悪魔を追え

  鬼ごっこの訓練を開始してから1ヶ月後、ついに戦争が終結したと言う情報を掴んだ。


  経過を確認するために、蜘蛛を何体か置いていたのが良かったな。おかげで、この戦争がどうなったかすぐに分かる。


 「予想通り、シズラス教会国が負けたようだな。俺としては有難い限りだ」

 「やっぱり灰輝級ミスリル冒険者を暗殺したのが大きかったね。それのお陰で、勝てたと言っても過言じゃないんじゃない?」

 「その通りだな。暗殺をしたベオークと情報を持ってきた蜘蛛たちのお手柄だ」


  聖堂の椅子に座り、三姉妹が纏めてくれた資料をペラペラと揺らしながら俺は欠伸をする。


  今回の戦争のおかげで、情報の重要性が再認識できた。


  もし、俺達が灰輝級ミスリル冒険者の情報を握っておらず暗殺をしなかったら、間違いなくアゼル共和国とジャバル連合国は負けていただろう。そうなれば、俺達が出張る必要があったかもしれない。


 「戦後処理はどうなったの?」

 「まだだな。ドレス平野での戦争に勝った後、そのまま進軍して首都を落としたそうだ。蜘蛛達はそこまでの情報しか送ってきてない。本当に、ただ勝っただけなんだろ。その後の処理はもう少し後だな」


  ドレス平野での戦いは、2週間で決着が着いたようだ。そこからシズラス教会国内になだれ込み、次々に街を占領。そして、昨日の夜中に首都を占領したらしい。


  シズラス教会国は、ドレス平野に殆どの兵力を割いた為、街を守る兵が既にいなかったそうだ。ドレス平野で負けた時点で、シズラス教会国の敗北は決定していたんだな。


  ただ、アゼル共和国とジャバル連合国の被害もかなりのものらしく、戦死者がそれなりの数出ている。


 「死者は両軍合わせて約7万人。内訳は、アゼル共和国とジャバル連合国の死者が約2万人。シズラス教会国が約5万人だな。あくまでこれはドレス平野での死者数だから、実際はもっと死んでいると見ていい」

 「........やっぱり、誰かは死んじゃったのかな?」


  花音が、少し暗い顔で纏められた資料を見つめる。バルサルで仲良くなった傭兵たちを心配しているのだろう。


 「おばちゃんも言ってただろ?まず間違いなく、1人2人は減っているはずだ。全員帰ってきてハッピーエンドは訪れないんだよ。現実は常にバッドエンドしか用意していないんだ」


  現実はクソゲーとはよく言ったものだ。事実、ハッピーエンドが訪れる事などほぼない。バッドエンドルートが99%のクソを超えたクソゲーがこの世界だ。


 「俺としても、出来れば誰も死んで欲しくはないんだがな.........」


  命の重さは等しいなんて戯言を言うつもりは無い。立場が違えば、視点が違えば、その重さは変わるのだ。


  欠片も関わりのないシズラス教会国の人間よりも、3日に1回は顔を合わせて馬鹿やってるバルサルの傭兵達の方が重いに決まっている。


  俺は何も無い天井を見上げながら、静かにため息を着く。


 「帰ってくるのは3週間後か?気は重いが、笑って出迎えてやらないとな」

 「そうだね」


  聖堂に佇む逆ケルト十字が、日の光を浴びて穏やかに輝くのをただ見つめるのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


