黒いナニカ
その後も婆さんは、様々な事を話してくれた。
精霊王の事や精霊の住む国の事、精霊王よりも上の存在の精霊神の事などなど。
精霊と話せなければ、知る由もない事を沢山教えてくれた。
「ふーん。じゃぁ、その精霊神ってのが、エルフを創造した可能性が高いのか」
「これはあくまで私の推測だがね。ドライアド曰く、精霊神様から精霊たちは生まれたという。私達もその精霊神様から生まれたって不思議じゃないだろ?」
「そうなると、エルフは一種の精霊なのか?」
「そう考える者もおる。人とて、女神から創造されたと考えられているのじゃ。エルフも神から作られてもおかしくない」
へぇ、神への信仰心が強いこの世界では、そういう風に考えられているのか。
地球でも、キリスト教への信仰心が強い人々は進化論を信じていない。
今でも、アメリカではその半数近くが自分達は神から創成された存在だと思っている。
化学が発展しておらず、進化論すら唱えられていないこの世界では尚更“神が人間を創造した”という考えが広まっているだろう。
神を欠片も信仰していない日本の教育を受けた俺達からすると、その考えをすんなり受け入れるのは難しい。若干一名、どっかの馬鹿が“自分は神から創造された選ばれし存在”とか言っていたが、あれは特殊すぎるから忘れよう。
「明日、精霊樹へ行ってみるといい。観光でこの国に来たのだろう?ならば、見ずに帰るなど勿体ないことはすまい」
「そのつもりだよ。あ、後いいお土産屋とかある?」
「あるぞ。私の友人がやっておる店でのぉ─────」
その後も暫く、婆さんにオススメの観光場所と店を聞いた。
ちなみに、夕飯に出てきた野菜オンリーのサンドイッチは滅茶苦茶美味しかった。
翌日。俺達は婆さんに別れを告げて宿を出る。
かなり有意義な話が聞けて楽しかった。もし、またこの街を訪れる時があったらこの宿に泊まるとしよう。
「何時まで着いてくるの?........へ?ずっと?さっさと帰りやがれなの!!」
イスが独り言をずっと言っている。
探知を使えば、イスの見ている先に昨日と同じ精霊の反応があるので、その精霊と会話しているのだろう。
ただ、何も見えない俺達から見ると、ちょっと危ないお薬をキメて見えない幻影と話しているヤバいやつになっている。
周りのエルフ達は、恐らくこのような光景を何度も見てきたのだろう。
微笑ましくイスを眺めている。
一方で、こういう光景を見慣れていない観光客や冒険者などは不思議そうにイスを見ている。
そりゃ、子供が何も無いところに向かって話していたらそうなるわな。俺も知らなければ、そんな顔をすると思う。
「やっぱりどんなに頑張っても、声も聞こえないね。声だけなら何とかなるかなと思ったのに......」
「婆さんも言ってただろ?適性がなければ無理だって。俺達に、精霊に関する才能はなかったんだよ」
花音は精霊の声だけでも聞けないかと色々試していたようだが、結局ダメだったようだ。
本当に、精霊に関しては才能だけなんだな。そもそも努力のしようがない。
花音はガックリと肩を落とし、残念がる。
「そんなに精霊が見たかったのか?」
「うん。1度は見てみたいじゃん?ファンタジーの定番種族の1つなんだからさ」
「気持ちは分かるけどな。俺も見れるなら1度は見てみたい」
そんな事を話しながら歩いていると、精霊樹の近くまでやってくる。
流石は精霊の住む木と言われているだけあって、多くの精霊があちこちを飛んでいる。
本当に見えないのが残念だ。もし、見えていたら御伽噺のような世界が目の前に広がっていたかもしれない。
「わぁ!!すごいの!!」
精霊を見ることができるイスは、その光景を見て声を上げる。
今、イスの目には何が写っているのだろうか。様々な動物や、人が飛び交っているのだろうか。
