操られた街④

   アイリスと朱那が足止めをしている頃、龍二達は街の中を走っていた。


  3人の聖堂騎士達が倒れている場所は、自分達が泊まっていた宿だ。迷うことは無い。


「良かったのかい龍二君」

「あ?何が」

「アイリス団長と一緒に足止めをしなくても良かったのかい?と聞いているんだよ。君が残った方が良かったんじゃないのか?ほら、天地光奪なら簡単に無力化できたでしょ?」


  光司の質問は最もである。見たものの視界を歪ませ、まともに立っていることすら出来なくなる魔法が使える龍二が足止めを行った方が安全で確実だ。


  更に、龍二とアイリスは恋仲である。自分の近くにいてくれた方が安心するのではないかと光司は考えていた。


  龍二は、その質問を鼻で笑いとばす。考えが足らないと。


「ハッ!!アホかお前は。今俺たちがやるべき事なのは、悪魔を探し出すことだ。俺の魔法は瞬時に住民を無力化できるから、今こうして誰にも邪魔されずに走れるんだぞ?それに、念の為に黒百合さんを向こうに置いてきたんだ。万に一つも負けやしねぇよ」


  龍二の言う通り、今こうして街の中を誰にも邪魔されずに走れるのは、常に魔法を発動させ続けているからだ。


  目を瞑れば意味が無いとは言え、そんなことを洗脳された住民達が知る由もない。


  龍二を見つけて襲おうとする住民達は皆、その地に膝を着くのだ。


(それだけアイリス団長の事を信頼しているって事かな?ここまでの信頼関係があるのは羨ましいよ。もしリアンヌが同じ状況に陥ったら、僕は間違いなく彼女の傍に居ることを選択するよ)


  光司は、龍二とアイリスの関係性を少し羨ましく思う。


  毎日のように殴りあって深めてきた絆というのは、ここまで深いものなのかと。


「見えてきたぞ」


  数分も走れば、目的地が見えてくる。道の一部が赤く染ったその場所は、とてもでは無いが昨日まで泊まっていた宿とは思えない。


  龍二達は倒れている聖堂騎士を見つけると、迷うことなく駆け寄る。


「首がない爺さんと、胸を貫かれているメガネのおっさんはもうダメだ。可能性があるのは右腕がない兄ちゃんだけだな」


  既に事切れている2人の聖堂騎士に軽く手を合わせた後、右腕を失い、頭から血を流す聖堂騎士の肩を軽く揺らしながら話しかける。


「おい、しっかりしろ。俺が見えるか?何があった?悪魔はどこへ行った?」


  虫の息だった若き聖堂騎士は、残った力を振り絞って薄く目を開く。


  そして、伝えなければならない情報を、死にゆく声で小さく話した。


「悪......魔は......教会の......中に......それと......リーシャ......には.......すま......ない......と.......」


  消えかかったロウソクの灯火は、風に吹かれて消えてゆき、残った煙は天へと登っていった。


  龍二は、心の中で手を合わせて冥福を祈る。そこには、最後まで職務を全うし続けた無き戦士への敬意が見て取れた。


「龍二君」

「あぁ、分かってる。目的地は街の真ん中にある教会だ。急ぐぞ」


  龍二達は強く地面を蹴って走り出す。一刻も早く悪魔を討伐して、聖堂騎士達の仇を取る為に。


  教会へ辿り着くと、ノックなど一切せずに荒々しく蹴破る。


  本来は神聖な場所として扱われる教会だが、今は女神を祀る場所ではなく悪魔を匿う穢された祈りの場だ。


  礼節など一切守る気など起きない。


「あら、随分と早かったわね。勇者さん?」

「悪魔自らお出迎えとは、反吐が出るねぇ」


  扉を蹴破って目に入ったのは、女神イージスの飾られた祭壇の上に佇む馬のような姿をした悪魔。


  龍二達は、脳内で自分たちの知っている悪魔の特徴と照らし合わせる。


「ダメだ。俺の覚えてる悪魔の特徴とはどれにも当てはまらない」

「僕もだ。おそらく、未確認の悪魔だよ」


  自分たちの知らない悪魔。その能力が分からない以上、下手に動けば手痛い反撃を貰う可能性がある。


  龍二は悪魔にバレないように、逃げ道を確保しながら悪魔へと話しかける。


「おい悪魔。名乗ってくれよ。どうせお前は俺達の名前は知ってるんだろ?不公平じゃないか」

「あら?随分と頭が回るじゃない。リュウジ君?今の会話でボロは無かったと思ったのだけれどねぇ」

 

