食え

  焚き火用の木をマジックポーチから取り出し、綺麗に積んでいく。あの島にいた頃は、生木をがんばって燃やしていたりしたが、今ではちゃんと乾燥した木を燃やすことが出来る。


  ドッペルが作ったヴェルサイユ宮殿の残り木を、薪にして乾燥させたのだ。とんでもない量の薪の貯蔵があるで、火起こしには困らない。


 「花音、テントは?」

 「もう張ったよー。流石に人数分はないけど」

 「それはしょうがない。3つしか買ってないし」


  火がしっかりと着くまでの間、俺は花音とのんびり話す。


  今、花音が張ったテントは魔道具の一種である。魔力を込めると三角錐状に広がり、人が3人ほど入れる大きさになる。


  中には何も無いが、雨風は凌げるので外に出る時は結構重宝するのだ。


  冒険者や傭兵たちからも人気が高く、1人分の大きさしかないテントならば大銀貨2枚ぐらいで買える。


  三人分の大きさになると、金貨1枚もするが。


 「パパー何食べるのー?」

 「あー、何がある?」

『オークの肉が沢山ある』

 「んじゃ、それを適当に焼いて食べるか。お前達もそれでいいか?」

 「へ?あ、はい」


  間抜けた声で返事をするイケメン獣人君を見ながら、俺はテキパキと肉を焼いていく。


  最近は料理をめっきりやらなくなったが、あの島にいた頃は毎日のように肉を焼いていたものだ。


  流石に2年間もやってきた事は、そうそう忘れない。


 「じーん何飲む?」

 「何がある?」

 「アポンかミカスのジュース、後はお水だね」

 「じゃ、アポンのジュースで」


  いつものように会話しながら、準備をすること15分。いい感じに肉が焼けてきたので、夕飯を食べるとしよう。


  流石に肉だけだと体に悪いので、申し訳程度の野菜をサンドしたパンも用意する。


 「ほら、お前達もずっと立ってないで、こっちに来て座れ」

 「は、はい」


  椅子などは無いため、地べたに座り込むことになるが、地面はぬかるんでいる訳でもなし、気にはならないだろう。


  奴隷達が焚き火を囲むように座ると、俺は心の中で“いただきます”と唱えてから肉を食べ始める。


  イスも花音も同じように、少し頭を下げた後串に刺さった肉を食べ始めた。


 「オーク肉はやっぱり普通だな。黒鹿ブラックディーアの方が何倍も美味い」

 「しょうがないよ。中級魔物と、上級魔物を比べちゃいけないよ。そもそもの持っている魔力が違うんだから」

 「黒鹿ブラックディーアよりも、赤竜レッドドラゴンの方が美味しいの」

 「赤竜レッドドラゴンも美味しかったよなぁ。あの島は危険だらけで、いい思い出はほとんど無いけど食材の味は滅茶苦茶良かったからな」

『ワタシは食えれば味はあまり気にしない』

 「ダメだぜベオーク。美味いものは人生を豊かにするんだぞ?あれ?それは趣味だっけ?」


  いつものように他愛もない会話をしながら、オークの肉を食べていく横で、奴隷達はそれを眺めている。


  なんで誰も食べようとしないんだ?


 「あー、君達。なんで飯を食おうとしないんだ?」

 「私達は、ご主人様が食べ終えた残りを少々いただければそれで.........」


  ふむ。この世界の奴隷の扱いについては、子供達の話を聞いて知っている。


  闇奴隷でなければ、この国では最低限の人権が保証されているが、闇奴隷である彼らには人権の“じ”の字も与えられていない。


  要は、ここで俺達が目の前にある肉を全て食べ尽くして、彼らに一切の食事を与えなくても問題ないのだ。


  まぁ、そんな金をドブに捨てるようなことはしないが。


 「食え。明日から結構大変な道のりを事になるんだ。しっかり食って体調を万全にしておけ」

 「いえ、ですが.......」


  俺がいいって言っているのに、何故こうも拒否するのだろうか。


  コレが奴隷根性って奴か?主人がいいって言っているんだから、いいんだよ。さっさと食え。


 「あーもーめんどくせぇな」


  俺はそう言って、串焼きを全員の手に渡していく。

 

