教育という名の洗脳
それから2日後の早朝。日が昇るよりも前に、俺達は拠点を出発していた。
今回、正教会国に行くのは俺と花音とイス、それに加えて用事が終わったベオークだ。
ここ暫くはベオークの姿を見なかったが、つい先日にひょっこりと戻ってきたのである。
急にコートの中から出てきた時は、正直滅茶苦茶びっくりした。
スルッと気配が増えるのは辞めて欲しい。
「あー眠い。まだお日様も昇って無いじゃないか」
「寝る?」
「イスが頑張って飛んでくれているのに、寝るのはちょっとな」
ちなみに、イスは人間の形をしてはいるが、本来は厄災級魔物だ。人間である俺達とは違い、1ヶ月近く徹夜しても元気モリモリらしい。
羨ましいよ。その体力。
俺達や三姉妹、奴隷達は毎日の睡眠が必要ではあるが、基本的に厄災級魔物達は眠らないし、眠ると長い。
多分、体の中に流れる時間の感覚が俺達とは異なるのだろう。それが早いかどうかは知らないが。
「そう言えば、ベオーク。お前、最近は何やってたんだ?暴食の魔王が復活した時は居なかったけど」
『ちょっと新しく生まれてきた子供達に教育をしていた』
「また増えたのか?」
『本来は危険な生存競争の末に子を育む。だけど、団長って言う大きな庇護下に入ってから外敵の心配が減って、みんな安心して子を産めるようになったから、どんどん増えてく』
「そして、その子供達に1番の母親であるベオークが教育をすると?」
『そういう事』
蜘蛛系統の魔物は、基本的に子を沢山産んで生き残ったのが更に子を産んでいく。
その過程で多くの子供達や親が亡くなって行く為に、数が激増することは無い。
しかし、ウロボロスの結界に護られ、厄災級魔物達が集まる俺達の拠点には、外敵となる魔物が一切居ない。
よって、安全に子を産める蜘蛛達は子供を産み、その子供達はすくすくと育つ訳だ。
上級魔物である
そうやって安全を確保しながら増え続けた結果、たった三年で何万単位にまで子供達が増えたのだ。
「ちなみに、どんな教育をしているんだ?」
『我らが主人であるジンは絶対。その言葉は神に等しく、逆らうものなら天罰が下る。我らが主人であるジンに仕える事こそが最大の幸福であり、見返りは求めてはいけない。何故なら、安息の地にてなんの苦労もなく育つことこそが最大の見返りだから。って言う教えを体の芯まで叩き込んでる』
「..........ごめん。ちょっと何言ってるか分からない」
想像してたのと全く違うんだけど?俺はてっきり、相手にバレない忍び方とか獲物の狩り方を教えていると思ってたんだけど。
なんで俺を崇める宗教じみた教えを説いてるの?この子は。
『大丈夫。言っても分からない子には、実際に団長を見てもらって、その素晴らしさを肌身で感じてもらってるから』
「あー、なるほど。仁の蜘蛛に好かれる体質を利用した洗脳だね?上手いこと考えるね、ベオークも」
『褒めても何も出ない』
褒めてんの?それ。と言うか、そんなどっかのヤバい宗教のような洗脳をしているとか知らなかったんだけど。何時からやってるんだ?
「なぁ、ベオーク?」
『何?』
「何時からそんな洗脳じみたどっかのやべー宗教みたいな事をやってるの?」
『あの島にいた頃からやってたよ?』
「マジかよ」
全然気づかなかった、ちょいちょい生まれてきた子供達に教育をしていたのは知ってたが、そんな教育という名の洗脳をしているとは思わないじゃん。
それに、あの島にいた頃は俺達も自分の事で精一杯だったしな。
『ちなみに、母様も同じような方法で眷属達を洗脳してる』
「マジかよ。それは初耳なんだが」
母様。つまりアンスールの事だが、アイツそんな事をしてたのか。
確かに、アンスールに絶対従順だった。あの時は産みの親だし従うのかなと思っていたが、普通に洗脳してるんかい。
「そー言えば、ベオークってアンスールの眷属なの?母様って呼んでるけど」
それは俺も気になっていた。
ベオークとアンスールのやり取りをちょいちょい見るのだが、ベオークはあまりアンスールに気を使わないのだ。
あの島にいた頃から、主従関係らしきものを見たことが無い。
『ワタシは母様から産まれてない。ワタシが産まれたのは先代の母様から』
「.......えーとつまり?」
「アンスールからじゃなく、その一つ前のアラクネから産まれたって事か?」
『そういう事。今代母様が洗脳できるのは、母様が生み出した眷属のみ。ワタシは洗脳されない』
「今代.....おい、まさかアラクネって世界に一体だけしか存在できなかったりする?」
『他は知らないけど、全ての母になる魔物は基本一体のみ。恐らく、メデューサもこの世界に一体しかいない』
確かに思い返せば、アラクネもメデューサも同時に2箇所で確認されたことは無い。
可能性を考えなかった訳では無いが、本当にこと世界に一体しか居ないのか。
「......あれ?アンスールってアラクネになってからかなり時間が経ってたよな?ベオーク、お前今幾つなんだ?」
『........団長。乙女に年齢を聞くのはタブー』
「そうだよ仁。女の子に年齢を聞くのはダメだよー」
そう言って花音は、泣き真似をするベオークの頭をよしよしと撫でる。
いやまぁ、ベオークは確かにメスだが、女の子と言うには少し無理があるのでは........あっいや、なんでもないです。
種族が違えど、女性に年齢と体重の話はしない。俺は心の中でそう誓ったのだった。
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正教会国の魔王が封印されている遺跡の近くに急遽作られたとある部屋で、目の見えぬ老人はその前兆を感じ取った。
何か魔力が動いたわけでも、地面が揺れた訳でもない。ただ、第六感がそう告げていたのだ。
「ほっほっほ。かつて勇者が封印した伝説の魔王と合間見える事になるとは、人生何があるのか分かりませんなぁ」
人類最強とも言われる剣聖ゴルドは、その仕込み杖を支えにしてゆっくりと立ち上がると、コツコツと地面を叩きながら部屋を出ていく。
「!!け、剣聖様!!どうかされましたか?!」
念の為に見回りをしている兵の1人が、部屋をでてきた剣聖に敬礼をしながら上擦った声で話しかける。
相手は人類最強。強い憧れと共にその歪な強者の雰囲気が、兵の緊張感を上げる。
しかし、そんな雰囲気とは裏腹に剣聖は優しい声をかけた。
「ほっほっほ。お疲れ様ですな。兵士殿。しかし、ここをそろそろ離れた方がいい。魔王が復活しますぞ」
「へ?し、しかし、魔王の復活の日時は下されておりませんが.......」
「感じたのじゃよ。そろそろ復活するとな。儂の名前を使って良いから、兵を下げい。なぁに、そう簡単に負けやしないわ」
「わ、分かりました。剣聖様もお気をつけて。話では、厄災級魔物よりも強いとか」
「ほっほっほ。若き者よ。厄災級魔物はもっと強い。噂は大きくなるからのぉ。さて、儂も準備運動を始めるかのぉ」
兵は最後の言葉に首を傾げながらも、剣聖が通り過ぎるまでじっと敬礼をし続けるのだった。
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