  悪魔は感心しながら、祭壇から降りて深深と頭を下げ自己紹介をする。


  ちなみに、龍二は当てずっぽうに言ったのが当たっていただけであって、何か根拠があって自分達の名前が知られているとは言っていない。


  事実、彼は内心驚いていた。適当に言ったらなんか当たってたよ、と。


「初めまして。55番目の悪魔、オロバスよ。私の配下になって欲しかったのだけれど、殺せと言われているから大人しく死んでちょうだいな」

「「断る!!」」

 

  オロバスの自己紹介を終えると同時に、龍二と光司は走り出す。


  龍二は天地光奪を使いながらオロバスの視界を歪ませ、強引に膝をつかせる。


  悪魔とて生物であるため、平衡感覚というものは備わっている。視覚で情報を得ている以上、その見えている景色を歪まされるのは致命的となる。


「グッ......!!」


  何とか立とうとするオロバスだが、1度狂った平衡感覚はそう簡単に戻るものでは無い。


  そして、その隙を見逃す程龍二と光司は馬鹿ではない。


勇者ヘルト


  眩い光が一瞬漏れた後、勇者が勇者足る姿で現れる。純白と金色に輝くその鎧を着て、その右手には聖なる剣。


  悪魔を討ち滅ぼさんとする鈍く光る聖剣は振り上げられ、悪魔の首を落としに振るわれる。


  だが、その聖剣は悪魔の首を落とすこと無く空を切る。


「.......今のを避けるのか」

「光司!!攻撃の手を休めるな!!」


  確実に仕留める気で放った一刀を避けられた光司は、その悪魔を睨みつける。


  その間に龍二は、光司の一刀が避けられた事を前提に、魔法の準備をしていた。


「光よ。幾千もの刃の雨となりて、その敵を斬り裂け!!光刃雨」


  振り下ろされた右腕と共に、光の雨がオロバスを襲う。


  自身に当たる直前に何とか避けようとするも、範囲が広く、密度の高いこの攻撃の全てを避けきることは不可能だ。


「うぐぅ」


  前足で何とか急所は守り、他は魔力を覆って致命的なダメージを受けないように己を守る。


  落ちてくる光の刃は歴戦の戦士の一突きにも等しく、カードの上から突き刺さり確実にダメージを与えていく。


  外れたのは光の刃は、白く硬い大理石を貫き、砂埃を上げた。


  取り戻しかけていた平衡感覚の代わりに、目眩し。ダメージと次への行動を考えた一手だ。


「はぁぁぁぁ!!」


  悪魔の視界を奪った砂埃の中を光司は突き進み、その切れ味抜群の刀を再び振るう。


  勇者ヘルトの能力を発動している間は、通常時よりも鋭敏に気配を感じ取ることができる。この程度の砂埃ならば、なんと障害にもならない。


  しかし.....


  「うわっ!!マジか!!」


  振るわれた剣は又もや空を切る。更に、反撃と言わんばかりに、後ろ足で光司の頭を蹴り抜こうとした。


  攻撃を避け、光司は距離をとる。


  無理をすればもう一振することは出来たが、反撃を貰う可能の方が高いと判断した。今のような攻撃を貰えば、タダではな済まない。


「大丈夫か?」

「問題ない。いや、問題ありだよ。こっちの攻撃が当たらない」

「それは問題だな。俺が広範囲魔法で吹き飛ばすか?」

「出来ればそれはやりたくないね」


  何とか攻撃が当てれないかと考える龍二達を見ながら、オロバスは龍二の攻撃によって痛む体を無理やり起こす。


「少し油断していたわ。流石は超越者と逸脱者。一筋縄では行かないわね」


  そう言って、オロバスは1つ目の魔法陣を起動する。


  ドン!!と大地を揺らす音とともに、教会は崩れ去り青々とした空がその顔をのぞかせる。


「チッ!!」


  龍二は追撃を警戒して空を飛び、光司は刀を構える。


  その先にいる悪魔は、小さく呟いた。


「作戦変更ね」

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