対策は中々思いつかない

  シルフォードの妹達を、拠点に連れてきてから1週間後。俺達は、あの地獄のような書類の山に埋もれることはなくなった。本当にありがたい。


  結局、ダークエルフ三人姉妹を説得して揺レ動ク者グングニルに入ってもらった。最初はもちろん不信感を抱かれていたが、メンバーを紹介するとその不信感はどこかへと吹き飛んでいった。


  そりゃそうだろ。メンバーの9割以上は魔物だし、ベオーク以外は厄災級だ。


  ちょっと遠出していて紹介できていない奴もいるが、名前だけは伝えてある。終焉を知る者ニーズヘッグの名前を出した時は、物凄く驚かれた。


  なんでも、ダークエルフの言い伝えにニーズヘッグの話があるらしい。“根を喰らい、世界樹がその生を終える時、終焉は古き世界と共に訪れる”だったかな?正直、聞いたところでピンと来ない。ニーズヘッグが帰ってきたら、聞いてみるか。


  ちなみに、次女のラナーが魔物に関してとても詳しく、厄災級魔物の知識も豊富だった。


  俺が紹介したメンバー達を全員知っていたし、俺の知らない厄災級魔物まで知っていた。長いこと生きているダークエルフの知識は豊富だな。


  そんな三姉妹に情報精査の仕事をお願いしたのだが、これが凄いのなんの。元々、集落で一番偉い人の娘達だったらしく、その仕事の手伝いを色々とさせられていたそうだ。


  少しやっていることは違うが、この程度の仕事なら問題ないと言ってスラスラと書類を捌いている。


  ど素人の俺や花音の3倍近いスピードで消えていく資料を見て、いい拾い物をしたなとウンウン頷いていた。


  これなら完全に任せてしまってもいいだろう。4人でやっていた時よりも速いし。


 「第五悪魔バルバスと第三十五悪魔マルコシアスねぇ......」


  ダークエルフ姉妹に仕事を任せたため空いた時間で、俺と花音は悪魔について聖堂(でっかいケルト十字がある部屋)で話し合っていた。


 「この二体の悪魔が、あの三人の故郷を燃やしたんだよね?」

 「そうだ。わざわざご丁寧に名乗りをあげてから殺戮を開始したらしい。お陰で名前は知ることが出来たな」

 「ん?その言い方だと、名前以外は分からないの?」

 「分からん。現在確認されている悪魔達の中に、この二体はいなかった」


  二年前にロムスに渡された悪魔を纏めた本に、この二体については何も書いてなかった。頼れる情報は、あの三人が見たことだけである。


  少し辛いことを聞いたが、知っているのと知っていないのでは大違いだ。俺も心を鬼にして、話を聞いたものだ。


 「襲われた理由は、今後起こる人類との戦争への参戦拒否。どうやら、先祖の辿った道を歩くつもりはないらしいな」

 「その結果が悪魔達の襲来でしょ?」

 「これはどちらを取っても地獄だよな。不干渉を貫けれるなら、それが一番だったんだろうが、それができなかった以上こうなる運命は覆せなかったな。悪魔側についても、もし大魔王が負ければさらに立場が悪くなる。そして、過去に大魔王は勇者に負けているから信頼はない」


  信頼を築くのは大変だが、壊れるのは一瞬だ。大魔王は築き上げたダークエルフの信頼を、更地に帰したのだ。


  1度崩れた信頼は元に戻せるものでは無い。それがたとえ、何代も後の子孫が相手だったとしても。


 「俺達が考えるのは、この悪魔達がダークエルフ達を追ってきた場合どうするかだ。ウロボロスの結界は外から見えなくできるから便利だが、俺達が暴れすぎると壊れちまう。思いっきりやり合っても大丈夫な場所が欲しいな」


