予期せぬ来訪者
戦争が始まってから1週間。まだ勝敗は決していない。
ドレス平野は綺麗な平野から、血と死体の積み上がった地獄と化し、生臭い匂いを漂わせている。
毎日戦争の行方がどうなるか見に行くほど暇人ではないし、人が死にゆく様を見たい訳でもないので、拠点でつまらない情報精査をしていた。
「だいぶ減ってきたな。ここら一帯の情報は集めきった感じか?」
「アゼル共和国、バサル王国、リスト王国、ジャバル連合国、シズラス教会国が私達の拠点から近い国はこの5ヶ国でしょ?2ヶ月ちょっとでほぼ完璧に情報が集まったね」
「そうだな。子供達が優秀すぎて俺達の仕事がとてつもなく大変だったって点を除けば、完璧だな」
そう言って俺は、各国の特徴を簡単に纏めた資料を取り出す。
この2ヶ月で集め情報は、どれも重要なものばかりだ。......中には近所の噂話とかあったけど。それはそれ、コレはこれだ。
「こうやって比べてみると、各国の違いがよくわかるな」
「腐ってたり、真面目だったり。特に種族間での違いが分かりやすく出てるね」
花音の言う通り、その国の特徴は種族ごとに違っている。
多民族国家であるジャバル連合国とアゼル共和国は、様々な種族に配慮した法律がある。差別には厳しく、全ての種族が生きやすいように工夫されていた。
それでも、中には汚職が存在している辺り、国家というものは汚い物なのだろう。
隅から隅まで情報を抜き取って、汚職が1個もありませんでした、って言う方が不気味すぎるので、汚職がはあってくれた方が安心できるけどね。
獣人国家であるバサル王国は、強い奴が正義と言うような風潮がある。ここで言う強い奴は、単純に喧嘩が強いと言う意味だ。
権力よりも腕っ節。脳筋な獣人を表したような国である。この国の国王は、国の中で最強でなければならず、毎年国王を決める大会があるそうだ。
こんなんで国王を決めるとか、ぶっ飛んでるなとは思う。文化の違いなんだろうな、こういうのは。
ちなみに、国王の家臣は脳筋という訳ではなく、しっかりと教養を積んでいるらしい。もちろん、その中に汚職もあったが。
王は偉大な背中を見せるものであって、内政をちまちまするものでは無いというのがこの国の考えなのかもしれない。
そりゃ、戦争の時に玉座にふんぞりかえる王と、先陣を切って偉大な背中を見せる王。どちらに付いていきたい?と問われれば、圧倒的に後者だ。
王に必要なのはカリスマ性。それがわかっている国家だな。
亜人国家であるリスト王国も、バサル王国と同じような価値観を持っている。
流石に王を大会で決めるようなことは無いが、王族に産まれた者は必ず武道を教えこまれる。
どれだけ才能がなくても、最低限戦える程までには育てられるらしく、兄弟などがいた場合は、その中で1番強い者が王になるそうだ。
リスト王国に住む亜人の種族は、リザードマンと呼ばれる別名「トカゲ人間」。
硬い鱗とトカゲのような尻尾を生やした種族で、獣人のように人の見た目に近い訳ではなく、魔物の見た目に近い。
今では人間と同じような扱いを受けることが多いが、昔は魔物の1種として人間と戦争していたそうだ。
今でも正教会国側の教えるイージス教では魔物の 扱いされているらしいので、まだ壁があると言えるな。
最後は敗戦濃厚のシズラス教会国。この国は人間至上主義の国家だが、この国が一番腐っている。
同じ人間として恥ずかしいぐらい腐っている。2ヶ月前に滅ぼしたヴァンア王国と同じぐらい腐っているこの国は、正直さっさと滅んでくれとしか言いようがない。
上が下を搾り取り、それを神の試練と言う。マッチポンプにすらなっていない。
貧困層はその日その日を生きるのが大変な程貧しく、裕福層は下から搾り取った金で遊び呆ける。
上手いのは、その搾り取り方。
死なない程度に搾り取り続けるのだ。こういう悪知恵だけ働くのは、いかにも人間らしい。
