亡き戦士達への鎮魂歌

  俺はもうこの世には居ない、ジーザスの顔を思い浮かべる。


  初めて会ったのは4ヶ月ほど前。世紀末に出てきそうな頭と顔をした奴だった。


  そんな凶悪な顔が似合わない程の子供好きで、イスに飴をくれた人である。


  ベオークの子供達が持ってきた情報の中にはジーザスの事もあり、彼は休みの日に手土産を持ってよくこの街の孤児院を訪れていたそうだ。


  もちろん、子供たちからは好かれており、実はその孤児院の先生とはいい雰囲気になっていたりいなかったり。


  ともかく、子供好きないいおっさんだった。


 「この剣はどうするんだ?どこかへ埋葬するのか?」

 「ん?あぁ、お前は知らないか。この剣は燃やすのさ。傭兵達の弔い方は、どこも一緒さ。もう少ししたら始まると思うぞ」


  俺の勝手なイメージでは、地面にその剣を突き刺して墓標代わりにすると思っていた。


  燃やすのか。武器は鉄の為、灰になることは無いだろう。片付けが大変そうだ。


 「おじちゃん死んじゃったの?」

 「弟を守って、散っていったんだと。イスに宜しく言っていたぞ」


  イスは、少し悲しげにその剣を見つめる。


  イスは見た目こそ子供だが、中身は厄災級のは魔物だ。感情こそあれど、この世は弱肉強食という事をしっかりと分かっている。


  そこそこ懐いていた相手が死んだとしても、それをしっかりと受け入れる事ができるようだ。


 「すまねぇ、イスちゃん。俺がヘマをやらかしたばかりに、兄貴を殺しちまった」

 「戦争だもの。しょうがないよ。食うか食われるかの殺し合いなんだから」


  そう言って、イスは形見の剣に手を添えると、小さく呟いた。


 「其の魂よ、戦死者の館ヴァルハラにて安らかに眠るといい」


  ほんの少し冷気がイスから漏れだし、剣を冷たく冷やす。


  イスがなんて言ったのかは聞こえなかったが、きっと別れの言葉を言ったのだろう。


 「おーい。燃やすぞー」


  俺達がモヒカンと話していると、ギルドマスターが呼んでくる。


  ぞろぞろと訓練場へと出ていく傭兵達の後に、俺達も続いた。


 「残念だったね」

 「モヒカンの事か?」

 「うん。結構仲良かったでしょ?」


  モヒカンとは付き合いこそ短いものの、この街の傭兵達の中では恐らく一番仲が良かった。


 「そうだな。良い奴だったよ。面白くてノリが良かった、そんな奴だった」

 「イスにも優しかったしね。ちょっと残念」

 「他には誰が戦死した?」

 「モヒカンに加えて、6名。41人中、7人亡くなったそうだよ。私とよく話してたお姉さんも戦死してた」


  花音とよく話していたお姉さんと言えば、一番最初に花音にイスを産んだ感想を聞いていた人か。


  確か魔導師だったはずだ。傭兵のは魔導師は少ないから、そのゆったりとした服装が目立っていたのを覚えている。


 「残念だな」

 「本当に残念。美味しい料理屋がもう聞けなくなっちゃったよ」


  少し歩けば、訓練場に出る。


  そこには既に、亡き戦士達の武器が置かれていた。


  武器の下には乾燥した木が置かれており、これに火をつけて燃やすのだろう。


 「今から、鎮魂の灯火を灯す。この国の為に戦った勇敢な戦士、7名の最期だ。俺たちで見届けてやろう」


  ギルドマスターはそう言うと、火を灯す。


  静かに燃え上がった火が武器を包み込む。


  5分程だろうか。その火を眺めていると、不意に傭兵の皆が歌い始めた。


 「「「いーまーなきせんーしたちのー、ともーしーびはー、めーがーみのもーとへ、かえるー」」」


  この歌を知らない俺と花音とイスは、その歌をただ静かに聞くだけだ。


  歌が終わるまで、静かに俺達は火を眺める。ただパチパチと鳴る火の音を伴奏に歌われたその曲は、間違いなく亡くなった7名に届いていたことだろう。


  俺は隣で歌っていたモヒカンに、話しかける。


 「今のは?」

 「“亡き戦士達への鎮魂歌”って歌さ。傭兵達は皆、鎮魂歌としてこれを歌う。ジン達も身分だけ傭兵だとしても覚えておいた方がいい」


  そんな鎮魂歌があるのか。


  すると、モヒカンはポケットから1枚の紙を取り出す。


 「これが、歌詞だ。リズムはさっきので大体分かっただろ?この曲はこの火が消えるまで歌い続ける。一緒に歌ってくれ。その方が兄貴たちも喜ぶ」


  渡された紙を受け取り、歌詞を見る。

 

 “今、亡き戦士達の灯火は、女神の元へと帰る。共に歩いてきた道のりに、悔いは無し。その魂は、いつも我らと共にあり。さらば友よ、輪廻の中でまた会おう。”


  短い歌だ。


 「イス、花音、今すぐこれを覚えて、俺達も歌うとしよう」

 「ん、私は今聞いたので覚えた」

 「私もなの!!」


  ........君達ハイスペック過ぎませんかねぇ。俺なんて、“今、亡き戦士達の灯火は”のところまでしか覚えてないんだけど。


  再び歌われ始めた鎮魂歌に、俺達も一緒になって歌う。


  俺は歌詞の書かれた紙をガン見しながら歌ったが、イスと花音は本当に何も見ずに完璧に歌っていた。


  ちなみに、俺は3回目でようやく全部覚えた。これが普通だと思う。あの二人の物覚えが、早すぎるだけだ。


  5回目を歌え終えた頃には火は完全に消え、残っているのは燃え尽きた灰と燃え残った武器になる。


 「お前達!!よく生きて帰ってきてくれた!!今日は俺の奢りだ!!好きなだけ騒げ!!」


  ギルドマスターがそう言うと、皆待ってましたとばかりに傭兵ギルドへと駆けていく。


  こういう切り替えの速さが、死が近くにある傭兵達が長生きするコツなんだろうな。


 「お前達も行ってこい。俺の奢りだ」

 「食うには食うが、奢りはいらねぇよ。つーか俺が奢るつもりだったんだけど」

 「ガキが格好つけるな。こういう時は大人しく奢られとけ。そう言うのはもっと歳食ってから、やるもんだ」

 「請求書見て泣くなよ?人の金の時は、えげつない程食うからな?」

 「やってみろ」


  ギルドマスターから許可が下りたので、容赦なく食べさせてもらおう。なんなら、異能も使ってやる。


  ギルドへ戻ると、既にそこには悲しみにくれた傭兵達の姿はなかった。


 「おい!!ジン!!早くしないと食うもん無くなるぞ!!」

 「そうだぞ。俺達が全部食っちまうからな!!」

 

  たった1分程度目を離した隙に、ベロベロに出来上がっているアッガスとモヒカン。


  うわ、もうエールの入ってた樽が一個空じゃねぇか。


 「お前ら、そんなに飛ばして飲むと明日に響くぞ?」

  「あ?んなこたぁいいんだよ!!明日は、明日の俺が何とかするはずさ!!」


  そう言って、コップに入ったエールを煽る。


  俺は苦笑いしながら、このバカ騒ぎに加わるのだった。


  尚、請求書はギルドマスターの顔が引つるほどの金額だったそうだ。傭兵ギルドにあった、酒と食い物全部無くなってたからな。

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