復活の前兆

  魔王の復活場所が神託で下されてから更に2日後。聖堂で報告書を眺めていると、シルフォードが少し駆け足でやって来た。


 「団長さん。もうすぐ魔王が復活するかも」

 「ん?神託が下ったのか?」

 「違う。子供達が復活の前兆らしきものを感知した」


  復活の前兆らしきものか。


  俺はシルフォードから報告書を受け取ると、花音と一緒にその内容を読む。


 「前兆って言うか、悪魔が復活の日時を言ってるな。曰く2日後らしいぞ」

 「2日後の正午だね。正午が好きなのかな?」

 「まぁ、深夜の0時よりかはマシだからいいか。夜中に騒音騒ぎを起こさないだけ良心的だろ」

 「良心的って。そもそも良心があるなら復活しないで貰いたいかな」

 「確かに」


  魔王君一生寝てていいよ。出来れば、そのまま死んでくれ。


  そうすれば、俺達は戦争に向けて準備できるというのに。


 「後、子供達がまた視線を感じるようになったらしい。今は遺跡から遠ざけて監視を続けてる」

 「また監視の目か。子供達を見つけるって相当だぞ。何か能力を持っていると考えた方がいいな」

 「神聖皇国の時と同じかな?だとしたら、その監視者は魔王復活の時にその場にいなかったのかな?」


  神聖皇国の時と同じ監視者なら、気をつけた方がいい。神聖皇国の大聖堂から正教会国の遺跡まで普通に移動すれば、1年近くかかる。


  今は、魔王が復活してから約1ヶ月程度しか経っていない。その間に移動できる手段を持っているということだ。


  これが転移系だと厄介極まりない。


  この広大な大陸の中で、たった1人を見つけるのは流石に無理がある。


  事前にその国にいると知っていれば別だが、前情報が何も無しの状態で探すのは厳しい。


  そう言えば、神聖皇国で俺達から逃げたあの空き巣野郎の行方も分かっていない。


  近くに居れば、間違いなく見つけれるはずだったから、恐らく転移、もしくは認識阻害系の能力を使ったのだろう。


  ただ、認識阻害系の線は薄い。


  俺達の目を欺けるとなると、かなりの実力者になる。


  実際に合間見えた空き巣犯は、それほど実力者だとは見えなかった。


  それなりには強かったが。


 「どうする?今すぐ行く?」

 「いや、あの国の宿に泊まりたくないから、時間ギリギリで行こう。正教会国は嫌いだ」


  報告書を読めば読むほどあの国が嫌いになる。と言うか、好きになれる人間がいたら連れてきて欲しい。


  権力による事件のもみ消し、貧困層に人権は無く、何をされても泣き寝入りするしかない。


  人間以外の種族は、全て奴隷であり、貧困層よりも酷い扱いを受けている。


  暴力はもちろんの事、顔が美しい者は変態共の相手をさせられて無惨な最後を迎える。


  1度訪れたが、漂う雰囲気が気持ち悪かった。街に入ると同時に付く監視の目。念の為に、ドッペルにお願いして魔道具で軽く顔を認識できないようにしていたから良かったものの、花音の顔が分かっていたら襲われていたかもしれない。


  まぁ、そんな真似をしよう物なら正教会国が滅ぶだけだが。


 「悪魔も出てくるよね?話によると、剣聖1人で相手しようとしているらしいけど」

 「マジか。悪魔もかなり強いはずだぞ?なんか出オチが多いけど」


  俺達が会った悪魔はイスに瞬殺され、神聖皇国で人々を洗脳していた悪魔は龍二達に討伐され、復活の時にいた悪魔達に至っては名前すら分からずにジークフリードに瞬殺されている。


