子供のイタズラは洒落にならない
イスは精霊が見える。その可能性がでてきた。
俺と花音は、イスの指さす方向を見ても何も見えないが、イスには何かが見えている。
これが地球だったら、子供の可愛いイタズラか何かだと思うがここは異世界だ。
地球には存在しないものが沢山ある。
その一つが精霊だ。普通の人間には見る事ができず、適性がなければその姿を拝むことができない種族。
俺は、未だに何も無い所を睨みつけるイスに質問する。
「イス、精霊が見えるのか?」
「精霊かどうかは知らないけど、小さい女の子がパパの髪を燃やそうとしてたの!!」
なんだそのシャレにならないイタズラは。流石に、俺の頭が禿げ上がるのは勘弁して欲しい。
「どんな見た目の子なんだ?特徴はあったりする?」
「赤い髪と目をしていて、背中から4枚の羽が生えてたの!!」
イスの言葉を聞く限り、間違いなく精霊だろう。
精霊の特徴として、背中から4枚の羽が生えていることが上げられる。
俺は見た事ないので確かめようがないのだが、文献には“ほぼ全ての精霊に羽4枚の羽が生えており、その羽1枚1枚には絶大な魔力が宿っている”と書かれている。
イスの言っている特徴と一致するので、その赤毛の女の子はまず間違いなく精霊なのだろう。
俺も花音も見えないから、ピンと来ないけど。
「じゃ、じゃぁ、イスはパパに向かって“失せろ”って言った訳では無いんだね?」
「へ?何言ってるのママ。そんなの当たり前なの。私はそこにまだ居る女の子に“失せろ”って言ったんだよ?」
イスが何を言っているんだといった顔で、花音の質問に答える。
よ、良かったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!イスに嫌われてた訳ではなかった!!冗談抜きで死のうかと思ったけど、俺は生きる!!可愛い我が子の為に生きるんだ!!
感極まった俺は、半泣きしながらイスには抱きつく。
ほんのりと冷たいイスの肌が、この時は暖かく感じた。
「どうしたのパパ?」
「パパはイスに嫌われたんじゃないかって、不安だったんだよ」
「私がパパを嫌うなんてありえないの!!ずっと好きだよパパ!!」
そう言ってイスも抱きつき返してくる。あぁ、もう死んでもいいかも。このまま天国に行って、生みの親である
“お前が産んで託してきた子供は、こんなに可愛く親思いに育っているぞ”って。
そんな家族愛を確かめあっていると、花音か微妙な顔をしながら俺に話しかけてくる。
「あー、私もイスがいつも通りで安心したんだけど、ねぇ仁」
「どうした花音。今の俺なら、女神ですら殺せるぞ」
「はいはい。女神を殺すのは勝手だけど、今、滅茶苦茶目だってるよ」
辺りを見渡すと、その殆どの人が足を止めてこちらを見ている。
そりゃそうだ。こんな大通りのど真ん中で、騒いでいれば嫌でも目立つ。
やべ、目立たないようにするつもりだったのに、目立ちまくっている。
いやでも、可愛い我が子が急に“失せろ”とか言い出したらこんな風になるって!!俺は断じて悪くない!!そして、イスも悪くない!!悪いのは精霊だ。俺にイタズラしようとした精霊が悪いのだ!!
心の中で言い訳しても、意味は無い。
俺はイスから離れると「お騒がせしました」と言ってその場を後にする。
俺達が歩き始めると、どこからともなくパチパチと手を叩く音が聞こえ始め、やがてその音は辺りを包み大通り全体を響き渡らせた。
どうしてこうなった.......
中には泣いている人もいて、お前は一体何処に泣ける要素があったんだと言いたかった。
鳴り止まぬ拍手の嵐から逃げるように、大通りを外れていりくんだ入り組んだ小さな道に入る。
イスが精霊を睨みつける前に放った子供達に、今日の宿を探してもらっていた。
良さそうな宿が見つかったそうなので、俺達は案内に従って歩いている。
ちょっと前まで、傭兵ギルドを探すのに10分以上かかっていた子供達が、5分も経たずに少しアバウトな命令を遂行できるようになっているとは......
