なるべく穏便に
身元の分からない俺達に、紹介状は書けないと言うおっさんを見ながら、俺はコートの懐からある物を取り出す。
「幾らなら売ってくれる?」
金だ。他にも色々と手段はあるが、まずは穏便な方法で行こう。
今回持ってきた予算は、白金貨10枚分程度。
正直、こんなに要らないが、花音が持ってくと言って聞かなかったので仕方がなく持ってきたのだ。
ちなみに、日本円に直すと大体10億円である。
「お金の問題じゃないんですよ。お客さん。ここを見つけられるってことは、それなりのコネやツテがあるんでしょうが、お客さん身元が分からん以上、こちらもリスクが付くのでね」
ご最もである。身元の分からない俺達に紹介状を書いて、国にバレるリスクを背負う必要は無い。
金に困っている訳でもないし、常連客相手に金を取るだけでそれなりの儲けになる。
わざわざ危ない橋を渡る冒険はしなくていい。
しかし、それでは俺達が困る。俺達っていうか、主に花音が。
俺は仕事が出来る人が欲しいだけなので、ここで無理して買う必要は無い。なんなら、奴隷でなくてもいいしな。
その一方で、花音はモフモフが今すぐにでも欲しいのだ。別に奴隷でなくてもいい気はするが、1番手っ取り早いのは奴隷である。
「そこをなんとかできないか?」
「ウチも組織なんですわ。1つでも崩れると、そのまま全て崩れる脆い積み木でできた家なんですわ。ワイらとしても、その家を壊される訳には行かないのでね」
「どうすれば、紹介状を書いてくれる?」
「ご身分を明かして頂き、問題ないと判断されないとお書きには出来ませんので」
うーむ。俺達の身分は、どんなによく言っても傭兵だ。一応、もうひとつ別の身分があるにはあるが、アレは一般市民としての身分証だし、こんな事に使いたくない。
金で解決はやはり厳しいか。かと言って素直に身分を明かしたところで、ただの傭兵に闇奴隷を売ってくれる訳が無い。
となると、二つ目のプランで行くしかないな。
ちくしょう、平和的に行きたかったのに。結局脅しを使うのか。
「それは困る。俺達も色々とあるのでね」
「では、この話は無かったことに──────」
「と、言うわけで、次の提案だ」
交渉決裂とばかりに、この場を立ち去ろうと腰を浮かしたおっさんはピタリと止まる。
「次の提案?」
「そう。次の提案だ」
そう言って、俺は金を懐にしまった後、ある紙束を机の上にある広げる。
「.........こちらは?」
「まぁ、見てみな?」
この紙束は、ついさっき手に入れたあるリストを書き写した物だ。
「こ、これをどうやって.........!!」
「コレ、国に垂れこまれたらどうなるんだろうな?」
おっさんが今持っているその紙束には、顧客のリストがズラリと並んでいた。
俺もチラッとだけ見たが、やはりこの国もある程度は腐っているらしい。結構偉い役職に着く人も、この闇奴隷市場を使っていたそうだ。
一通り紙束の中身を確認し終えたおっさんは、震える手で紙束を机の上に置くと、俺を睨みつける。
「脅しですかい?」
「まさか。こういう事もできるんだぞって自慢しただけさ。で、幾らで売ってくれる?」
お互いに不穏な空気が流れる。
できれば、早く決断して欲しい。イスが頑張って時間を稼いでくれてはいるが、それも限界がある。
数十秒後、おっさんは口を開いた。
「.......ひとつ、抜いてきて欲しいものがある。それを用意できたら、紹介状をお渡ししましょう」
「金は?」
「ソイツは要りません。幾らでも稼げますので」
どうやらおっさんは、結構話のわかる人のようだ。もしくは、ほんの少し花音から漏れた殺気にビビったのか。
「何が欲しいんだ?」
「ワイらとは、商売敵の組織がもう1つありやす。その組織の顧客情報を」
「そんなんでいいのか?」
「えぇ」
何に使うか知らないが、その程度の情報なら簡単に抜き出せる。
ウチの子供達を舐めるなよ?10分も経たずに必要な物全てを揃えてやるよ。まぁ、働くのは俺じゃないんだけどね。
俺はソファには座ったまま、その場を動かない。
それを不審に思ったのか、おっさんは質問を投げかけてくる。
「........動かないのですか?」
「まぁな。別に俺が動かなくても必要なものは揃う。きっちり裏まで取っておいてやるよ。10分ぐらい静かに待とう」
