死と霧の世界

  聖堂を出て、少し開けた場所に行く。ここら辺の森は、ドッペルが宮殿を作る為に切り倒した切り株が多く残っている。


  間違って脛を打った日には、痛みのあまり泣き崩れそうだ。


 「ここら辺でいいな。イス。早速やってくれないか?」

 「分かった!!」


  イスは頷くと、テトテトと俺たちから少し離れる。


 「パパもママもアンスールも手を繋いでね!!じゃないと迷っちゃうから!!」


  迷う?よく分からないが、イスがそうしてくれと言うならその通りにするとしよう。


  俺達は言われた通りに手を繋ぐ。俺は立ち位置的に、2人と手を繋ぐことになる。これが両手に花ってやつだな。


  そんなくだらないことを思いながらイスを見ていると、突然魔力が膨れ上がる。


  規格外に膨れ上がる魔力は、その空気をも揺らす。


 「凄いな。魔力の圧が強すぎる」

 「思わずたじろいじゃう程の圧だよ。私が同じとこをやれって言われても、ちょっと無理かな」


  膨れ上がった魔力は、次第に形を作っていき、その世界を創造し始める。


  大地は凍り、空気は凍てつき、世界は死に至る。隣に居るはずの、花音とアンスールの顔が見えなくなるほどの霧が辺りを覆い始め、薄暗い空が世界を覆う。


 「死と霧の世界ヘルヘイム


  イスの声が聞こえるとその世界は完成され、極寒の冥府となる。


  なるほど、確かに手を繋いでいないと、迷子になるだろう。全く自分の居場所が分からないし、霧が濃すぎて30cm先も見えない。


  かろうじて繋いでいる手が見えるが、それ以外は薄暗い真っ白な世界だ。更には凍りつくような寒さが襲い、繋いでいる手がかじかむ。

 

  あの島にいた頃よりも、寒いなコレは。


  アンスールとか大丈夫なのだろうか、彼女はそこまで寒さには強くなく、あの島にいた頃も冬はよく焚き火に当たっていたのだが.......


 「大丈夫か?アンスール」

 「大丈夫よ。寒さ対策に作った服があるから。魔力を通すと身体をあっためてくれるの」


  何それ欲しい。今度この服にその機能を付けてくれ。出来れば、冷房と切り替えできる万能君がいいです。


 「パパ!!どう?!」


  寒さに震えていると、イスが霧の中から姿を表す。霧が濃すぎて表情が見えずらいが、恐らく天使すらも撃ち抜く可愛らしい笑顔を浮かべているだろう。


 「凄いのは分かるんだが、霧が濃すぎて何がなんだか分からん。霧を動かすことは出来るのか?」

 「できるよ!!」


  そう言ってイスは何かをぶつぶつ呟いた後、手を振るう。


  すると、先程まで覆っていた霧は晴れ、隣にいる花音やアンスールの顔がしっかりと分かるようになる。霧が晴れても、滅茶苦茶寒いままだけどね。


  身体強化のように魔力を全身に覆うことで、ある程度寒さは緩和できるのだが、それでも寒いってことは少なくとも氷点下40度以下はあるだろう。下手な冷凍庫よりも寒い。


 「なるほど、確かにこれは世界だな」

 「生物の居ない凍った世界。これは凄いね」

 「幻想的ね」


  辺りを見渡せば、そこには凍り付いた世界が広がっていた。


  霧を全部どかすことは出来ないのか、1km程しか先が見えない。それでも、この世界のことを知るには十分だった。


  全てが氷でできた世界。地面も、山も、草も、木も氷で出来ており試しに草を触ってみると、パキンと音を立てて砕け散る。


  そして数秒もすればその草は塵となって消え去り、新しく生え変わる。


 「なぁイス。ここは何処なんだ?」

 「ここは私の世界だよ!!死と霧の世界!!死と霧の世界ヘルヘイム!!冷たく凍り付いた死者たちの冥府!!」


  元気よく説明するイスだが、正直何を言っているのか分からない。


  自分の能力の説明って結構難しいからな。俺の異能を説明しろって言われたら、世界の天秤を崩す能力って言うし。


 「ねぇイス?この世界はいつから作れるようになったの?」

 「んー3日前!!」

 

