米米米米

  神聖皇国の首都から馬車で走ること1週間。情報にあった悪魔が居たと言う街を、龍二達は訪れていた。


 「パッと見は普通の街並みだな。特に何かある訳でもなさそうだ」

 「視線は感じるけど、僕達を珍しがって見ている感じだね」

 「私達、一応勇者だからね。そりゃ珍しいでしょ」


  街の中に入ると、3人が思い思いに街の様子を口にする。


  街並みは、神聖皇国の首都である大聖堂カテドラと大して変わらず、大きな違いがあるとすれば、大聖堂が小さな教会になっている事だ。


  街ゆく人々は、少し豪華に彩られた馬車が通り過ぎて行くのを見ながらいつも通りの生活をする。


  その様子を見れば、悪魔がいないようにも見えるだろう。


 「この街はミルドレと言われてる街でな。海産物が美味しいんだ。海に面しているから、漁業が盛んで毎日大量の魚が打ち上がっているぞ」

 「あー寿司食いてぇな。この世界に米があるかどうか知らないけど」

 「ちょっと龍二君。そういうこと言うのやめてよ。無いのに、食べたくなっちゃうじゃん」

 「そうだぞ龍二君。僕はそういう事考えないようにしてるんだから、言わないでくれよ」


  龍二の呟きに、2人が反応する。


  日本人である彼らは最初、毎日のように食べるパンに飽きていた。今では慣れてしまったが、初めの半年は本当に地獄である。


  必死で米がないか色々と探したものの、それらしい穀物を見つけることは出来なかった。神聖皇国や、その他の大国には米のようなものを食べる文化はない。


  それ以降、彼らは米について考えるのを一切やめた。思い出せば食べたくなるから。


  そんな中、龍二がぽつりと呟いたのだ。食べたい欲が出てきてしまうのは、仕方がないと言えるだろう。


 「お米食べたい......日本のソウルフードが食べたい」

 「無くして初めてそれの大切さに気づく。そんな言葉があったかな?僕は今ものすごく実感してるよ。米を無くして、米の大切さがよく分かる」

 「リュウジ?なんか二人共急に頭抱えてコメコメ言ってるんだけど......」

 「気にすんな。時間が経てば戻るから」


  頭を抱えながら、コメコメと呪文のように唱え続ける2人を、アイリスは若干引き気味に眺めるのだった。


  龍二はそんな2人を放っておいて、アイリスに話しかける。


 「ところでアイリス。なんで今回は俺たちだけなんだ?ほかのクラスメイトや、副団長、聖女様はなぜ連れてこない?」


  今回、悪魔討伐に参加しているのは聖堂騎士が三名とアイリス、龍二、光司、朱那の合計7名のみだ。それ以外のクラスメイト達は、大聖堂で訓練を続けている。


 「今回の悪魔討伐任務は、必ずしも討伐が目的という訳では無いという事が一つ。後は目立ち過ぎないのもあるな」

 「後者はともかく、前者はどういう事だ?悪魔は絶対に討伐しなければならない対象だろ?」


  大魔王の眷属と言われている悪魔達。大魔王と戦うことになれば、必ず障害になるであろう存在。それを1つでも減らすのが今回の任務なはずだ。


  にも関わらず、討伐が目的ではないというのはおかしい話である。


 「なぁリュウジ。おかしいと思わないか?」

 「なにが?」

 「勇者ナハトによって封印された大魔王の7つの魂。その封印場所が分からないという事にだよ」

 「確かにそれはおかしいと思ったな」


  少し魔王のことに関して調べれば感じる違和感。それは圧倒的な情報不足。


  唯一ある文献も曖昧なものであり、要領を得ない。


 「少なすぎるんだよな。大魔王に関する情報が。封印が解けた時のことを考えて、後世に大魔王についてのことを残そうと思わなかったのかね?」

 「それは無いと信じたい。勇者ナハトの文献は多く存在しているんだ。大魔王についての文献ももう少しあっていいはずだ」

 「となると、意図的に誰かがその文献を持ち出して情報を与えないようにしたか?」

 「私はその可能性が高いと睨んでいる。居るだろう?大魔王が封印された後も、自由に動けた奴らが」

 「悪魔か」


  龍二の言葉にアイリスは頷く。筋は通っている。大魔王残そうと情報が漏れることを嫌った悪魔達が、何らかの方法で大魔王に関する文献だけを持ち出した。


  1番現実的で、可能性の高い話である。


 「それで、それがどう今回の悪魔討伐に繋がるんだ?」

 「簡単な話だ。悪魔を殺せば塵となって消えるのは分かっている。捕まえても、自殺されれば情報は得られない」


  そこまで言われて、龍二はアイリスの言った意味を理解する。頭の回転は早いのだ。


 「なるほど、わざと取り逃して情報を抜き取ろうって魂胆な訳か。人数を絞ったのは、殺される心配が低く、それでいて悪魔に重症を与えられる人材が俺たちだけだったという事だな?」

 「そうだ。それと街への被害を最小限しつつ、戦えるという条件もあるがな。聖女様は目立ちすぎるし、副団長は街中で暴れさせたら被害が大きくなる可能性の方が高い。リュウジのクラスメイト達はそもそも弱くて死ぬ可能性が高い。コウジ、シュナ二人共今の話は聞いていたな?」


  コメコメ呪文から戻ってきていた光司と朱那は、小さく頷く。


  その目はこの世界に来た時のような不安げな目ではなく、一端の戦士の目をしていた。


 「私達のやるべき事は、悪魔を痛めつけて逃がすことだ。ただし、状況によっては殺せ」

 「状況と言うのは?」

 「自爆してこの街を吹き飛ばそうとした時や、この国全体に被害が行きそうな時だ。私達は人々を守る守護者であって、目的の為に手段を選ばないような戦い方はできない。自分達の立場を考えて動け」


  そう言って、アイリスは1枚の紙を取り出す。


  その紙には、悪魔達の名前が連なっていた。


 「この街にいるはずの悪魔の名前は分かっていないが、今分かっている悪魔の見た目や能力を纏めである。頭には叩き込んだと思うが、復習しておけ」


  真剣に情報の書かれた紙を見つめる教え子達を微笑ましく見ながら、アイリスは言葉を続ける。


 「動くのは、今日から数えて3日後だ。ここに来る間に街の構造は覚えてもらったが、自分たちの目で確認しておけ。後、外に出る時は必ず二人以上で動け。いいな?」


  各々が頷く。


  その頼もしい顔つきは、自信に満ち溢れていた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 「来たのね?」

 「──────」

 「そう。ご苦労さま」


  僅かにできた隙間から差し込む光が、その悪魔を照らす。


  馬の様な姿をしたその悪魔は、静かに舌なめずりをすると小さく呟いた。


 「ようこそ、私の街へ。哀れな人間に死の制裁を」

 

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