ドゥンケル

  細く長い道を歩くこと15分。ようやく俺たちは目的の場所である、闇奴隷市場“ドゥンケル”に足を踏み入れた。


 「ここがドゥンケルか。結構広いんだな」

 「えぇ、この街の地下を丸ごとくり抜いていますので」


  地盤とか大丈夫なのだろうか。大丈夫だよね?急に天井が降ってくるとかないよね?


  まぁ、天井が降ってきたところで、俺達を殺せるものでは無いのでいいか。


  広さ的に、恐らく闇奴隷市場“ドゥンケル”以外の店もあるのだろう。そこら辺は子供達に聞けばわかるだろうが、興味が無い。


 「ここにモフモフが.......」

 「ママ落ち着いて。もう少し我慢してなの」


  モフモフの匂いを感じ取ったのか、再び暴走し始める花音をイスが抑える。


  イスの言う通り、もう少しだから我慢してくれ。ここで問題を起こされると全てパーだから。


 「わたくしの案内はここまでとなります。店の中に入りましたら、別の者が対応すると思いますので」

 「あー、帰りはどうなるんだ?」

 「その時になれば、お分かりになります」


  なるほど、元来た道をたどる訳では無いのか。


  流石に、表に出せないような奴隷を街中で見せびらかす訳にも行かないからな。おそらくだが、街の外へ続いている道があるのだろう。


 「分かった。案内ありがとう。えぇと........」

 「セルナです」


  そう言って、セルナさんは元来た道を戻っていった。


  さて、俺達も行くとしよう。花音が変な行動に走らないうちに。


 「いらっしゃいませ」


  店の中に入ると、男の獣人が対応してくれる。こちらもスーツを着込んだ、ナイスガイだ。


  モデルは猫かな?違ったら失礼なので、口には出さないが。


 「コインをお持ちでしょうか?」

 「これの事か?」

 「少々お借りしても?」


  俺は特に問題ないので、そのコインを渡す。もし、このまま盗もうとされても、一瞬で殺れる位置にいるのだ。


  獣人の男は、コインを軽く見ると俺に丁寧に返してきた。


 「そちらの御二方もよろしいですか?」

 「はやくね?」

 「急いで欲しいの........」


  花音は、顔こそ笑顔だがその声色は誰が聞いても凄んでいる。獣人の彼からしたら、訳が分からないだろう。


  俺が彼の立場なら、何か怒られるような事をしたのかと不安になる。


  その隣にいるイスは、もう半ば諦めていた。この母親を止めるのは無理だと。


  花音の圧に急かされた彼は急いでコインを確認すると、少し上擦った声で店の奥へと案内する。


 「こ、こちらです」


  なんと言うか、ごめんな。モフモフが近くなって、少し自制が効いていないんだ。本当に暴れだしたら止めるから、それで許してくれ。


  つくづく、俺も花音に甘いなと思いながら、彼の後をついて行く。


 「この部屋でお待ちください。今、支配人を呼んでまいります」


  案内された部屋は、三階にあるかなり綺麗な部屋だ。部屋に入ると、メイド服を来た獣人の女の子が何人も待機しており、俺達が部屋に入ると静かに頭を下げる。


  おぉ、これがメイドか。神聖皇国にいた頃は、メイドではなくてシスターだったからなんか新鮮だ。


 「モフモフだぁ.......」

 「花音。ここで襲いかかったら、モフモフは買わないからな」

 「うぅ........仁の意地悪」


  花音は拗ねるが、これに関しては俺が正しい。メイドさん達に迷惑をかけるんじゃありません。ただでさえ、ジーニアスのおっさんに迷惑かけているんだから。


  彼は、きちんと娘に何か買ってあげることはできたのだろうか。


  ソファに座ると、メイド達がせかせかと紅茶とお菓子を用意してくれる。


  花音は、その揺れる尻尾をモフりたかったようだが、俺が“我慢しないと買わないぞ”と言ったのが聞いた為か、じっとその揺れるしっぽを見ているだけだった。


  後に、知ったことだがこのメイド達も奴隷らしい。金を払えば、買えたそうだ。