 「あの、ご主人様?」

 「食え。なんだ?それとも、俺の焼いた肉は食えないってか?」

 「い、いえ、頂かせていただきます」


  少し言葉がおかしい気もするが、1人食べ始めればみんな食べ始める。


  唯一、食べないのは花音の奴隷であるモフモフちゃんだけだ。


 「おい、花音、おまえが言わないとモフモフちゃんは食べないぞ」

 「え?あぁ、私が主人だから、仁の言うことよりも私の方が優先されるのか」


  そう言って、花音は肉をモフモフちゃんに渡して食べるように促す。


  俺と奴隷たちのやり取りを見ていたモフモフちゃんは、大人しく肉を食べ始める。


  静かに食べているが、美味しいのか尻尾がゆらゆらと揺れている。


 「.............」


  花音がその尻尾を無言でじっと見つめ、その視線を感じているモフモフちゃんは少し食べづらそうだ。


  悪いなモフモフちゃん。食べている間にモフモフしに来ないだけ、マシだと思ってくれ。


  あ、飲み物は何がいるのか聞き忘れてた。


  こうして、30分程度の夕食を終える。


  最初こそ、かなり遠慮して食べていた奴隷達だが、次第に慣れてきたのか普通に食べるようになってきた。


  やはり、ご飯は楽しく食べるに限る。1人で食べるより皆で食べる。寂しい食事に、価値はない。


 「さて、皆腹も膨れたことだし、改めて自己紹介をしようか」


  俺はゆっくりと立ち上がると、自己紹介を始める。


  そういえば、俺は名乗ってなかったな。改めてじゃなくて、普通に自己紹介することになるのか。


 「俺は東雲仁。色々とあって傭兵団揺レ動ク者グングニルの団長をやっている。俺のことは、仁でも団長でも、好きなように読んでくれ」


  正式な名乗りとか一応あるにはあるが、あれは少し恥ずかしいので今回はやめておく。


  格好つけないといけない時だけやればいいのだ。


 「質問とかは後で聞いてやるから、とりあえずは......花音!!」

 「うにゅ」


  俺は未だに尻尾をじっと見ている花音を、現実に引き戻す。


  凄いぞ、瞬きを一切せずにずっと見てたからな。ちょっと怖いぐらいだ。


 「自己紹介しなさい」

 「はーい」


  花音は返事をすると、ゆっくり立ち上がる。


 「浅香花音。傭兵団揺レ動ク者グングニルの副団長だよ。呼ぶのはお好きなように!!よろしくねー」


  俺と同じように自己紹介をする。尻尾をじっと見ていても、俺の自己紹介はきちんと聞いていたのか。


  花音は、モフモフちゃんの後ろに座ると、我慢の限界とばかりに尻尾をモフり始めた。


 「モフっていいよね?いいよね?」

 「聞く前にモフってるじゃねぇか。まぁ、自己紹介終えたからいいけど、本人にちゃんと聞けよ?今後一緒に仕事をするんだから、信頼関係は大事だぞ」


  奴隷だとしても、相手は人だ。いや、人なのか?獣人って人に分類されるのかちょっと分からないが、一様人類種に分類されるはずだから、人として扱っていいよな?


  俺がくだらない事を考えていると、花音がモフモフちゃんの尻尾をモフりながら許可を取ろうと話しかける。


 「モフモフしていい?」

 「は、はい。ご主人様のご自由に私をお使いください」

 「モフモフ!!あ、私の事好きに呼んでいいって言ったけど、ご主人様はやめてね。何と言うか、ヤダ」

 「わ、わかりました........副団長様」

 「んーまぁ、それならいっか」


  そう言って、花音はその柔らかそうな純白の尻尾を気持ちよさそうにモフるのだった。


  後で、俺も少し触らせて貰えないだろうか。凄い気持ちよさそうだし。

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