なんかごめん

  翌日。俺達はバルサルの傭兵ギルドで、昼飯を食べていた。


  注文した串焼きを食べていると、後ろから声をかけられる。ギルドマスターだ。


 「久しぶりだな。暫く顔を出してなかったから心配したが、元気そうで何よりだ」

 「これが元気そうに見えるか?だとしたら医者にかかった方がいい。その腐った目を治してもらえ」


  俺が余り元気がないのには理由がある。


  帰ってくるのだ。この国のために戦った戦士達が。


  金を貰って戦う傭兵とは言え、彼らは国の為に戦った勇敢な戦士達だ。そして、その戦士たちの中には、戦場から帰らぬ者達もいるだろう。


  顔見知りがかけているのを見るのに、元気になれるわけが無い。


  これが、どこぞとも知らない、話した事の無いそこら辺の人間ならばなんとも思わないが、一緒にふざけて騒いだ仲なのだ。


  俺は持っていた串焼きを置くと、ギルドマスターに向き合う。


 「今日の夕刻ぐらいに帰ってくるんだろ?」

 「あぁ、大体そのぐらいだな。ここら辺は比較的安全な道だから、何かに襲われて明日になるって事は無いはずだ」


  比較的安全な道。その理由に鳴っているのは1つしかない。


  それに、少し分かりずらいがわざわざ話題転換をしようとしてくれているのだ。乗るとしよう。


 「直ぐそこに厄災がいるんだ。魔物も盗賊も近づきたくは無いだろうな」

 「当たり前だ。浮島アスピドケロンって言う歩く災害の近くに行ったら最後。バクンと食われちまう」


  ギルドマスターを無理やり連れて行って、アスピドケロンと会話させたら驚くだろうな。


  その年老いた見た目に反した、口調と声に。


  アスピドケロンは、身体が大きすぎて動くと目立つので、大人しくしてもらっている。


  恐らく、戦争の時も彼女は、俺達の拠点防衛をしてもらうことになるだろう。


 「その割には、随分と近いところに街を建てたな。もし、こちらへ来たら逃げきれないぞ?」

 「んなこたぁ分かってる。でも、アスピドケロンを監視しない訳にはいかないだろ?それに、一応この街は足止めの役割を持っているんだ」

 「は?この街程度で、アスピドケロンが止められると思っているのか?」

 「思ってない。だが、ないりよはマシだろ?」


  あっても無くても変わらねぇよ。アスピドケロンにかかれば、この街はたった1歩で真っ平らな地面になっちまうよ。


  ギルドマスターは分かっているのか?あの雲を突き抜ける大きさの連なっている山全てが、アスピドケロンなのだ。


  山の一角だけが、アスピドケロンの身体じゃないんだぞ?


 ........ちょっと聞いてみるか。


 「ギルドマスター、俺はこの街に来たばかりで知らないんだが、どこからどこまでがアスピドケロンなんだ?」

 「1番でかい山がアスピドケロンだ。他は普通の山だよ」


  自信満々に答えているが、間違いである。


  アスピドケロンは、あの山全てだ。


  俺は、再び串焼きを手に取り、それをギルドマスターに渡した。


 「長いな」

 「あぁ、長い。何でかねぇ、歳を取るにつれて時間を早く感じるようになるのに、こういう時だけは長いのさ。亀の歩み寄りも遅くなってやがる。流れる時間は同じなのにな。53年生きていても、これは慣れん」

