操られた街②

  廃墟の地下を歩く龍二達は、違和感を感じていた。


 「なぁアイリス。何か少し変じゃないか?」

 「リュウジもそう思うか?確かに変だ。この奥に悪魔がいるはずなのに、気配がまるで感じられない。もう私の探知は、行き止まりまで届いているのに.....」


  アイリスは険しい顔をしながら、自分たちが歩く道を睨みつける。悪魔が気配を消すのが上手いのか、それとも既にこの場に悪魔はいないのか。それが分からない以上、この道を進んで確認しなくてはならない。


  いつも以上にヒリつくアイリスを横目に、龍二は自身の仕掛けた魔法の1つを発動させた。


(光の監視者、発動)


  龍二の仕掛けた魔法が発動され、今の街の様子が頭の中に映像として浮かび上がる。


  光の監視者。設置型の魔法であり、発動させるとその周りの風景を頭の中に映し出す。任意で見ることの出来る監視カメラのようなものだ。


  龍二は、脳内に送られてくる映像を見てため息を着く。


(こういう時ばかりは仁に感謝だな。アイツもアイツで頭のおかしい奴だが、言ってることは正しいことの方が多いし)


  龍二は、その先に進もうとするアイリスの肩を掴む。


 「なんだリュウジ。トイレに行きたくなったのか?安心しろ。私はお前のお粗末なナニを見ても何も思わないぞ?」

 「誰がお粗末なナニだ。俺の聖剣はこの世界をも貫くぞ。じゃなくて、作戦変更だ。外は最悪の状況になっているぞ」


  そう言って、龍二は自身の能内に送られてきた映像を完璧に再現して壁に映し出す。


  3人とも龍二の魔法は知っている。そして、この映し出された映像が事実だということも。


  そこには、血塗れで倒れる聖堂騎士の3人が映し出されていた。


  1人は右腕を失い、1人は胸に穴を開け、1人は首と胴が分かれている。そして、その死体を街の人々は見向きもせずに普通にしていた。


  異様すぎる光景だ。例え、死が身近にある世界だとしても、街中に堂々と死体があれば騒ぎになる。


 「リュウジ!!なんだこれは!!」

 「なんだも、こうだもねぇよ。見ての通りだ。俺達の引いたクジは貧乏クジよりも最悪、死神の裾を引いたのさ。こういう時の勘ってのは外れないから嫌だねぇ」

 「何呑気なことを言っているんだ龍二君!!今すぐこの場に行かないと!!」

 「行けるなら......な。どうやらお客さん達のようだぞ?」


  来た道を振り返ると、下衆な笑いを浮かべた野盗達が各々武器を持って立ち塞がる。更に、正面からも野盗達が現れていた。


  一本道に巧妙に隠された扉からぞろぞろと溢れ出てくる野盗達は、100名弱。


  ある意味タイミングの良すぎる野党達を見ながら、龍二は感心したように呟く。


 「よく良く考えれば、あんだけカッコイイ仕掛けの隠し扉が1つしか無い訳がないよな。俺だって至る所にこういう仕掛けを作るよ」

 「んな事言ってる場合か。チッ、そこを退け。さもないと痛い目を見るぞ?」


  拳を構えるアイリスを見て、野盗達はゲラゲラと笑い始める。


 「ガハハハハ!!そりゃこっちのセリフだ!!大人しく股を開けばころs─────」


  ただ、その笑い声は長く続くことは無かった。


  代表して話し始めた野党の1人の頭が弾け飛ぶ。あまりに一瞬すぎて、野盗達は何が起こったかわからずにその場には立ち尽くす。


  そして、殺気に満ちた龍二の声を聞いて正気に戻る。


 「おい。あまり舐めた事を言うなよ?殺すぞ?」

 「いや、既に殺しちゃってるからね龍二君。1人帰らぬ人になってるからね」


  そうツッコミつつも、光司は自身の異能の能力の一つである聖剣を呼び出す。


 「聖剣よ。我が呼び掛けに応えよ。ソハヤノツルギ」


  右手に握られた鈍く光る銀色の聖剣。2年間一緒に戦ってきた愛刀だ。


 「リュウジ、3人程偉そうなやつは残しておけ。それ以外は好きにしろ」

 「はいよ。正面は俺がやるから後ろは光司、頼むぞ」

 「任せてくれ。この程度の雑兵に負けるほど弱くない」


  そこには、かつてゴブリン1匹すら殺すことを躊躇う弱い少年の顔ではなかった。


  2年間、あちこちで魔物を狩るために遠征をしてくる過程で、盗賊達と戦うことも多かった。


  最初こそ慣れなかったものの、人を殺すことすら経験した彼らは既に日本にいた甘い考えを持った平和主義者では無いのだ。


  人殺しという点においては、仁や花音よりも手馴れている。仁達はあくまで魔物が人に化けた物を殺しているだけであり、実際に人間を殺したことは無い。


