神託後の動き

  正教会国に魔王が封印されている事が神託により判明した、その翌日。


  神聖皇国の教皇であるシュベル・ペテロは遠話魔道具を用いて、正教会国の教皇グータラ・デブルにコンタクトを取っていた。


 「腕利きの勇者を3人と、第三騎士団団長。この4人を援軍としてだそう」

『話を聞いていたか?貴様は。この度の魔王復活は我が国で起こるもの、他国の介入は許さん』


  どこまで行っても平行線の話し合い。シュベル・ペテロは頭を抱えながら何とか説得を試みる。


 「別に貴殿の国に攻め入る訳では無い。魔王討伐は世界が協力して成し遂げなければならぬ物だ。万が一があったらどうする」

『そんな事は無い。剣聖を呼んだのでな。女神様は勇者でなければ魔王を討伐できないとでも言ったか?言ってなかろう。勇者が居らずとも、魔王が討伐出来れば、他国への安心感に繋がるのでは無いのかね?』

 「それは暴論がすぎるぞデブル殿。それに、その発言は女神様を侮辱するものだと受け取れるぞ」

『別に女神様を侮辱するつもりは無い。だが、考えても見るがいい。勇者が居なければ討伐できないと人々に思われれば、人々の戦意は下がってしまう。何故かって?人は英雄を試みるからな。我こそ魔王を倒して英雄となると言う戦意があれば、戦闘に置いてもかなり有利なものになるだろう。人の意志とは中々に馬鹿にできんからな。しかし、勇者のみが倒せると知ったら?英雄は勇者となり、命懸けで守った市民に感謝されるのは勇者だ。足止めの兵など気に止めるものは少ないのだよ........おっと時間だ。そういう訳で我が国は貴国の援助は受けん。では』

 「ちょ!!待つのだ!!」


  ガチャンと切られた遠話魔道具は、ただ虚しくそこに佇む。


  ペテロはギリギリと歯ぎしりをしながら、机を思いっきり叩きつける。


 「このクソ豚がァ!!まだオークの方が話が分かるわ!!何が戦意だ!!ろくに戦場を知らん家畜の分際で!!」

 「ちょ、教皇様!!落ち着いてください!!」


  隣で会話を静かに聞いていた枢機卿のフシコ・ラ・センデスルが、慌てて教皇を落ち着かせる。


  ペテロはゼェゼェと肩で息をしながら、自分を落ち着かせるために大きく深呼吸をした。


  頭に昇った血がゆっくりと降りていくのを感じながら、ペテロはセンデスルに話しかける。


 「あのクソ豚め。今すぐにでもこの世から消した方が、この世のためになるのではないか?」

 「あはは。かもしれませんねぇ」


  とてもでは無いが、人々を信仰に導く人の口ではない。しかし、教皇とて人間。怒ることもある。


 「狙いは恐らく、勇者が居なくても魔王を討伐することによる支持率の上昇と他国への圧力でしょうね。勇者が魔王討伐に絶対必要な存在ではないことが示せれば、我々神聖皇国の力を弱められます」

 「仮にも11大国の1つ正教会国の頂点に座る男だ。頭だけは回るな。しかし、剣聖が失敗すれば正教会国は酷い目に会うぞ?罪なき人々が多く死ぬことになる」

 「ですが、我が国から人を送れば外交問題になりかねません」

 「別にそれは構わんが、時期が悪い。魔王討伐が終わるまでは各国とのいざこざは避けたいのでな」


  いづれくる正教会国との戦争。しかし、それは七大魔王全てを討伐し終えてからでないと始められない。


  裏で準備は進めているものの、やはり動くのは魔王討伐後だった。


 「そう言えば、揺レ動ク者グングニルの2人はどうした?あの二人なら問題なく正教会国へ行けるだろう?」


  教皇は妙案とばかりに手を叩く。確かに、彼らは神聖皇国所属の勇者では無い。


  ただの傭兵だ。


  正教会国に入っても、外交問題になる可能性は低かった。


  しかし、センデスルはゆっくりと首を振る。


 「残念ですが、彼らなら1週間ほど前に神聖皇国を立ち去っていますよ。最初は尾行を付けていたのですが、見失ってしまいました。神聖皇国内をくまなく探させていますが、恐らくもうこの国には居ないかと」