  悪魔達が弱かったのか、悪魔達と戦った者達が強すぎたのか。その真偽は定かではないが、悪魔達は決して弱い訳では無い。


  少なくとも、最上級魔物並の強さは持っているのだ。


  花音も今まで出会ったり、報告を見た悪魔たちを思い出しているが、やはり出オチ感が凄かったのだろう。あまり覚えてなかった。


 「悪魔って本当に強いの?なんか出てきて即退場している気がするんだけど」

 「強い。少なくとも、私達の同胞はたった2人の悪魔に殺られた」

 「あぁ、そういえばシルフォード達は悪魔に追われて逃げてきたんだったな。1年近く前だったか?」

 「多分そのぐらい前」


  もう1年近くも前の話だ。あの頃は俺達を信用してなかった上に、同胞たちが亡くなったから暗い顔をしていたが、今では随分と笑うようになった。


  ラナーは.......未だに俺が姉や妹に手を出すのではないかと警戒しているが、それ以外では普通に話すようになったし、トリスも俺たちに完全に気を許している。


  たった1年だが、この濃い1年は彼女たちにいい影響を及ぼしただろう。


  去年よりもだいぶ強くなってるしな。


 「そっかー、シルフォード達と出会ってからもうそんなに経つんだね。時間の流れは早いなぁ」

 「私は未だにカノンの事は苦手。最初が最悪すぎた」

 「そんな釣れないことを言わないでよー。私はシルフォードの事好きだよ?」

 「一方的に好意を向けられるのも怖い。最初にボッコボコにされたのに、その後何事も無かったかのように“よろしくね!!”って握手を求められた時からこの人はヤバいと思ってる」

 「酷くない?!私は仁に害がなければ優しいよ!!」


  2人が軽口を叩きあっているが、その顔はお互いに穏やかだ。


  シルフォードも多少の苦手意識はまだあれども、花音のことを嫌ってはいないのだろう。


  と言うか、この傭兵団ってみんな仲がいいよな。


  俺は基本、人を嫌うことは無いし(生理的に無理なのは無理)花音は俺の敵にならなければ、嫌うことは無い。


  魔物達は元々コミュニティを作っていたからか、軽い口喧嘩はあれども本当に誰かを嫌うことは無い。


  三姉妹も穏やかな性格が多いし、奴隷達も温厚な性格が多い。


  唯一目立った仲の悪さは、シルフォードを狙うエドストルとそれを阻止しようとするラナーぐらいだろう。


  あの二人はあの二人でなんか楽しそうだけどね。


  この前、一緒に昼を食べてたのを見たし。


 「ね?そうだよね仁?!」

 「私の方が正しい。そんでしょ?団長」


  やっべ、傭兵団のことを考えていたから2人の話を聞いていない。


  なんか同意を求めてきているけど、なんの同意なんだろう。とりあえず適当に頷いとくか。


 「ウンウン、そうだね」

 「仁?私の話聞いてなかったでしょ。ねぇ」


  そう言って花音は俺の頬を軽く抓る。痛くはないが、気分は痛い。


 「ひいてたひいてた(聞いてた聞いてた)」

 「じゃ、なんの話しをしてたか言ってみ?」


  花音はそう言って俺の頬を離す。


 「あのーアレだ。肉の焼き加減はミディアムがいいって話だろ?」

 「んな話してないわァ!!」

 「じゃ、アレか。グロタンディーク素数は素数じゃないって話?」

 「仁?巫山戯てると締めるよ?」

 「分かった分かった。アレだろ?モンティホール問題の話だろ?確かにアレは分かりにくいからな」


  モンティホール問題とは、とある確率論の話だ。


  『プレーヤーの前に閉じた3つのドアがあって、1つのドアの後ろには景品の新車が、2つのドアの後ろには、はずれを意味するヤギがいる。プレーヤーは新車のドアを当てると新車がもらえる。プレーヤーが1つのドアを選択した後、司会のモンティが残りのドアのうちヤギがいるドアを開けてヤギを見せる。


 ここでプレーヤーは、最初に選んだドアを、残っている開けられていないドアに変更してもよいと言われる。

 ここでプレーヤーはドアを変更すべきだろうか?』


  と言う問題である。


  ちなみに答えは、『ドアを変更するべき。ドアを変更した場合、当たる確率は2倍になるから』


  直感的に言えば確率は2分の1に感じるだろう。だからこそ、この問題は大きな議論になった。


  詳しく知りたければググッてくれ。


 「んな話をしていると本気で思ってるの?ねぇ?」

 「あっちょっと待って首を締めるのは辞めよう?俺が死んじゃうから!!ちょ、シルフォード助けて!!」

 「団長が悪い」

 「そんなぁ!!」


  どこかでやった事のあるようなやり取りをしながら、この日も平和に過ぎていくのだった。


  ちなみに、その後花音は少し機嫌が悪かった。ごめんて。ちょっと悪ノリが過ぎたのは謝るから。

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