ。我は少し疲れた。宝物だってタダで使える訳では無いのだぞ?しかも、消費の激しい物を使ってしまった」

 「仕方がないわよぉ。あのお爺さん強かったのだから」

 「流石に、戦闘寄りの僕らには敵わんよ」


  轟轟と燃え盛る赤と黒の炎は、森を燃やし始め、徐々にその火は大きく広がっていく。


  バッドスはその手に握りしめた剣を、ゆっくりと構える。


  相手は人類最強と呼ばれる剣聖をも殺した強者達。勝てるとは思っていない。だが、ほんの少しでも傷を与えられるはずだ。


 「ふむ。ならば我が引導を渡すとしよう。剣士よ。先手は譲ろう」


  ゴゥ!!と振るわれた黒き大剣。


  その剣の圧は、青年の心を折るには十分だった。


  届きうる事ない頂き。己の持つ剣が頼りない。


  それでも、一歩前へ。


 「あぁぁぁぁぁぁ!!」


  型も糞もない。恐怖に歪んだその剣は遅く、そして脆い。


 「恐怖の中進む。天晴れだ剣士よ」


  騎士の悪魔は、その剣が届くよりも先に己の剣を振るって首を切り落とそうとする。


  その剣は間違いなく青年はの首を落とす.......はずだった。


 「ほっほっほ。それは困るのぉ。儂の剣を大して見せておらぬでは無いか」

 「な........に.........」


  振るわれた黒き大剣は、鋭利な刃物で切り裂かれたように砕け散り、青年の首は胴体と泣き分かれる事無くその場にへたり込む。


 「け、剣聖さ......ま?」

 「ほっほっほ。悪魔の剣術と聞こえたので、受けてみたが、凡じゃのぉ。積み重ねた重みは感じるが、その程度じゃ」

 「馬鹿な.....炎に焼かれて生きていれる訳がない」

 「炎?あの焚き火のことかのぉ。ちょいと手を振るえば簡単に消える程度の火を炎と言うには、おこがましいて」


  バッドスの視線の先には、何一つ代わりのない剣聖がその場に佇んでいた。

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