「さっさと滅んでくれねぇかなこの国」
「すごいね。村によっては『初夜権』なんてあるよ。流石に街で大々的には出来ないけど、村程度なら黙らせれるんだろうね」
「同じ人間として恥ずかしいよ。さっさと死ね」
シズラス教会国の情報精査をやっていた時は、あまりの汚さに気分が悪くなった程だ。まだヴァンア王国の方が神だのなんだの言ってないだけましに思える。
「“神”って言葉は便利だよな。特に宗教国家はそれさえ言っておけば許されると思ってる。小さい頃から神の存在を教えて、洗脳すればあっという間に少年兵の出来上がりだ」
「中には復讐を誓って志願する子供もいるらしいけど、あまり気分がいいものじゃないね」
そう思うと、アッガス達が子供の戦争参加をよく思わない理由も分かる。
そんな時だった。俺の
「シャー、シャシャ、シャ、シャーシャー」
「何?場所は?」
「シャシャ、シャー」
「分かったすぐ行くと伝えておいてくれ」
「シャ」
俺は蜘蛛の頭を優しく撫でた後、自分の机の上にあった資料を仕舞う。
「一応全員着いてきて。念の為何時でも殺れるように」
「何があったのだ?」
「
「ほう。ここにはアスピドケロンが居るから、人は寄って来ないと思っていたのだかな」
ストリゴイの言う通り、ここには厄災級の魔物であるアスピドケロンがいる。どうやってもその姿は隠せないので、その存在を知らないということは無いはずだ。
という事は、アスピドケロンの事を知らない奴が来たのか?普通は厄災級の近くには行きたくないはずだ。そもそもこの森には近づかない。
この2ヶ月間で、この森の近くを通った人は俺たちを除けばゼロだ。
「とりあえず話が通じるかどうかだな。最初は俺と花音が対応する。もし暴れそうなら、お前たちも出てこいいいな?」
「分かった」
「了解よ」
「はーい」
わざわざ宮殿の出入口から出る必要は無い。俺達は窓を開けると飛び降りる。
「場所はフェンリルの風が教えてくれる。全力疾走だ。行くぞ」
俺の合図に全員が走り出す。フェンリルは俺達が走るべきルートに風を吹かせる。よしよし。何度か訓練した侵入者が来た時の対処法が役立ってるな。
全力で身体強化をした俺達の足は、たとえ森の中でもかなり速い。直ぐにフェンリルと合流することが出来た。
「ガルゥ」
「あれが侵入者か。よくやったぞフェンリル」
俺は褒めてと言わんばかりに頭を下げてくるフェンリルの頭を撫でつつ、侵入者を見る。
あれは.......
「ダークエルフか?」
「肌が黒くて耳が長いのはダークエルフの特徴だっけ?」
「あぁ、アイツらは2500年前に魔王軍側についていたせいで、魔物として分類されていたはずだ。寿命はエルフとそう変わらないから、あれは魔王軍側についたダークエルフの子孫だな」
今は知らないが、昔は人類の敵としてこの世界にいた種族だ。慎重に話しかけた方が良さそうだな。
「よし、さっきも言ったとおり、俺と花音で先ずは話しかける。スンダルとストリゴイはあのダークエルフを逃がさないように見張ってろ。フェンリルは他にも侵入者が居ないか探してくれ。。あ、仮面は被っておけよ」
俺の指示に各々が返事をして移動する。流石にダークエルフ1人でここに居るとは思えない。探せばきっとどこかに仲間がいるはずだ。
「さて、俺達はあのダークエルフに話しかけなしきゃならんのだが.......花音。間違っても先に手を出すなよ?」
「んー舐めたことを言わなければ大人しくしてるよ?」
「舐めたことを言ってきても、大人しくしておいてくれ。お前がキレる時がいちばん怖いから」
俺はあのダークエルフが対応を間違えない事を祈りながら、ゆっくりと姿を表すのだった。
頼むから、変な事言わないでくれよ。いやマジで。場合によっては花音の方が面倒くさいんだ......
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