 「そんなもんさ。嫌なこと程、先延ばししたくなる。審判を待つ愚者の気分だ」


  暗い雰囲気に浸る横で、バクバクと串焼きやパンを食べるイスと花音をこの時ばかりは羨ましく思うのだった。


  君達はマイペースでいいね。いやほんとに。


  流石に、何時間も傭兵ギルドでボケっと待つ訳にはいかないので、買い物を済ませてくる。


  アル中の爺さんからお酒を、優しいおばちゃんからはパンを買い、街の中をぶらぶらと歩いて時間を潰す。


  そして、夕刻。日が暮れる少し前に、彼らは帰ってきた。


 「すごい盛り上がりだね。これぞ凱旋って感じ」

 「傭兵達と一緒に、冒険者やこの街の兵士達も帰ってきてるからな。皆、この国の為に戦ってきてくれた戦士達を称える為に集まってる」


  家族に無事を伝える者、友人と笑い合う者、亡き戦友の形見を遺族へと渡す者、それを見て泣き崩れる者。


  様々なドラマがそこにはあった。


  共通しているのは、ボロボロになったその鎧と武器のみ。


  帰ってきた戦士達と、それを迎える街の人々の顔は様々だ。


 「傭兵ギルドに戻るぞ。俺達が出迎えるのはここじゃない」


  傭兵達が報告の為にギルドによるのは、ギルドマスターに確認済みだ。


  ついでに、今日ぐらいは奢ってやるとしよう。この国を守った戦士達の凱旋なのだから。


  ギルドへ戻り、帰りを待つ。少しすれば、ぞろぞろと気配がギルドへ近づいてきた。


 「帰ってきたな」

 「そうみたいだねー。ひぃふぅみぃ........40人近くいたのが、34人まで減ってるよ。6人近くは、帰れなかったようだね」

 「6人か。多いのか少ないのか、俺には分からんな」


  アザン共和国の戦死人数は大体1万程度。そう考えれば、少ない方なのかもしれない。


  悲しいことに変わりはないが。


  ギィと扉が開き、バルサルの傭兵達が姿を現した。


 「.........喜べお前達。どうやら俺達を待っていた健気な子供達がいるようだぞ」


  一番最初に俺達を見つけたアッガスが、後ろにいる傭兵達に声をかける。


 「誰が健気な子供達だ。ぶっ飛ばすぞ」

 「ははは!!それは勘弁願いたいね。せっかく拾った命をここで散らすことになる」

 「...........おい、ギルドマスター。こういう時はどうすればいい?笑うのか?」

 「馬鹿言え。こういう時は、こうするんだよ!!」


  ギルドマスターは、アッガスの腹に思いっきり拳を叩きつける。


  アッガスは身体をくの字に曲げてギルドの外に吹っ飛んでいった。


  アッガスはジョークのつもりで言ったのだろうが、笑えねぇよ。顔も良く、性格もいい彼だが、ギャグのセンスは最悪らしい。


 「あれはしょうがないね」

 「最悪なの」


  イスも花音も同じ事を思ったようだ。これに関しては、どう考えてもアッガスが悪い。


 「よう。戻ってきたぜ」


  そんなアッガスを見ながら、モヒカンの1人が話しかけてくる。


  だが、1だ。


  モヒカンは二人いたはずなのだが、一人しかいない。辺りを見渡しても、同じ様な頭をした奴はいなかった。


 「おかえり、

 「......珍しいな。ジンが俺の名前を呼ぶとは。と言うか、ちゃんと覚えていたのか。てっきり忘れられていたと思ったぞ」

 「身分登録の為だけとは言え、俺は傭兵団の団長だぞ?1人2人の名前程度は覚えなきゃやってられねぇよ」


  人の名前を覚えるのは、コミュニケーションとして1番大切な事だ。まず、名前を呼ばないと始まらないからな。


 「出来れば、兄貴の名前も呼んでやって欲しかったけどな」

 「ジーザスか」

 「そうさ。イスちゃんを可愛がっていた俺の自慢の兄貴


  そう言って、モヒカンは背中に背負った剣を下ろす。


  よく見れば、その剣はジーザスがいつも腰に下げていた剣だ。


  これの意味することは1つしかない。モヒカン頭が1つしか見当たらなかった時点で、察しは着いていたが確信は無かった。


  しかし、この剣を弟が持っていることで、確定した。


 「死んだのか。兄貴は」

 「あぁ。俺が死体を踏んで足を滑らせたんだ。そこを敵に狙われて、兄貴は俺を庇ったのさ」


  中々に辛い死に方だ。“足を滑らせなければ、死ななかったかもしれない”と言う可能性がついて回る。


  こう言うのは不謹慎だが、普通に強い敵兵に殺られて死んだ方が弟のメンタルには優しかっただろう。


 「そうか。カッコイイ死に様だったんだな」

 「馬鹿言え。最後の遺言は“イスちゃんによろしくな”だぞ。そこは弟の俺に何か言えよ」


  それに関しては、擁護できない。なんかごめんな?

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