イスvs悪魔
仁と花音に見送られたイスは、自身の創り出した世界である
「お待ちしておりました。イス様」
「バゥ」
イスを待っていたモーズグズとガルムは、主人であるイスに膝を着いて頭を下げる。
イスは自身の周りの霧を退かすと、モーズグズとガルムが顔を上げる。
「悪魔は?」
「その場から動いておりません。お互いに触れるほどの距離を保っております。」
「ふーん。私の異能を知ってるのかな?それとも、この霧の中で不用意に動くのは不味いと判断した?」
イスは少し悩んだ後、モーズグズ達に命令する。
「モーズグズが犬の相手をして、ガルムが猫の相手。私は少し離れた場所で見てるね。あまりに遅すぎると、パパが無理やりこの世界に来るかもしれないから、さっさと終わらせてよ?」
「かしこまりました。イス様のお望み通りに」
「バゥ」
イスの命令を聞いた2人は、霧の中へと消えていく。イスはそれを見送った後、その場に座る。
「ベオーク。寒くない?」
『大丈夫。この程度なら深淵を使うまでもない』
ベオークの実力は、厄災級魔物と肩を並べられるほどのだ。-40度程度の寒さはビクともしない。
それを聞いたイスは、指を鳴らす。すると、徐々に
「ベオーク。寒かったら言ってね。無理はしなくていいからね」
『分かってる。寒さでワタシが死んだら元も子もない』
お目付け役として来ているのに、死んでしまっては意味が無い。ベオークは徐々に冷えるこの世界を見ながら、自分が寒さを感じないように魔力を覆っていく。
やがて世界はゆっくりと凍りつき、静止した世界が訪れる。
「ベオーク?ほんとうに大丈夫?世界が凍っちゃったんだけど........」
『問題ない。空気も深淵を使えば確保出来る』
「便利すぎない?その深淵」
『使ってみると、案外不便。生き物にしか使えないし、使い慣れてないと自分が深淵に飲まれる。始めは自分の深淵に殺されかけた』
「嫌だなぁ。自分の異能で死ぬのは」
イスは全てが静止した世界を眺めながら、白い息を吐く。吐かれた息は、即座には凍りつき地面へと落ちていく。
「お、動き始めたね」
霧で補足していた悪魔達が、モーズグズ達と接敵したのをイスは感知すると、開戦の狼煙を上げるかのように異能を発動させる。
「人も魔物も大地も世界も全て凍てつき死ぬがいい、
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イスの世界に飲み込まれた悪魔達は、自身に何が起きたかわからず混乱していた。
「バルバス!!いるか?!」
「大丈夫だよ!!マルコシアス!!」
お互いの安全を確認しあった後、はぐれないように近づく。霧で視界が全く無いが、声は届くのだ。声のする方に足を進めれば、問題ない。
お互いが認識し合える距離まで近づいた悪魔達は、寒さに震えながら現状の把握に務める。
「何が起こったか分かるか?」
「分からない。けど、ここがどこかは知っているよ」
「本当か?!」
知っているのと知らないのとでは、大きな違いがある。この時ばかりは、情報通のバルバスがマルコシアスには頼もしく写った。
「それで?ここは何処なのだ?」
「ここは恐らく、
「何か打開策はないのか?」
「書かれていた情報には、発動者を殺す又は任意でしか解除できないそうだ」
それを聞いて、マルコシアスは溜息をつく。すぐ横にいるはずの、バルバスの顔が見えないほどの濃い霧の中で異能を使った本人を探さないといけないのだ。
更には、この寒さだ。動いてなくとも確実に体力を削っている。
「この世界を破壊することは出来ぬのか?」
「厳しいと思うぞ。この異能はなんてったって、
それを聞いたマルコシアスは、口を大きく開けて固まる。
数秒後、正気に戻ったマルコシアスは大声を上げた。
「なにィィィィ!!
「
「無理無理無理。吾輩はどちらかといえば戦闘員ではあるが、格段強いと言う訳では無い。せいぜい
「俺に至っては戦闘は下から数えた方が早いしな......魔女や他の悪魔達に連絡をとる手段も無い。これは詰んだな」
早くも、諦めムードが漂う悪魔達。彼らは自分の力をよく理解しているからこそ、この状況で逆転の一手すら無いのが分かっていた。
この世界に飲み込まれた時点で、負けは確定している。しかし、大人しく死ねる程、悪魔達は行儀がいい訳では無い。
「せめて、一撃ぐらい与えたいものだな」
「そうだな。勝ち目が無いとは言え、ここで断罪の刃が振られるのを待つぐらいなら、その刃をほんの少しでも欠けさせてやろう」
勝てずとも、せめて一矢向いたい。二体の悪魔達の心の中は一致していた
「寒いのは元からだろ?」
「確かにそうなんだが、もっと寒くなっている気がする」
バルバスの言う通り、イスは少しずつこの世界を冷やしている。
ベオークを気遣いながら冷やしている為ゆっくりと冷えているが、本来ならば今頃この世界は静止しているのだ。
「.......間違いない!!この世界、さらに冷えている!!マルコシアス!!炎を付けるんだ!!このままだと何も出ずに凍るぞ!!」
「もうやっておる!!しかし、霧のせいで直ぐに掻き消えるのだ!!」
霧とは本来、水蒸気を含んだ大気の温度が何らかの理由で下がり露点温度に達した際に、含まれていた水蒸気が小さな水粒となって空中に浮かんだ状態の事だ。
イスの魔力で覆うことで、氷点下になっても凍らないようになっているが、要は水蒸気の集まりである。
そんな中で、火がまともに着くわけが無い。たとえ魔力を含んだ火であろうとも、イスの魔力の方が大きいのだ。
「仕方無い。我輩の全力も持って火を起こそう。バルバス。少し離れておれ」
「分かった」
マルコシアスは魔力を練り上げて自身を覆うと、その魔力を火に変える。霧が火を消そうとするが、それよりも早く火は燃え上がり、マルコシアスを燃やす。
消されるよりも早く燃やす。ゴリ押しだが、今取れる手段はこれしかない。
「やはり、魔力の消費が大きいな......長くは持たぬぞ」
「それは分かってる。何とか探知しようとしているけど、霧に魔力が混じっていて探知ができない。なんて厄介な異能なんだ」
バルバスは、心の中で舌打ちをしながらも何とか霧の中を縫うように探知を広げる。
しかし、亀の歩のような遅さで広がる探知は、正直意味が無いと言えた。
イスがいるのは遥か彼方。例え霧がない状態でも、見つけることは出来ない。
「3人ぽっちのダークエルフを処分する為だけにこんな目にあうとは、とことんついてない」
「同感だ。吾輩達は、魔王様の復活を見ることは出来ないのだからな」
軽口を言ったその時、後ろに大きな気配が現れる。
悪魔達はそれに気づいたが、振り返ることは許されなかった。
身体は一瞬にして凍りつき、マルコシアスを覆っていた火は消え去る。生命としての活動は止まり、氷像となって生を終える。
「.........イス様、私達の出番がないのですが」
「バゥ......」
一太刀も浴びせることの出来なかったモーズグズとガルムは、塵となって消えていく悪魔達を霧の向こうでただ見つめるのだった。
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