  出された紅茶とお菓子を楽しみつつ待っていると、部屋の扉が開かれる。入ってきたのは人よりの獣人では無く、獣寄りの獣人だ。


 「お待たせ致しました。当店の支配人であるドトナスと申します」

 「コレはどうもご丁寧に。俺は──────」

 「いえ、名乗っていただく必要はありません。ここには名乗ると少々都合の悪いお方もいらっしゃるので.......」


  まぁ、この国の重鎮も顧客にいるからな。流石に国王は白いと信じたいが。


 「あぁ、そう。悪いな。ここのルールを少し分かっていないもので、何かやらかしそうなら止めてくれて構わない。というか、止めてくれ」


 田舎感丸出しだが、何かやらかした後になるよりはマシなはずだ。なんてったて、俺達は国王の顔すら知らないんだからな!!


 「大丈夫ですお客様。中には今ここにいるメイドに手を出そうとする者もいるのですから。それに比べたら十分お客様方は常識人ですよ」

 「猿か?ソイツは。金で黙らせることは出来ても、結局は暴力が勝つことを知らないのか」

 「えぇ。全くですよ。そのお客様は、少々がすぎたようで、豚の餌になりましたがね」


 怖い怖い。要はミンチにされて殺された訳だ。俺達も注意しないとな。負ける気はしないが、騒ぎは起こしたくない。


 「そいつは愉快な話だな。せいぜい気をつけるとしよう。んで、奴隷を売ってくれるんだよな?」

 「えぇ。ご要望を仰って頂ければ、それに合う奴隷を見繕いましょう」

 「モフモフ!!モフモフな子が欲しい!!」


 待ってましたとばかりに、花音が要望を言う。


 身を乗り出して言うものだから、支配人さんが引いてるじゃないか。


 「落ち着け。俺がちゃんと要望を言うから、大人しくしててくれ」

 「んー」

 「ママ、ずっとテンションが変なの........」


 イスも若干引いている。ココ最近ずっとこんな感じたからな。俺は昔何度か見た事があるからまだしも、初めて見るイスには結構ハードだよね。


 もう少しで元に戻ると思うから、我慢しててくれ。


 「えーと、とりあえずモフモフ。つまり、毛並みが良く柔らかい奴隷をご所望と言うことでよろしいのでしょうか?」

 「あぁ、1人はそれでいい。後は、頭のいい白色の獣人だ。文字が書けて、物覚えのいいやつがいい」

 「白色の獣人ですか」

 「扱っているんだろ?俺達は白色の獣人を買いに来たんだ。全員白で頼むよ」

 「かしこまりました。少々お待ちを」


 そう言って、支配人はメイドの1人を呼ぶと、なにか耳打ちをして部屋の外に行かせる。


 恐らく、条件に合う奴隷を探してくれているのだろう。


 しかし、白色の獣人というのは本当に嫌われているんだな。名前を言っただけで、支配人やメイドたちの顔が歪んだぞ。


 「何故あんたらは白色の獣人をそこまで嫌うんだ?“災いの子”とは言われているが、何をしたんだ?」

 「詳しくは私も知りません。ですが、はるか昔に災いを振りまいて同胞たちを殺したと聞いております」

 「それだけ?」

 「えぇ。ですが、私も初めて白色の獣人を見た時に感じたのです。この獣人はただならぬナニカを持っていると」


 ただならぬナニカねぇ。俺としては、ただ洗脳されているだけのように見える。


 過去の虚像に必要以上に怯えた、獣以下の臆病物に。


 コレが洗脳教育というやつですか。


 「そこに居るメイドさんたちも?」


 俺の問いかけに、全員が頷く。


 そこまで怯えられらるって、はるか昔のご先祖さまは一体何をやらかしたのやら。


 まぁ、これに関しては子供達が色々と持ってくるはずの情報を見れば分かるかもな。別にどうしても知りたい訳では無いし。分からなくてもいいが。


 しばらく待っていると、気配が幾つも近づいてくる。ようやくお出ましだ。子供達が見つけたモフモフを見てみるとしよう。

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