  俺達が本気で暴れると、こんな森は一瞬で消し飛ぶ。悪魔の強さが分からないが、最低でも最上級魔物だ。


  ベオークレベルの強さがあると、割と本気でやり合わなくてはならない。


  そうなると、ウロボロスの張った結界は間違いなく壊れるだろう。この結界は外から見えなくするだけの結界だから、強度は飴ガラス並に脆いのだ。


 「ここら辺で目立たずに暴れられる場所なんてあったっけ?」

 「無い。強いていえばドレス平野辺りが広いけど、今は戦争中で使えないし、近くに街もあるからどうやっても見つかる」

 「じゃあどうするの?」

 「どうしような。他の異世界転生系であるようなテレポート的なやつがあればいいけど、そんなのないんだよな.......」


  もしかしたらあるかもしれないが、俺は知らない。揺レ動ク者グングニル全員の出来ることと出来ないことは把握しているから、断言出来る。


 「暴れられる場所としては、ヴァンア王国辺りがいいんだけど、あそこは遠すぎる」

 「私が鎖で縛っていけば、行けるかも?」

 「花音に縛られる時点でソイツは雑魚同然だ。ベオークやアンスール並に強かったらどうするんだよ」

 「うにゅ、それは確かに。私に縛られた時点で私の勝ちだもんね」


  どうしたものか。ウロボロスにもう1つ硬い結界を張ってもらう事も考えたが、俺達が本気で暴れるとなると結界はあってないようなものになる。


  そう考えると、やっぱり移動させるしかないのだが、手段が無いな。


 「あら?二人とも頭を抱えてどうしたの?」

 「パパ!!ママ!!」


  悩んでいると、アンスールとイスがやってくる。


  全力疾走で飛び込んでくるイスを抱きとめ、その小さい頭を撫でなる。十分に撫でてもらうと、次は花音に抱きつき、花音も頭を撫でてあげる。


  やっぱり、甘えたがりの子供は可愛いな。


 「この前メンバーに入ったダークエルフ達いるだろ?」

 「あぁ、事務専門の子達ね?」

 「そうそう。一応それなりには戦えるらしいけど、基準以下ではあるよな」


  俺の求める基準が高すぎるのかもしれないが。


 「それで、あの三人は故郷を悪魔に襲われたらしいんだが、追いかけてくる可能性があるだろ?悪魔の強さにもよるが、ここで暴れるのはちょっと不味いんだよ」

 「目立つものね」

 「そうなんだ。ウロボロスの結界程度じゃ即壊れるのがオチだし、どうしたものかねと思ってな」

 「そうねぇ......私も結界の類いは張ることが出来ないのよね」


  アンスールが、右頬に手を当てて首を傾げる。眩しい。その仕草一つ一つに母性が溢れている。そりゃ、イスが懐くし、ダークエルフ三人姉妹もアンスールには馴染めて話せるわけだ。


  俺と花音よりも仲良く話しているのをよく見る。人間よりも、アラクネの方が話しやすいとか、この傭兵団終わってんな。


 「パパ!!私できるよ!!」


  ここで、俺たちの話を聞いていたイスが元気よく手を挙げる。


  イスの事はよく知っている。イスに結界を張れるような能力は無かったはずだ。


 「そうかそうか。偉いぞイス」


  子供が親の気を引こうとする為の嘘だと、俺は思い、花音の膝の上に乗っているイスの頭を撫でる。


  しかし、イスは頬を膨らませながら手足をじたばたさせて怒った。


 「むー!!パパ、信じてない!!私は本当にできるの!!」


  俺は花音とアンスールを見る。「なんか知ってる?」と。


  二人とも首を横に降ったので、何も知らないようだ。


  うーん。イスはこういう時に駄々をこねる子ではない。もしかして、俺達が知らないだけで何かあるのか?


 「どんな結界が張れるんだ?」

 「結界じゃなくて、世界なの!!」


  世界?よく分からないな。取り敢えず見せてもらおう。


 「分かった。外に行こう。そこで見せてくれないか?」

 「分かった!!」


  元気よく頷くイスを見ながら、俺達は聖堂を出ていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る