 「不意打ちで1人殺った程度で調子に乗るなよ!!こちらにはまだ100人近くいるんだぞ!!」

 「はいはい。ゴブリン如き何体集まろうが俺からしたら大して変わらないから。さっさと死ね。歪め、天地光奪」


  ゆらりと龍二の背後が歪んだその瞬間、野盗達は膝を着く。


  視界が歪み、平衡感覚を失い、まともに立っていることが困難になる。


  中には胃液を吐くものまで現れ、そこは瞬時に阿鼻叫喚と化す。


 「うわぁ、相変わらずえげつねぇな。リュウジの魔法は」

 「私もアレ喰らった事あるんですけど、本当にキツイですよ。光の錯覚を利用した平衡感覚の欠落。目を閉じればなんとでもなるんですけど、初見は引っかかりますよね.......」


  朱那が苦い顔をしながら、かつて龍二と手合わせした時のことを思い出す。その時は空を飛ぼうとした瞬間を狙われ、壁に激突したのだ。


  倒れて立ち上がれない野盗達を、龍二は容赦なく殺していく。


  指先から光を収束したレーザーを打ち出し、その頭を貫いて息の根を止めていった。


 「本当は自分自身を光にしてみたかったんだけど、再現出来たのはこれが限界なんだよなぁ......1度言ってみたかったのに“光の速度で蹴られたことはあるかい?”って」

 「なぁ、リュウジの奴何をブツブツ言っているんだ?」

 「さぁ?分からないです」


  ツッコミ不在のこの状況では、龍二はただブツブツ呟く怪しい人であった。


 「はァァァ!!」


  龍二が野盗を瞬殺する後ろでは、光司がその聖剣を振るっている。


  身体強化されたその一振は常人の目で追い切れるものではなく、運良く攻撃が来る場所に武器を構えたとしても、その聖剣が武器すらも斬り裂く。反応できず、防御も出来ない野盗達はただ無惨にその生を終えて地面に倒れていくだけだった。


 「クソっ!!全員で同時にかかるんだ!!そうすれば一撃与えることが出来る!!」

 「うるせぇ!!ならお前が勝手にやってろ!!」

 「俺一人じゃ意味ねぇだろうが!!このままだと全員死ぬぞ!!」


  野盗の1人が現状最も勝算の高い提案をするが、彼らはそれを実行出来るほどまともな状態ではなかった。


  死による恐怖。それが彼らの歩みを止める。一斉にかかれば一撃与えられるかもしれないが、その為だけに死にたくないという思いが動きを鈍くする。


  そして、それを見逃す光司では無い。


 「悪いけど、仲間割れはあの世でやってくれ」


  風をも斬り裂く斬撃は、正確に野盗達の首を切り落とし、最後の一人も残らず鮮やかな鮮血が吹き出す。


 「おい、3人残したぞ」

 「よくやった」


  運良く生き残った3人は、足を震わせる。みっともなく足元に水溜まりを作りながら、ただその場に震える事しか出来なかった。


  アイリスは、ドスの効いた声で生き残りに話しかける。


 「知ってることを全て話せ」

 「し、知ってるも何も俺達は何も知らねぇ!!本当だ!!あのローブを羽織った男に、ここに来たやつを殺せとしか言われていない!!」


  震えながらも、声を絞り出す。この判断は間違っていない。もし、黙りを決め込もうものなら、話すまで指が1本ずつ減っていくことになっただろう。


 「......お前達はどう思う?」

 「嘘は言ってないと思うぞ。多分コイツらは、金で雇われたかなんかの盗賊だろ。問題は街の方だ。1番有り得るのは、悪魔による洗脳だな」

 「僕も龍二君と同じ考えです。もし洗脳されていた場合、どうしますか?」

 「私も二人と同じ意見ですね。あ、とりあえずこの3人も殺しておきますね」


  そう言って朱那は、こっそり逃げ出そうとしていた野盗達を焼き払う。焼かれた野盗達は骨すら残らず、塵となった。


 アイリスは少し考えた後、結論を出す。


 「.......予定変更だ。悪魔は逃がさず討伐。もし街の人々が洗脳されていた場合は、邪魔になるようならなるべく無力化しろ。ただし、自分たちの命が最優先だ。悪魔を討伐したと同時に洗脳が解けなかった場合は、この街を封鎖する」


  苦虫を噛み潰したような表情をしながら、アイリスは指示を出す。


(クソっ。面倒な事になってきたな)


  アイリスは心の中で舌を打つ。


  先ずはここから出なくてはならない。龍二達は急いで来た道を引き返すのだった。

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