交渉する気のない交渉

  聖堂を出て、森の中を駆けていく。


  悪魔への案内はヨルムンガンドがしてくれるので、迷うことは無い。器用に土を盛り上がらせて、道標を作ってくれるのだ。


  あの巨体から、よくもまぁこんな5cm幅程度の細い道標を作れるものだ。一体どうやっているのか、気になる。


  ジョギングぐらいのスピードで走る事数分、目的地である悪魔達が見えてきた。


  三姉妹の言っていた通りの見た目だな。


  大きな獅子の姿をした悪魔と、翼と蛇のような尻尾を持った狼。


  確か、獅子の方が5番目の悪魔バルバスで、狼の方が35番目の悪魔マルコシアスとか言う名前だったはずだ。


 向こうも俺達の存在に気がついたようで、足を止める。


  俺達も声が普通に届く距離まで近ずくと、悪魔に話しかける。


 「初めましてだ、悪魔さん。申し訳ないんだが、ここは俺達の縄張りなんだ。別の道を行ってくれると助かる」

 「誰だ貴様は。まずは名乗れ。それが礼儀だろう?」


  あらま。悪魔に礼儀を説かれたよ。確かに、名前を言わないの礼儀に反する.......のか?悪魔に尽くす礼儀なんて無いような気がするけどね。俺、人間だし。


  本名は名乗らずに、揺レ動ク者グングニルの時の名前だけ言っとくか。何となくだが、悪魔に名前を教えたくない。


 「これは失礼した。私はウイルドという者だ。あなた方の名は?」

 「俺は5番目の悪魔バルバス」

 「吾輩は35番目の悪魔マルコシアス」

 「では、バルバスさんとマルコシアスさん。ここら辺の森を大きく迂回してくれないか?さっきも言ったんだが、ここら辺は俺達の縄張りなんだ」


  もちろん、これは要望の1つだが、本命はこれではない。俺は言葉を続ける。


 「それと、悪魔なら大魔王アザトースの封印場所を知っているな?それも教えてもらおう。後は、お仲間である他の悪魔たちの情報だな。それを教えてくれるなら、見逃してやる」


  急に変わった俺の態度に、2人の悪魔は目を見開く。そりゃそうだ。口調はともかく、丁寧に接してきた仮面を被った人間が、自分達を悪魔と知るなり無理難題を押し付けてくるのだから。


  悪魔達は、驚きつつも薄笑いを浮かべながら応える。


 「何を言い出すかと思えば......随分と吾輩たちを舐めているようだなニンゲン。そんなに死にたいのか?」


  ゆっくりと魔力が膨れ上がり、俺たちを襲おうと攻撃態勢に入るが、それをバルバスが止める。


 「マルコシアス。この人間達に幾つか質問させて欲しいから殺すのもうちょっと待って」

 「.......手短に頼むぞ」


  殺すことは確定なのね。これは交渉決裂だな。交渉かどうかは正直怪しいけど、俺が交渉と言ったら交渉なのだ(暴論)。


  バルバスは1歩前に出ると、俺達に質問してくる。


 「君たち、ダークエルフって知ってる?」

 「知っているな。2500年ほど前に、大魔王側に付いた種族だろ?」

 「そうそう。その子孫がここら辺で見かけなかった?途中から痕跡が一切消えていて、どこに居るのか分からないんだ。その痕跡の周辺を探しているんだけど、何か知らない?」

 「残念ながら、知らないな。ところで、お前達は大魔王がどこに封印されているのか知っているか?」

 「残念ながら、知らないねぇ」


  お互いの間に不穏な空気が渦巻く。


  俺は暗に“知っているけど言わねぇよ”と言ったので、悪魔達は大人しく引き下がることは無いだろう。


 「面白い煽り方だね。今度私も使わせてもらお」


  相変わらず緊張感の無い花音が、楽しそうに呟く。別に煽った訳では無いのだが、俺の言い方や仕草、状況から見て煽ったようにも見えるだろう。


 「大人しく言った方が身のためだよ?楽に殺してあげるから」

 「何言ってるんだ?俺は知らないって言っただろ。それとも、悪魔の中では“知らない”って言葉は“知っている”と同じ意味なのか?もしそうだったら、悪かったな。悪魔の言葉の勉強はしていないんだ」