  大魔王アザトースが復活するまで残り約9ヶ月。神聖皇国では、着々と大魔王討伐に向けて準備が進められていた。


 「よし、集まったな我が教え子達よ」


  腕を組み、仁王立ちするアイリスは、この2年間で成長した教え子たちを見渡す。


  過去に大魔王を封印した勇者と同じ異能を持つ少年と、天使の異能を持つ少女。


  そして、自分より5つ下でありながら、灰輝級ミスリル冒険者と同等の力を持つ愛しき少年。


  この三人が、聖堂異能遊撃団団長の肩書きを持つアイリスの誇らしい教え子達だ。


 「はいはい。俺達は優秀な師をもてて幸せ者ですよ。で、急に呼び出してなんの用だ?アイリス」

 「そうだろうそうだろう。その優秀な師に感謝するといい。さて、お前達もこの2年間でかなり強くなったな。正直驚きだ。特にリュウジは成長しすぎて少し引くぞ」


  初めて出会った時から身長が少し伸びた程度で、あまり見た目は変わっていないが、その身体に内包された魔力はとてつもなく大きくなっている。


  今、魔力測定をすれば、最初に測定した頃の何十倍も強く水晶は光り輝くだろう。


 「アイリスも黒龍ブラックドラゴンの巣に特攻すれば?」

 「私に死ねと?その報告を聞いた時は、流石に血の気が引いたぞ」

 「そんな褒めるなよ。照れるじゃないか」

 「褒めてないんだが?」


  イチャイチャしだす2人を横目に、勇者ヘルトの異能を持つ光司と四番大天使ウリエルの異能を持つ朱那は話し出す。


 「まーた始まったよ。何コレ、未だに男のいない私への当てつけ?この2人燃やしてもいいかな?」

 「落ち着くんだ黒百合さん。2人のやり取りを見る度にそう言ってるよ」

 「なるほどつまり燃やしていいってことだね?」

 「話が通じないんだけどこの人.......」


  光司は疲れきった目で、朱那を見る。


  この2年間で朱那は大分性格が変わったが、この数ヶ月は更に酷くなっている。


  毎日のようにイチャつくカップルを2組も目の前で見せられていたら、ストレスの1つや2つは溜まるだろう。


  光司も聖女とよくイチャついているので、人のことは言えない。下手に慰めの言葉をかけようものなら、消えることの無い火が飛んでくるだろう。


 「ねぇ、アイリス団長。イチャつくのもいいけど、早く本題に入って欲しいです」

 「おいシュナ。これのどこがイチャついているように見えるんだ?」

 「え?全てですけど?それより本題入ってくださいよ。なんで私達を急に呼び出したのですか?」


  アイリスは、ニッコリと笑う朱那の底知れない圧に押されながら、本題を切り出す。


 「あ、あぁ。今回呼んだのはな。ある情報が手に入ったからだ」

 「情報?」

 「悪魔についてだ」


  アイリスのその一言に、その場の空気が急激にピリつく。


  いずれ戦うことになるであろう、大魔王アザトースが生み出した眷属。2年もの時間がありながら、それを知らないわけが無い。


 「先日。神聖皇国内の街に悪魔を見たと情報があった。どうやら裏組織を操っているらしい」

 「その情報源は信用できるのか?」

 「間違いない。神聖皇国直属の密偵部隊からの情報だ。裏もしっかり取ってあると考えていい」

 「この国直属なら大丈夫だね。信頼という点においては満点だよ」

 「そうだね。そこら辺の一般市民よりも信ぴょう性があるし」


  その言葉を光司と朱那は信用するが、龍二は違った。


 “自分で見たもの以外は信用するな”と言っていた親友の顔が思い浮かぶ。彼は普段、自由奔放で考え無しだが、信用、信頼に関しては慎重だった。


 「その密偵部隊が、既に悪魔に洗脳されている可能性は?」

 「その心配はないと思う。仮にも超過酷な訓練を積んできた密偵たちだ。万に1つもバレる事はない」

 「.......そうか。分かった」


  龍二は大人しく引き下がる。


(仁が言っていたな。“見た事ない奴を信頼する時は、その仲介役がどれだけ信頼できるかで決めろ。基準は花音ぐらい狂っていれば合格だ”って)


  龍二はアイリスの言葉を疑っていた。例え恋仲の相手だとしても、先入観の入った言葉は信頼できないと判断したのだ。


  それに、アイリスは花音ほど狂っていない。


(アイリスには申し訳ないが、最悪を想定して動くとするか。皆に死なれるのが1番困るしな)


  異世界に召喚されて2年。大魔王が封印されて厄災約2500年。再び世界は動き出そうとしていた。

 

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