色欲の魔王、復活

 日が昇り、ポカポカと暖かい日差しが世界を照らしている頃。ようやく俺達は正教会国に辿り着いた。


  魔王復活まであと二時間、少し早めに家を出てきたので余裕を持って到着できた。


 「イス、あの山に降りてくれ。あそこなら問題なく監視出来るはずだ」

 「キュイ!!」


  元気よく吠えたイスは、俺の指示通り山の山頂に降り、人の姿に変わる。


 「んー!!気持ちよかったの!!」

 「お疲れイス。何か飲むか?」

 「アポンのジュースが欲しいの!!」


  相変わらず安上がりな子だ。マジックポーチの中には、銀貨5枚もする高級果実水とかあるのに。


  俺はイスを労うかのように頭を撫でながらアポンのジュースを取り出して、イスにあげる。


  イスは笑顔でそのジュースを受け取ると、可愛らしくコクコクとコップを落とさないように両手で持ちながら一気に中身を飲み干した。


 「ぷはー!!仕事終わりの1杯は格別なの!!」

 「あはは。随分とおっさんくさい事を言うねー」

 「ゼリスのおじちゃんが言ってたの。使い方間違ってる?」

 「間違っては無いが、それを言うなら酒を飲むべきだな。イスはまだまだ幼いから飲んじゃダメだぞ?」

 「分かってるの!!えーと、確か20歳になるまではダメって言ってたの」


  ドラゴンに意味があるかどうかは知らないが、一応人の姿もしているんだし二十歳までは飲ませないつもりだ。


  え?この世界の成人は15歳で、酒は15歳から飲めるって?知るか。ここでは俺が法律なんだよ(暴論)