成長を感じるな。
「うーまだ居る........」
イスは先程からずっと付いてきている精霊を睨みつけており、今にも飛びかかりそうな雰囲気を出している。
俺も、精霊を見ることは出来ないが感じ取ることは出来たので、何かされないように警戒はしている。
探知を使えば何となく何処にいるのかは分かるのだが、かなり本気で探知を使わないと全く気配を感じなくなってしまう。
隠密性だけで言えば、恐らく子供達よりも上だ。
厄介すぎるな。
見えず、探知もされにくい。奇襲を受けようものなら、防ぎようがない。
もし、イスも精霊を見る事が出来なかったら、今頃俺の頭は火だるまになっていただだろう。
「それにしても、反抗期ってこんな急に来るのかと思ってビックリしたよ。私も仁も、反抗期らしい反抗期はなかったから、反抗期がどういうものかよく分からないしね」
「全くだ。今日ほど生きた心地がしなかったことは無いぞ。正直、
イスに嫌われるのが、ここまでメンタルに来るとは思わなかった。
「イスって反抗期が来たりするのかな?」
「さぁな。出来れば来て欲しくないけど、こればかりは何とも言えないな......俺と花音は特になかったが、だからと言ってイスも反抗期が来ないとは言えない。覚悟はしていた方がいいかもな」
“パパなんて大っ嫌い!!死ね!!”とか言われた日には、ショックの余り世界を滅ぼしてしまいそうだ。
そうならない事を祈るとしよう。
しばらく歩けば、今日泊まる宿が見えてきた。
多くの家がそうしているように、この宿も木の中をくり抜いて作られている。
「思ったんだけどさ、これもある意味自然破壊だよね。木の中をくり抜くって面白いと思うけど、結局やっている事は木を切っているのと変わらないんじゃない?」
「街の景観を損なわないことだけを考えたんだろ。森とか木を切って間引かないといけないとか言うだろ?そんな感じだろ、きっと」
「すごい適当に言ったね?」
「超適当に言った。まぁ、異世界だからな。俺達の常識が正しいとは限らないし」
俺達は別に自然愛護団体では無い。この国の自然が、どうなろうが知ったことではないのだ。
そんな事を思いながら、俺達は宿の扉を開く。
「おや?人間が来るとは珍しいね」
若干かすれた声をした老婆が、俺達を出迎える。
腰は曲がっているが足取りはしっかりとしており、ただならぬ雰囲気を漂わせている。
強い訳では無い。だが、何かあると本能が告げていた。
「人間が来たら悪いか?」
「いやいや。そんな事は無いさ。人間だろうが、亜人だろうが歓迎だよ。ただ、ちょいと道外れにあるこの宿にはあまりエルフ以外は来なくてビックリしているだけさ」
「腰が抜けなくて良かったな」
「全くだよ」
あっはっはっはっは、と笑い合いながら、婆さんは部屋の鍵を渡してくる。
まだどの部屋を取るのか言っていないが、長年の経験で分かるのだろう。
「料金は?」
「素泊まりで1泊大銅貨三枚。飯は別途だよ」
俺は言われた通りの料金を払うと、婆さんに質問する。
「精霊がついてきてるんだが、問題ないか?俺の頭を燃やそうとするイタズラっ子だ」
「見えているのかい?そこの可愛い精霊が」
「俺と
俺も花音も存在を確認することはできるが、わざわざそれを言う必要は無い。
「ほう!!将来有望な子じゃな。精霊と契約すれば、精霊魔法が使えるようになる。仲良くなっておくと良いぞ」
「バーさんは精霊が見えるようだが、契約はしているのか?」
「しておるよ。この木にやどる精霊と契約しておる。そのおかげで、この宿は頑丈になっておるからな」
「部屋を確認したら、その辺の話を聞かせてくれよ」
「よいぞ。さっさと行ってこい」
この婆さん、やはり只者でなかった。
エルフの中でも、精霊を見れるものは少ない。さらに、契約しているのは極小数だと言われている。
その1人なのかこの婆さんは。
油断して強盗でもしようものなら、精霊魔法でズタズタにされるんだろうなと思いながら俺達は今日泊まる部屋へと行くのだった。
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