操られた街⑥
「これで良しっと」
アイリス達を光司の元へ向かわせた後、龍二はこの三日間の間に仕掛けた魔法を発動待機状態にする為に動いていた。
仕掛けた場所は全部で4つ。空を飛ぶことの出来る龍二ならば、1分もあれば終わる作業である。
「それにしても、人っ子1人いないな。もしかして、アイリス達の方に全員行っているのか?」
多少の妨害があると思っていた龍二は、拍子抜けだと思いながらくずれた教会へと戻る。
しかし、その足はアイリス達の元に降りる直前で止められることになった。
「尋常じゃない魔力の膨れ上がりだな。これは.....俺の保険が即活きるな?」
教会を中心として、魔力が街全体を覆っていく。地面には巨大な魔法陣が浮かび上がり、このままこの魔法陣を起動させようものなら間違いなく街が消し飛ぶだろう。
龍二は小さく笑うと、自身の仕掛けた保険を即座に発動する。
「昔読んだ小説に、街を魔法陣として魔法を発動する描写があったんだが、まさか本当にそうなるとは思わなかったぞ」
龍二が魔法を発動させると、街全体を薄い光の膜が覆う。
「さて、ここからは喰らい合いだ。俺の腹が喰いちぎられるか、お前の牙を俺が飲み込むのか。勝負と行こうじゃないか!!」
その声が悪魔に聞こえたのか、タイミング良くその魔術は発動さる。
本来ならば、この魔術を発動した瞬間に街は消し飛ぶのだが、龍二がそれを許さない。
「ふはっ!!流石にこれはキツイな!!喰らった魔力の変換が間に合わん!!」
龍二が発動させた魔法は“光膜の魔食”。その効果は光の膜で覆った場所の魔力を喰らうと言うもの。
更に、喰らった魔力は変換して自身の光膜をさらに強化することが出来る。
魔力を喰らう速度が、送られてくる魔力の供給量よりも早ければ永遠に強化され続けるとんでもない魔法だ。
そこまで強力な魔法だと色々と制約があるが、それでも相手の魔法や異能、魔術を防御する上では最強格の魔法である。
「「龍二君!!」」
「リュウジ!!」
龍二が魔術を抑えていると、3人が空を飛んで寄ってくる。アイリスは空を飛べないので、朱那に引っ張られているが。
「どうした?俺は見ての通りいっぱいいっぱいなんだ。黙っててくれ」
いつもとは違い余裕のない龍二の表情を、アイリス達はただ黙って見つめる。
龍二の額からは汗が吹き出し、頬を伝ってポタポタと顎から雫が落ちている。
「もう少し、もう少しで.........よし、来たァ!!」
喰らい合いの攻防が続くこと10分。龍二が唐突に腕を振り上げてガッツポーズをする。
アイリス達は何事かと龍二を見つめるが、龍二はそんな事お構い無しに1人で騒ぐ。
「ハッハー!!やってやったぜぇ!!残念だったな!!俺がいなければこの街を吹っ飛ばせたかもしれないが、俺の魔法には敵わなかったようだな!!」
「あーリュウジ?」
状況を理解できていないアイリスは、リュウジに話しかける。
「どうした、アイリス。俺は今最高に気分がいいんだ」
「それは何よりだ。で、何がどうなってるんだ?まだ魔法陣は動いているように見えるが.......」
アイリスの言う通り、まだ魔法陣は動いている。普通では考えられない程の膨大な魔力が、まだそこにはあった。
龍二は、人差し指を縦にして指を振る。
「チッチッチッ。俺のこの魔法は喰らった魔力を変換して自分を強化できるんだ。俺は“転換点”と呼んでいるが、喰らう魔力が放出される魔力量を上回れば、後は放置でも問題ないのさ」
「あーよく分からん。もう少し噛み砕いて話せ」
頭を傾げる3人を見て、龍二は頭を掻きながら分かりやすく言えるように考える。
「噛み砕いて言うと.......この魔法には元々魔力を吸収して自分を強化する機能がある。ここまでは分かるな?」
三人とも頷く。
「吸収する魔力量よりも、この魔法陣から放出される魔力が多い場合は俺も手を貸さないといけない。放出される魔力量を無理やり減らして、この魔法を維持するんだ」
龍二がここまで説明すると、アイリスはようやく分かったぞと首を縦に振って頷く。
「なるほど、ようやく分かったぞ。喰らうとか何とか言ってて分からなかったが、要は吸収する魔力量が放出される魔力量を上回ったから、龍二は無理やり放出される魔力を絞ることはないってことだな?」
「そういう事だ。後は放っておいても、この魔法が勝手にこの魔法陣を吸収し続けてくれる」
「凄いじゃないか!!こんな魔法が使えるなんて知らなかったよ」
「凄いね。私の光でもそんな事は出来ないよ」
少しドヤ顔する龍二を、純粋に褒める光司と朱那。そして“そんな魔法使えるなら報告しろよ”と頬を膨らませるアイリス。
少し和やかな雰囲気がその場を支配するが、最後の切り札をあっと言う間に封じられたオロバスはそれどころではない。
「ば、馬鹿な.......極限魔術だぞ.......禁忌ではないとは言え、それに準ずる力を持つと言うのに!!」
魂の9割以上を消費しているオロバスに、もはや残された手はない。ただ、勝利に咲く勇者達を見ることしか出来なかった。
せめてもの抵抗として、オロバスは自分たちの下僕に命令を下す。
「─────(自殺しなさい)」
オロバスの命令に従って、無力化されていた1万人近くの住民は自殺を実行する。
ある者は持っていた武器を己に刺し、ある者は舌を噛み切り、ある者は息を止めて自殺をしていく。
静かに行われた最後の死に、龍二達は気づくことはなかった。
オロバスは、崩れかかった自分の体を見ながら主人である大魔王に心の中で詫びる。
(申し訳ありません大魔王様。お役に立つことは出来なかったようです........貴方様の復活を、冥府よりお祈りします)
オロバスは静かに目を閉じ、塵となって消えていく。勇者達の焦った声が聞こえるが、最早それはどうでもよかった。
こうして、ミルドレで起きた“55番悪魔洗脳事件”は幕を閉じた。
しかし、これは街一つが悪魔によって洗脳される可能性があるとこを証明しており、神聖皇国はその対応に追われることになる。
大魔王復活まで後9ヶ月。ここに来て悪魔達は大きく動き出した。
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「報告、神聖皇国のミルドレにてオロバスが死亡。
「ヒツヒッヒッ。上手くやってくれましたか」
何処かの暗がりの中、静かに佇むその悪魔は不気味に笑う。
報告をしていたもう1人の悪魔はほんの少し顔を歪めた後、報告を続けた。
「実際に戦った勇者達は疑問を持っているようですが、上層部は予想通りの食いつきのようで躍起になって街に悪魔が居ないか捜索をしているそうです」
「流石に勇者達には違和感を与えてしましましたか。あれだけ大掛かりにやったにもかかわらず、拍子抜けすぎないかとね。しかし、それが上層部に分かるはずもない。たった四人の意見よりも、5万人がオロバスの配下になった事の方が衝撃的ですし。私が同じ立場でも、同じような判断をします────」
ここで一旦言葉を切り、ニヤリと口を大きく歪める。初めてこの悪魔を見る者なら、あまりの不気味さに何歩が後ずさるだろう。
「だからこそ誘導しやすい。同じ立場に立てば、見えるものも多いのですよ」
「それは良かったです。しかし、計画外の事も起こりました」
「ほう。それはなんですか?」
「マルコシアスとバルバスの消息が分からなくなりました」
「..........え?マジ?」
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