  イスがあのアル中吸血鬼のようになったら、俺はショックで倒れてしまうかもしれない。


  出来れば、お酒は飲んで欲しく無かった。


『団長、子供達を一旦集めてもいい?』

 「お?どうした。何か問題でもあったか?」

『特には無い。でも、気が緩んでたら〆とかないと』

 「あぁ、そう。剣聖や他の人間達に見つからないようにな」

『分かってる。1時間もあれば終わるから』


  そう言って、ベオークは影の中に入っていった。


  もしかしたら、子供達が集まってさっき聞いたように宗教じみた何かをするかもしれない。なんか嫌だな。蜘蛛に崇拝されるのって。気づいたら糸でぐるぐる巻にされてそう。


 「おーアレが遺跡だね。滅茶苦茶遠くて探すのが大変だよ」


  キョロキョロと魔王の封印場所を探していた花音が、かなり遠くに離れた遺跡を見つけてそう呟く。


  距離にして大体3km程。更に木が生い茂っている為、探すのはかなり難しい。


 「あまり近すぎると、剣聖が気づく可能性があるからな。本当ならもう少し離れておいた方がいいと思ってる。でも、監視出来そうな場所がここしか無かったんだよ」

 「うへー、見ずらいけど、バレるよりかはマシか」

 「そういうこった。我慢してくれ」


  幸い、身体強化をすれば視力も簡単に上がる。その気になれば、10km20km先の人間が何をやっているのかも見えるのだ。


  3km程度の距離なら、問題なく監視が出来る。


 「んー兵士達が見回りをしているな。それと、近くにテントのようなものもある」

 「多分、それが剣聖のいる場所なんじゃない?なんか、兵士達の意識もそっちに向いてるし」

 「人類最強か。どのぐらい強いのかね?」

 「さぁ?でも、人類最強って言うぐらいだから仁よりも強いかもね」

 「それはヤバいな。俺が世界最強だとは思ってないが、俺より強いって事は厄災級魔物達はタイマンで勝つのは厳しそうだな」

 「まぁ、仁の異能が理不尽なだけで、相性差で勝てる子達もいると思うけどね?」


  俺の異能は基本、相性差で不利になる事は無いもんな。


  ジリ貧になることはあっても、どう足掻いても勝てないということは無い。


 「パパの能力は卑怯なの。世界を崩壊させるのはずるいの」

 「それで言えば、イスも大概だけどな。俺との相性が悪いだけで、大抵の相手には有利になるだろうに」


  絶対零度の世界に引きずり込まれた時点で、負け確定だ。


  イス相手に能力を使わずに勝つのなら、とにかくイスの世界に引きずり込まれ無いように逃げ回るしかない。


 「花音は?」

 「相手が生物である以上、勝ち目はあるだろうねー。でも、人類最強の動きを見ないとなんとも言えないかな」

 「それは言えてるな」


  そんな事を話しながら時間が過ぎ、魔王復活まで残り10分。


  ここで遂に、人類最強は姿を現した。


  コツコツと地面を杖で叩きながら、ゆっくりと歩いていくその姿は、何も知らない人から見ればただの爺さんに見えるだろう。


  しかし、ある程度実力のある者ならば分かる。その爺さんが纏う圧倒的強者の気配を。


 「強い。流石、人類最強と呼ばれているだけはあるな」

 「んーでも、この程度ならジークフリードもこんな雰囲気漂ってたよね?」

 「そうだな。ってかあの人は騎士団最強の名を持ってるんだから、当たり前だろ」


  人類最強と並べられて語られる人だぞ、そのぐらいの雰囲気を纏ってないと困る。


 「あの杖、仕込み杖だな。恐らく、具現化系の異能だ。魔力を感じる」

 「あまり魔力が強くない?あの具現化した仕込み杖その物は大して強くなさそうだね」

 「まぁ、光司の聖剣も斬れ味が凄いだけで、大した能力は無いからな」

 「あぁ、聖剣の名を冠した日本刀ね。なんで日本刀なんだか。普通にエクスカリバーでいいじゃん」

 「それは俺も思ったが、エクスカリバーってアーサー王の血を引いている人間じゃないと扱えないらしいから、光司じゃ使えなかったんだろ」

 「それ、初めて光司君の聖剣を見た時も言ってたね」


  実際は知らないが、少なくともwikiにはそうやって書いてあったのを覚えている。


『そろそろ動く』


  不意に、ベオークがそう言ってきた。


  動く。つまり、魔王が復活するのだろう。


  まだ多くの兵士達がこの場には残っており、このままでは巻き込まれてしまいそうである。


 「また地面が揺れるのか?」

 「かもしれないね」


  刹那。膨大な魔力が遺跡から溢れ出す。


  暴食の魔王が復活したと似と同じように地面が揺れ始め、その揺れは離れている俺達にも容赦なく襲ってきた。


 「まーたこれかよ。少し浮くか」

 「空を飛べるって楽だよね。地形無視とかできるし」

 「グラグラ動くのはちょっと気持ち悪いの」


  遺跡の方を見ると、兵士達は揺れに耐えきれずに転んでいた。


  しかし、剣聖だけは、まるで何も起きていないかのように普通にその場に立っている。


  物凄い体幹だ。この揺れの中で普通に歩けるのは、バランス感覚がいいとかそういう次元じゃない。


  ドン!!


  と大きな音を立てて遺跡は崩れ、中から一体の魔王が現れる。


 「我は色欲の魔王アスモデウス。我に従うのであれば、欲の中で死なせてやろう」


  両肩には山羊のような魔物の首、右腕には長い首を持った獅子に、エルフのように尖った耳と獣人のように鋭い牙。


  更に四足はドラゴンのように鱗でおおわれており、キメラの魔王と言った方がしっくりと来る。


  暴食の魔王よりも気持ち悪い見た目をしてはいるが、クソでかい蝿よりは生理的嫌悪感は無いのでまだマシである。


 「きっも。何?魔王ってみんなあんな感じに気持ち悪い?」

 「俺に聞くな。魔王本人だって悩んでいるかもしれないだろ?もっとカッコよくなりたいとか悩んでたらどうするんだよ」

 「いや、あれは無理でしょ。カッコよくなるならない以前の問題だよ」

『こんな時に何を言ってるのやら.......』

 「パパとママらしいっちゃらしいけどね.......」


  呆れたベオークとイスの呟きは、俺達には聞こえなかった。

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