 「..........はぁ、世の中、上手くいかないことばかりだな」

 「仕方がありませんよ教皇様。現実とはそういうものです。今できる範囲で、対策立てましょう」


  こうして、今日も教皇は頭を抱えながら仕事をするのだった。


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 「おや?珍しいですね。貴方がここに来るとは」

 「そうですか?今日は仕事が無いのでね。暇つぶしにとある少年と少女の話をしに来たんですよ」


  大聖堂の書庫。世界中から集められた様々な本が保管されており、この一室でほぼ全ての知識が得られると言われている。


  そして、その書庫の管理者であるロムスは、珍しい客人と向き合っていた。


 「あぁ、彼らのことですか。まぁ、とりあえず座ってください。お茶ぐらいは出すのでね。ジークフリードさん」

 「すいませんね」


  第一騎士団団長ジークフリード。その強さとルックスの良さから、神聖皇国中の女性から人気のあるこの国で最も有名な騎士の1人だ。


  ジークフリードは椅子に座ると、ロムスからお茶が渡される。


  それを軽く呑んだ後、ジークフリードは話を続けた。


 「君も会いましたか?ジンとカノンに」

 「会いましたね。随分と見違えましたが、ほぼ毎日のように熱心に本に齧り付いていた彼のままで安心しましたよ」

 「そうですか。それじゃ、その隣にいる子供も見ましたよね?」

 「見ましたね。随分と子でした」


  ジークフリードは、ロムスの言った言葉を否定するかのように首を振る。


  ロムスは不思議そうにしながらも、ジークフリードの次の言葉を待った。


 「強いなんてものでは無いですよ。あの子供は。少し前に、私が話したとある魔物についての話を覚えていますか?」

 「確か........燃え盛る獄炎の領域に引きずり込まれて死にかけたとか言ってましたっけ?」

 「そうです。それです。今でもなぜ私はこうして生きていられるか不思議なほど、圧倒的な実力差がありました。今なら一矢報いる事も出来なくは無いでしょうが、それでも勝てるビジョンは見えません」

 「それで?その子供とその話となんの繋がりが?」


  ロムスの質問に、ジークフリードは若干肩を震わせながら答える。


 「感じたんですよ。私が若かりし頃に感じた。あの雰囲気を。ほぼ全ての人間が敵わないであろうその絶対的強者の気配を。その子供は一切こちらへ殺気を向けていないのに、背筋が凍りました。久しく忘れていた恐怖。まさかこんな所で味わうとは........」

 「ふむ。私でも敵わないですかね?」

 「勝つか負けるかでいえば、7割の確率で負けるでしょう。もちろん。ロムスさんの実力を完璧に知っている訳では無いのでなんとも言えませんが」

 「それは怖いですね。何より、それを従えているジン君達が恐ろしい」


  ジークフリードが震え上がるほどの強者を従える彼らは、一体どれほど強いのだろうか。


  ロムスはまだまだ幼かったジンを思い出して、優しく微笑む。


 「ジン君は恐らく、とてつもなく強くなっているでしょうね。内包している魔力がとてつもなかった」

 「たった三年で我々より強くなるって、どんな修行をしたんですかね」

 「リュウジ君の様に、黒竜ブラックドラゴンの巣に単騎突撃をしてたりして」

 「あははは!!それなら納得です。毎日の様に、死と隣り合わせの戦いをしていれば強くなりますからね。それにプラス多少の才能があれば、たった三年でも我々と肩を並べる程になる」

 「能力者ですからね。才能はあるのでしょう。まぁ、そんな毎日の様に最上級魔物と命のやり取りなんてしたくないですけどねぇ.......ってかそんな場所をあるんですかね?」


  彼らは知らない、実際はもっと過酷な修行を経て仁も花音も強くなっているということに。


  こうして、神聖皇国最強の2人は、のんびりと思い出話に浸るのだった。

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