操られた街⑤

  龍二はアイリス達と合流した後、保険をかけると言って飛び去っていく。


  アイリスと朱那はそれを見送ると、光司の元へと降り立った。


「コウジ。悪魔の様子はどうだ?」

「アイリス団長。大丈夫だったんですね。見ての通りですよ。龍二君の光刃雨を食らってもピンピンしてます」


  教会が崩れ落ちた時に巻き上げた砂埃の中から、悪魔が姿を覗かせる。


  多少の傷はあるが、パッと見は元気そうだ。


  オロバスは、龍二と入れ替わりで降り立った2人を見て内心舌を打つ。


(アイリスとか言う女はともかく、七大天使グレゴリウスは不味いわね。あの洗脳した人間共は倒されたと考えた方がいい。仕方がない。第一作戦は諦めて、第二作戦に以降しましょう)


  オロバスは頭の中でそう判断すると、洗脳した人間達を更に呼び出す。


「来なさい。私の可愛い下僕達」


  ぞろぞろと現れたのは、この街に駐屯する兵達だ。門番や、衛兵。更には神聖皇国直属の密偵まで。もちろん、一般市民もいる。


  今、この街で洗脳している人間全てをこの場に呼び出す。


「さっきあんなに捉えたのに、まだこんなにいるんですか.......」

「結構大きい街だからな。人口は大体5万人と言ったところか?私達が拘束したのが1万程度。その残りの4万人のその全てがここにいるぞ」


  また無力化しなければならないと、うんざりする朱那とアイリス。


  そして、こういう時に限って一瞬で無力化できる龍二がこの場にいない。タイミングが悪過ぎた。


「行きなさい貴方達。私を守るのよ」

「「「「「「「「「うをぉぉぉぉ!!」」」」」」」」」


  空気を揺らす咆哮と共に、武器を持ったこの街の人々が襲いかかってくる。


  その光景は最早戦争だ。4万対3という圧倒的兵力差はあるが、それを覆せる力を持つもの達と数の暴力。


  数vs質の闘いが切って落とされた。


「おいコウジ!!お前の声で正気に戻すことは出来るか?!」

「無理です!!僕の声はあくまで落ち着かせるだけであって、洗脳を解けるほど万能じゃありません!!」


  アイリスは“もしかしたら”と淡い期待を抱くが、光司がそれを否定する。結局、やり合わなくてはならないようだ。


「コウジ!!シュナ!!もう無力化云々言える数じゃない!!殺れ!!責任は私が持つ!!」


  アイリス残った指示に2人とも頷くと、魔力を練り上げ始める。


  流石に4万人の人々を無力化するには時間がかかりすぎる上に、どうやっても死者を出す。先程1万人近くの無力化をした時も、100人以上は死んでいるのだ。


 アイリスは心の中で謝りつつも、容赦なく洗脳された人々を殺していく。


  たった一撃の拳で1人の頭は弾け飛び、その拳圧で周りを吹き飛ばす。吹き飛んだ人々は、その後ろにいる者達を巻き込んで死んでゆく。


「すまない。なるべく苦しまないように一太刀で終わらせるから許してくれ」


  光司は魔力を練り上げながら、襲ってくる洗脳された人々の首を撥ね飛ばす。なるべく痛みを感じないように、一太刀で終わらせることを心がけながら、神速に振るわれるその刀は人々の首を斬っていく。


  2年間磨き続けたその刀の軌道はまるで流れる川のように滑らかで、止まることは無い。


  その純白と金に彩られた鎧が、赤い雨に打たれる姿は一種の芸術とも言えた。


「一撃で終わらせらから許してね」


  即座に魔力を練り終えた朱那は、その威力を抑えつつ広範囲の攻撃を撃ち出す。


「天からの裁きを下さんとす。神の光は礎に、其の月は光り輝く。円月の閃光ムーン・エクレール


  朱那が詠唱を終えると同時に、空から月が降ってくる。神の光から作られたその月は、洗脳された人々を飲み込みその存在を天へと返す。


  その光景は正に天からの裁き。罪を浄化して天へと送る慈悲深い一撃だ。


「相変わらずえげつない一撃だこと。今ので四分の一は死んだぞ」

「アレで威力を抑えてるんだから驚きだよ。広範囲殲滅においては、シンナス副団長と黒百合さんが圧倒的だね。あ、龍二君もか」


  朱那の一撃を見て感心するアイリスと光司だが、とある準備をしていたオロバスはそれどころではない。


(はぁぁ?!あんなに強いとは聞いていないんですけど?!一撃で1万人消し飛ばすとか私聞いていないのだけれど?!しかも、それで手加減してるって?!と言うか切り替え早すぎじゃないかしら?!貴方達2年前まで“ニホン”とか言う争いの無い平和な世界で暮らしていたのでしょ?!たった2年で人ってここまで変わるものなのかしら?!あ、もしかしてだけど報告が間違ってたのかしら.......)


  オロバスの頭の中は大混乱である。


  とある準備を終えるまでの時間稼ぎとして、この街にいる全ての人を戦わせに行ったと言うのに、わずか30秒足らずで四分の一である1万人が帰らぬ人となったのだ。


  この調子で行けば、残り1分半もすれば全員がやられてしまう。


  とてもでは無いが、準備が間に合わない。


(5分稼げばいいだけなのに、狂いまくってるわ。“新米の七大天使グレゴリウスだから大丈夫”ってどの口が言ってたのよあの糞馬鹿野郎めが!!新米だろうが、七大天使グレゴリウスなのよ?あのクソッタレの女神の使徒なのよ!!強いに決まってるじゃないの!!)


  自分に計画の実行を強制した同僚の悪魔にオロバスは、心の中で死ねと願う。


  甘い見通しでその言葉に乗せられた自分も自分だが、それ以上に自分だけ貧乏くじを引くのに腹が立った。


「アイリス団長、下がってください。もう1発行きますよ」

「了解」


  オロバスの目の前では、洗脳した人々が次々と神の光によって殺されていく。最早どちらが悪魔か分からないような惨状が目の前で起こっていた。


  長くとも、あと1分。それがオロバスに残された時間だ。


「仕方がない。私の魂も贄にしよう。そうすれば、間に合うはずだ」


  オロバスは、このままだとどうやっても準備が間に合わないと悟ると、最終手段に出る。


  自信の魂も生贄に捧げることで、強引に準備を進め終わらせるのだ。


  オロバス程の魂ならば、この強大な魔法陣を動かすことができる。


  街に張り巡らした巨大な魔法陣。これを発動させることが出来れば、間違いなく勇者達を殺すことができると確信があった。


「んぐぅ!!」


  ゴリゴリと魂を削られる感覚がオロバスを襲う。魂とはこの世界に結びつく為の理。それを削るという行為は、とてつもない苦痛を味わうことになる。


  しかし、その苦痛と引き換えに莫大な魔力は魔法陣を動かし、あとは発動するだけの待機状態にまで漕ぎ着ける。


「おい、何だこの魔力反応は。シャレにならないぞ」

「アイリス団長。これ結構不味くないですか?この魔力量を必要とする魔法なんて、そうそうないですよ。と言うか、この街が消滅しますよ」

「時間稼ぎはこれを発動する為だった訳だ」


  なんとか洗脳された人々を倒し終えたアイリス達だが、一歩遅かった。魔法陣は既に起動寸前で、今オロバスを倒したところでこの魔法が止まる訳では無い。


  朱那と光司は焦った顔をするが、アイリスはこの状況でも余裕そうな表情をしていた。


「ま、アイツが何とかするだろ」


  その視線の先には、空を飛ぶ龍二がいた。

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