「ねぇイス。イスにはどうな風に見えてるの?」
俺と同じく気になった花音が、イスに質問する。
やっぱり気になるよな。花音が聞かなかったら俺が聞くつもりだった。
「んー、女の子や男の子、豚にイノシシ、牛や植物。色々いる。みんな楽しそうなの。でも──────」
イスは一旦言葉を切り、静かに上を向く。俺達もつられて上を向くが、何も見えない俺達はただ風に煽られて揺れる葉っぱがあるだけだ。
「でも、その上に黒い
イスが上を見ながら、冷や汗を垂らしている。
厄災級に数えられるイスが“ヤバい”と言って冷や汗を垂らすようなことは、そうそうない。
俺の記憶にある限り、そのようなことは1度もなかったはずだ。
「おい、花音。何か感じるか?」
「何も分からないよ。探知も全開にしているのに、イスの見ている方向には何も感じない」
「俺と同じか。不自然にその場所だけ何も反応がない。不定形型の精霊か?自分を隠すのが上手い精霊なら有り得るか」
俺も花音も全力で探知するが、全く何も感じない。
俺たちの探知をすり抜けるのは、かなり難しいはずだ。よっぽど隠密に優れた精霊なのだろう。
「お前にも見える?.......え?見えない?すぐそこにだよ?嘘ついてない?」
俺達が探知に集中していると、イスがぶつぶつと独り言を言い出す。
恐らく、イタズラっ子の精霊と話しているのだろう。
昨日、ドライアドに怒られてからはかなり大人しくなっており、イスと喧嘩することは少なくなった。
少なくなっただけで、喧嘩はしているのだが.......
「ねぇパパ、コイツも黒いナニカが見えないって言ってるの。私だけに見えてる?」
「コイツって精霊の事か?」
「そうなの。あの黒いナニカは何?って聞いたら“黒いナニカがどこにある?”って」
「精霊にも見えてない?なのにイスには見えるのか」
そんな話、婆さんからは何も聞いていない。もう一度戻って聞いてみるか?婆さんなら、何か知ってるかもしれないしな。
「おや、さっきぶりだねぇ」
宿に戻ろうかと考えていると、後ろから声をかけられる。
宿屋の婆さんだ。
「バーさんじゃないか。本当にさっきぶりだな。どうしたんだ?」
「お主らに精霊の事を話したら、久々に精霊樹をじっくりと見たくなってねぇ。どうせ私の宿に人は来ないから、見に来たのさ」
「そういう時に限って、客が来るんだぞ」
「あるあるじゃな」
丁度いい。狙ったかのようなタイミングで現れたのだ。イスの見ている、黒いナニカについて聞いてみよう。
俺は、黒いナニカがいると思われる場所を指さしながら、婆さんに質問する。
「なぁバーさん。うちの子曰く、あそこら辺に黒いナニカがあるそうなんだが、なんだかわかるか?」
「黒いナニカ?何も無いように見えるがのぉ」
婆さんにも見えないのか?イスが言うには、木を囲っているようにナニカあるそうなんだが......
「イス、黒いナニカはまだ見えるのか?」
「見えるの!!ほら、あそこ!!」
椅子の指差す方向は、俺が指差す方向と同じだ。しかし、もう一度目を細めて婆さんはその場所を眺めるが、静かに首を横に振った。
「悪いが私には見えないねぇ。あるのは風に吹かれる木の葉だけさ。この子には黒いナニカが見えるんだね?」
「そうなの!!見えるの!!」
「私には見えんし、そんな話を聞いたことも無い。これは、久々に研究するものが出てきたかもしれぬなぁ」
婆さんは嬉しそうに笑うと、さっさとどこかへ行ってしまった。
昨日も思ったが、自由な婆さんだ。あぁ言う人ほど長生きするんだよな。
結局、黒いナニカの謎は、謎のままエルフの国を去ることになった。
ちなみに、お土産は忘れずに買ったので、拠点で待っている仲間達に何か言われることはないだろう。
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