機嫌の悪かった花音は、イスの頭を撫でたことにより、少し落ち着いたようで今は大人しくしている。
これなら暴走することは無いだろう。
それから7分後。影から紙を渡された。
俺は懐から紙を取り出して、その中身軽く確認する。
商売敵がどこか知らないが、ちゃんと顧客のリストのようだ。しかも、しっかりと裏を取ってある。
「はいコレ。確認してくれ」
おっさんは怪しみながらも、渡された紙を見て目を見開く。
「おい、ワイらが持ってる情報と照らし合わせてこい。なるべく早くな」
「へい」
おっさんは、後ろに控えていたガードに耳打ちをすると、ガードは紙を持って奥の部屋へと消えていった。
確認しているんだろうな。
「すいやせんお客さん。もう暫くお待ちを」
「どうぞどうぞ。早い事に越したことはないが、確認は大事なのでね」
花音がイスを撫でている間は、待ってあげれるから。なるべく早くしてくれる方が嬉しいけど、おっさん達も仕事だからしょうがない。
5分後、紙を持ったガードが帰ってきた。
「兄貴。間違いありやせん。ウチらが裏の取れている情報と同じです」
「その他は?」
「恐らく正しいかと。きっちり証拠付です」
ヒソヒソ話をしているつもりだろうが、丸聞こえだ。少し耳を強化すれば、簡単に聞こえてしまう。
それにしても、本当に優秀だな。ウチの子供達は。たった10分足らずで欲しい情報を抜き出してくるのだから。
二年前、ベオークとその子供達を仲間にした俺を褒めてやりたい。よくやったと。
内緒話を終えたおっさんは、俺達へ向き直ると1枚の紙を取り出して何か書いた後、封をして渡してくる。
「こちらがお望みの品です。場所や合言葉は分かりますか?」
「問題ない」
既に子供達が調べきってある。優秀がすぎる。
俺は貰った手紙を懐の影にしまうと、ついでに1枚の紙を取り出して机の上に置いておいた。
俺達のシンボルマークである逆ケルト十字が書かれた紙だ。
「........コレは?」
「まぁ、無理を言った礼だ。もし、俺達の力がどうしても必要なら、1度だけ格安で請け負ってやる。情報収集でも、クーデターでも暗殺でもなんでもやってやるぞ」
「.........ありがたく受け取っておきましょう。ご連絡くださいはどうすれば?」
「その紙に“血に錆びた槍の元に”と書いて適当な所に置いてくれればいい。それで分かるからな。最低でも一日は時間がいるから、早めによろしく」
おっさんは“そんな馬鹿な”と言いたげな顔をしているが、おっさんの影には既に子供達が入り込んで監視している。
困っているならすぐに分かるはずだ。
「それじゃ、邪魔したな。またどこかで会おう」
俺は花音とイスを連れて、見た目だけボロボロの家を出ていくのだった。
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仁が部屋を出ていった後、机の上に置かれた紙を見つめながら、獣人会の最高幹部の1人であるジーニアスは深くため息をつく。
「たまたま近くにいたのがワイで良かったな。他の連中なら間違いなくドンパチやってるわ」
「なぜ、要求を通したのですか?兄貴。あの程度のもの達なら、たたき出しても良かったと思いますが」
ジーニアスはポケットからタバコを取り出すと、1本口に咥えて火をつけるように促す。
ボディーガードである男は、火をつける。
タバコを深く吸い、天井に向かって煙を吹いた後、ジーニアスは語り始めた。
「あの男達。ヤバいで?ワイの異能がバンバン反応しておったわ。今まで生きてきた人生の中で、こんなに反応したことは無いで」
「そ、それほどにまでですか」
「せや、叩き出すのなんて無理や。下手な対応をしたら、即、あの世行きや。話のわかりそうな奴やったから色々と駆け引きしたが、もし、直ぐに手が出そうなやつやったらワイは何も言わずに紹介状を書いてたな」
そう言って、ジーニアスは仁から貰った1枚の紙を大切そうに仕舞う。
「コレは見えない切り札。どうしようもなくなって、藁にも縋りたくなる時に切らせてもらうとするわ。“血に錆びた槍の元に”しっかり覚えとかんとなぁ」
後に、この紙がジーニアスの命を、ジーニアスの所属する組織を救う事になるとはこの時は思いもしなかった。
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