強すぎる我が子

  イスが死と霧の世界ヘルヘイムから戻ってきたのは、俺達がポーカーを始めてから五分後だった。


  霧が再び現れて、イスだけが戻ってくる。


 「どうしたイス。悪魔が強かったのか?」

 「ん?もう終わったよ」


  何言ってるの?と言わんばかりの顔をするイス。


  たった5分程度で、悪魔二体を殺したのか。早すぎやしませんかねぇ.....


  俺と花音はトランプと硬貨を仕舞うと、立ち上がってイスの頭を撫でる。


  手が凍りつくんじゃないかというほど冷たいが、頑張った我が子の頭を撫でてやる方が大切だ。


 「よく頑張ったなイス。悪魔達はどうだった?強かったか?」

 「弱かったの。ちょっと撫でただけで死んじゃったの。モーズグズとガルムが“出番が無かった”って言ってたよ」


  あの二人も張り切っていただろうに。“頑張るぞ”と意気込んでいる姿が、容易に想像できる。そして、イスが全て片付けて“あれ?出番は?”と呆ける姿も目に浮かぶ。


  今頃、あちらの世界で二人はモヤモヤしているだろう。暴れられると思ったら、出番すらなかったのだから。


  少し気の毒だが、イスのことを神とすら思っているあの二人の事だ。明日にはケロッとしているはず。


  俺は心の中で、どんまいと言っておく。張り切った時に限って、何も出来ないのはよくある事だ。


 「ベオーク。悪魔は塵となって死ぬらしい。ちゃんと塵になって死んだのか?」

『ワタシとイスは離れていたから見ていない。眷属の二人が言うには、塵になって死んだらしい』


  あの眷属二人が、ちゃんと確認したのであれば問題ないだろう。イスに報告する時に、嘘をつくような真似はしないだろうしな。


  俺はベオークの報告を聞くと、イスを抱き抱えて持ち上げる。


 「よし、今日は頑張ったイスへのご褒美として、夕飯はハンバーグにするか」

 「やったー!!」


  俺の言葉に花音は頷く。


 「分かった。アンスールにも言っておくね」

 「俺も手伝うか」

 「いや、それはいいかな。仁、料理下手だし」


  我が子のために料理を振舞おうとしたら、普通に拒否られた。あれ?おかしいぞ。なんか目の前が滲んできたなぁ......


  宮殿に戻ると、花音は早速ハンバーグ作りの為に台所へ行ってしまった。後でアンスールも呼ばれるのだろう。


  イスは、ちょっと確認したいことがあると言って死と霧の世界ヘルヘイムへと行ってしまった。相変わらず、元気な子である。


  そして、残された俺とベオークはと言うと、道案内した後、逃げ道を塞ぐように張っていてくれたヨルムンガンドと話していた。


 「ありがとなヨルムンガンド。お前のおかげで悪魔達を消すことができたよ」

『そんなことは無い。僕は与えられた仕事をこなしていただけであって、悪魔を退治したのはイス君だよ』

 「その与えられた仕事をきっちりやってくれてたから、悪魔を見つけることができたんだろ?サボり癖のあるフェンリルだったら、見逃していたかもしれないし」


  以前、ダークエルフの侵入を察知したらフェンリルだが、ベオークの子供たちの報告によるとよくサボって寝ているらしい。


  多分、それでも警戒はできてはいるだろうが、偶に子供達が近づいてイタズラしても気づかない時があるそうだ。


  少し不安になるが、その分マーナガルムやケルベロス辺りがしっかりカバーしてくれるだろう。


  少し話は変わるが、今こうしてヨルムンガンドと話せるのはヨルムンガンドが共通語を覚えてくれたからだ。触覚を器用に動かして文字を書いている。


  本人には言えないが、うねうね動く触覚はちょっと気持ち悪い。


  後、ヨルムンガンドはオスである。初めて会った時は、まともに話せなかったので分からなかったが、本人曰く男らしい。


 「すまんなヨルムンガンド。本当は自由にあちこち行ってもいいよって言いたいんだが、如何せんお前とジャバウォックは目立つんだ。もう少しの間だけ大人しくしていてくれ」

『気にしないで団長さん。僕もジャバも結構楽しいから』

 「そうか?」


  ヨルムンガンドはジャバウォックと違って結界外へ出てもいいのだが、その場合は地面から顔を出さないように言ってある。


  顔を出すだけで5mを超えるのだ。目立ちに目立つ。


  空を飛ぶ厄災達は見つかりにくいが、ヨルムンガンドは地面だ。人間、上に注意は行きにくいが、下はよく見ている。


『あの島にいた頃は、月に1度顔を合わせる程度だったけど、今じゃ毎日誰かが僕と話してくれるからね。団長さんや副団長さん。イス君やこの間来た三姉妹とか。団長さんが来てから、僕は暇をしなくて楽しいよ』

 「え?三姉妹も来るのか?」

『うん。特にシルフォードさんはよく来るよ。最初はかなり恐がられてたはずなんだけどね』


  ヨルムンガンドの言う通り、初めてヨルムンガンドを見た時は三姉妹全員がその場では倒れた程だ。しかも、コミュ力高い二人じゃなくてシルフォードがヨルムンガンドとよく話すのは以外である。


  俺が知らないだけで、意外とみんなあちこちで交流を持っているんだな。


『ところで団長さんは、なんで来たの?副団長さんと一緒じゃないみたいだけど.......』

 「あー、イスが頑張ったから晩御飯をハンバーグにしようって話になった後、手伝おうとしたら戦力外通告を食らったんだ」

『あぁ、団長さん結構不器用だもんね。イカサマとかは滅茶苦茶上手なのに』

 「イカサマは技術があれば誰でも出来るぞ.......料理も同じか」


  味の想像が出来ないんだよな。特に、レシピを見ることの出来ないこの世界では尚更。


『ジンは実用性の無い事が得意。戦闘を除けば、実用性のあることは大抵出来ない』

 「なんだとベオーク。俺だってやろうと思えばできるんだよ」

『例えば?』

 「........値切りとか?」

『確かに実用性はあるけど、ワタシの言いたいことはそうじゃない』


  分かってるよ。アレだろ?料理とか裁縫とかの話だろ?何かを作るのは苦手なんだよ。


  こうして、夕飯ができるまで俺はヨルムンガンドとベオークと仲良く話すのだった。


  ちなみに、花音とアンスールの作ったハンバーグはとても美味しかった。

 


これにて第一部3章動き始めた世界は終わりです。

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