  最近じゃん。そりゃ、俺達が知るわけもない。3日前は、あのダークエルフ三人姉妹に色々と仕事を教えてた。


  それにしても、イスの使う氷が異能なのは知っていたが、まさか領域系の異能だとは思わなかった。


  異能は成長する。イスの場合は生まれて直ぐ氷を使えていたが、それはこの異能の1部であって全部を使えているわけじゃない。


  これはファフニールから聞いたのだが、全ての異能はその魔力量に応じて変化する事がある。イスは少し違う気もするが、俺も花音も今の異能が更に強くなる可能性はあるのだ。


  まぁ、その可能性はビックバンが起こる確率より低いらしいが。理由は簡単で、俺達は既に山の山頂にいるのだ。これ以上どうやって登れと?という訳だ。


  イスはまだまだ子供で、発展途上。さらに強くなるかもしれないな。


 「この世界はどうやってら出られるんだ?」

 「簡単なの!!私を殺すか、私の意思で解除すればいいの!!」


  簡単(激ムズ)。本来は滅茶苦茶濃い霧で覆われたこの世界でイスを見つけ出し、普通に強いイスを殺すのは至難の業レベルではない。


  しかも、この霧は魔力探知を妨げる。この霧には魔力が含まれているらしく、先程から霧のある場所から奥が探知できない。


  今はイスが霧をどかしてくれているからいいものの、霧を覆った状態だとどうしようもなくなる。イスは無理して襲わなくても、この寒さで体力は奪われるし、水や食料が手に入らないから時間が経てば経つほど弱っていく。


  もしかしなくても、この異能強すぎでは?


 「この世界はどのぐらい広いんだ?」

 「無限なの!!どこまでも広がる死と霧の世界なの!!」


  強すぎでは?(2回目)


  無限に広がる世界を創り出すとか、最早一種の神じゃん。ウチの子、神になっているんだけど?


 「この世界は、俺の異能で崩せるのか?」

 「あ、パパの異能は使っちゃダメだよ。パパが異能を使うとこの世界壊れちゃうから」


  結構マジ顔で言われた。どうやら、俺の異能はこの世界でも通じるらしい。さすがにこの世界を崩すのには、えげつないほどの魔力がいると思うけどな。


 「でも、暴れるだけなら問題ないと思うの!!パパ、ママ!!この子達と戦ってみて!!」


  そう言ってイスが手をあげると、地面から氷が浮き上がり、次第に形を作っていく。


 「おいおい。ウチの子マジで強くなりすぎでしょ」

 「これ、霧が晴れてるからまだマシだけど、何も知らずにこの世界に入ったら何も出来ずに死んじゃうよ?」

 「凄いわね。子供の成長って」


  創り上げられていく氷の像を見ながら、俺達は思い思いの言葉を並べる。


  イスと出会って2年。俺に卵を託してきたあの竜に、今のイスの姿を見せてやりたい。貴方の産んだ子供はここまで成長しましたよ、と。


  氷で創られたのは1人の女性と犬だ。


  透き通る氷の槍を持ち、氷でありながら滑らかに動くその女性が口を開く。


 「ヘル様。お呼びでしょうか」


  すっげぇ。話せるんだ。一体どうやって声を出しているのか気になるが、異世界パワーと言うやつだろうな。こういうのは考えるだけ無駄だ。


 「モーズグズ。私はヘルじゃなくてイスなの!!パパが付けてくれた名前があるの!!」

 「失礼しました。イス様」


  ぺこりと頭を下げるモーズグズ。なんと言うか、子供に頭を下げる大人を見るのは変な感じだ。金持ちの子供の我儘を聞いているメイドのように見えてしまう。


 「バゥ」


  氷で出来た犬も、イス見向かって頭を下げる。この犬は、綺麗な氷の毛並みをした狼犬だ。大きさは1m程しか無いが、ただならぬ気配がある。


 「紹介するね!!この世界に住む二人の門番、モーズグズとガルムだよ!!」

 「紹介に預かりました。モーズグズです。イス様のお父様とお母様、それとよく遊んでいただくアンスール様ですね?よろしくお願いします」

 「バゥ」

 「あ、これはどうもご丁寧に。イスの父親の東雲仁です。えーとウチのイスがお世話になっています?」

 「母親の花音だよー。よろしくね」

 「あら、私も知っているの?よろしくよ」


  お互いにペコペコと頭を下げながら挨拶をする。なんと言うか、人間味溢れる人だな。人と言っていいか疑問が残るが。


  尚、この後五分程お互いにペコペコし合う光景が続いて、イスに怒られるのだった。

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