  俺たち3人と、悪魔達の魔力が目に見えて膨れ上がり始める。交渉決裂、ここからは実力行使だ。


  まぁ、戦うのは俺じゃなくてイスなんだけどね。


 「最後の忠告だ。大人しくダークエルフの情報を言えば、楽に死ねるぞ?」

 「脅しのつもりか?やるならもう少し上手くやれよ。猫と犬に鳴かれてビビる奴がどこにいるんだ?」

 「死ねぇ!!」


  俺の言葉を皮切りに、悪魔達が攻撃を仕掛けようと1歩踏み出す。


  たった1歩で、間合いを詰めてくるのは流石悪魔だ。


  しかし、その牙が俺たちに届くことは無い。


 「死と霧の世界ヘルヘイム


  イスの発動した異能が、悪魔達を飲み込んでいく。霧に覆われ、その場から姿を消した。


 「それじゃ、行ってくるね」

 「気をつけて行くんだぞ?危なかったら無理せず逃げてきていいからな」

 「うん!!あ、後生け捕りにする?なんか情報が欲しいんだよね?」


  俺はその言葉を聞いて泣きそうになる。あの遊ぶことしか考えてなかったイスが、俺たちの仕事のことを考えてくれている。


  これが、子供の成長!!成程、確かにこれは嬉しいものである。


 「ねぇママ。パパが変なんだけど........」

  「大丈夫だよイス。パパはいつも変でしょ?」

 「確かに」


  なんか花音が超失礼なことを言っている気がするが、無視だ無視。


  俺はイスに抱きつくと、ヨシヨシと頭を撫でる。あぁ、ヒンヤリした髪が気持ちいい。


 「あぁ!!なんて可愛いんだイス!!パパは嬉しいよ!!」

 「ママァ........」


  抱きつかれたイスは、嬉しそうにしながらも少しウザったそうに花音に助けを求める。


 「あちゃー、仁が悪い方向にスイッチ入っちゃったね。ほら、仁。イスが困ってるよ」

 「大丈夫。イスはやれる子だ!!」

 「話聞いてる?今、大丈夫かどうか確認しないといけないのは、仁の頭の中だよ」


  そう言って、花音が俺の頭を割と勢いよく叩く。


  パーンと乾いたいい音が、鳴った。


 「.........っは?!俺は何を!!」

 「はいはい、おかえり仁。それで?悪魔はどうするの?」


  花音の1発を食らって正気に戻った俺は、イスを離して質問に答える。


 「ん?あー、殺していいぞ。捕まえても、何も話さないだろうしな」

 「拷問すれば吐くかもよ?」


  サラッと怖いこと言うね。だが、今話してみた感じ、拷問をしても吐くことはないだろう。


  アレは花音と同じ狂信者だ。大魔王のためなら命は惜しくないと思っている。


  ならば、さっさと殺してしまった方が早い。


 「拷問しても吐かないよ。あれはそういうタイプだ」

 「ふーん。ジンがそういうなら、そうなのかな」


  俺はイスの頭を優しく撫でる。


 「と、言うわけだ。好きなように殺ってこい」

 「分かったの!!」


  イスの世界は、イスが死ぬか任意でしか解除できない。


  悪魔達がこの条件を知っていれば、間違いなくイスを殺しにくる。


  本当にヤバかったら逃げてくるだろう。ベオークも着いているし、イスは賢い子だ。殺せないと分かったら無理はしないだろう。


 「あとは頼んだぞベオーク」

『任せて』


  ベオークには全てを任せて、イスを送り出す。


  元気よく手を振りながら、笑顔で霧の中に消えていった。


 「行っちゃったね」

 「そうだな。能力は分からないが、魔力だけでみれば強くない。よっぽど厄介な能力でもない限り、イスが怪我することは無いだろ」

 「心配?」

 「いやあんまり。うちの子だぞ?死ぬ心配だけで言えば、ベオークの方が心配だ」


  心配といえば心配だが、イスの身を案じてと言うよりは、遊びすぎないか心配である。


  ベオークに関しては、凍え死なないか。本当に大丈夫なんだろうな?“深淵は深い”とか言うよく分からんこと言ってたけど。


  花音は少し楽しそうに俺の向かいに座ると、マジックポーチからトランプを取り出してこういった。


 「ポーカーしよっか。テキサスホールデムのヘッズアップ」

 「賭けは?」

 「ちゃんと持ってきてるよ」


  どうせ暇だし、イスとベオークが戻る間、花音とゆっくり待つとしよう。

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