沸点が分かりにくい奴ほど、キレた時が怖い

  ストリゴイとスンダルがダークエルフの逃げ道を塞ぐように配置に着いたのを確認し、俺達も動き出す。


  仮面を付けてダークエルフの前に姿を表す。


  後ろ姿しか見えなかったから性別がわからなかったが、どうやら女のようだ。ローブとか着られると、髪の長さだけでは性別って判断しにくいからな。ロムスとか髪長いけど男だし。


  ちなみにダークエルフの髪は綺麗な銀髪だ。その黒い肌と相まってさらに綺麗に光り輝いている。


 「..........」


  女のダークエルフは俺達を視界に入れると、臨戦態勢をとる。すぐに逃げ出さなかったのは有難いな。無理に抑える必要が無くなった。


  俺はダークエルフに向かって話しかけ.......どうしよう、高圧的に出るべきなのか?こういうのは。やっべ、考え無しで出てきちゃったよ。


  1回隠れてやり直したいが、流石にそういう訳にもいかないので、俺は腹を括って話しかける。少し高圧的に出よう。それでいてビビらせないようにしないと。


 「初めましてだ。ダークエルフのお嬢さん」

 「........」


  あれ?何も返ってこない。あぁ、そうか自己紹介してないもんな。


 「おっと、自己紹介をしていなかったな。俺は傭兵団揺レ動ク者グングニル団長、ウイルドの名を持つ者、ジンだ。貴方の名前を聞かせて欲しい」

 「..........」


  ダークエルフの女は何も答えない。と言うか、逃げる隙を伺ってない?ジリジリと後ずさっているように見えるんだけど。


 「チッ」


  小さい舌打ちが俺の耳に入る。ヤバい。何も話さないダークエルフに花音がキレかけてる。


  この後、リズム良く右足を揺らし始めたら本格的にキレてる事になる。速く答えてくれ!!俺はキレてる花音の相手をしたくない!!


 「俺達は別に君をどうこうする気は無い。ただ、少し質問に答えてくれれば────────」


  俺の言葉が終わる前に、ダークエルフは逃げ出した。俺達に背を向けて全力で走り出す。


  おぉ、結構早いが、それは一番悪手だ。


  キレ気味の花音が、既にダークエルフの足に鎖を巻き付けている。


 「仁の手を煩わさせるな。このクソアマが」


  花音は鎖を操作して、ダークエルフを木に叩きつける。


  ちゃんとあれ手加減してるよね?結構いい勢いで叩きつけたように見えたんだけど。大丈夫?死んでない?


 「死ね」


  俺が不安そうにダークエルフを見つめる中、花音はもう一度地面にダークエルフを叩きつけようとする。


  あ、完全にキレてますわコレ。死ねとか言ってるし。止めないとあのダークエルフが死んでしまう。


 「ストップ花音。殺したら情報が手に入らなくなる」


  俺の一言でピタリと動きが止まる。もし俺が止めてなかったらと思うと、ゾッとするな。今頃あのダークエルフは、真っ赤なお花を地面に咲かせることになってたぞ。


 「でも、コイツは仁を無視して逃げようとした。万死に値する」

 「値しないから。相変わらずよく分からんとこでキレるなお前は。少し落ち着け」


  花音の頭をポンポンと撫でてやると、人を殺してそうな程凶悪だった目付きが少し穏やかになる。それでも、殺気が漏れているのを見ると、めんどくせぇなとは思うが。


 「どうすんだよコレ。ダークエルフの人、気絶しちゃってるじゃん」

 「やったね。気絶してる女の子にチョメチョメできるよ」

 「うん、笑ってないその顔で言われると怖いからボケるの止めてね」


  俺はスンダルとストリゴイを呼び戻すと、花音の鎖で縛って目覚めるのを待つのだった。


  ホント花音は怖いわ。


  10分後、ようやく目を覚ましたダークエルフは、自分の置かれた状況を確認すると、諦めたかのようにうなだれる。


  まぁ、そんな事俺達の知ったことではないので、色々と質問させてもらおう。


 「名前は?」

 「.........」


  またしても何も答えない。困ったなと思っていると、花音が鎖を強く締め上げた。


 「うぐっ!!」


  痛そうに呻き声を上げるが、花音は締め上げるのを辞めることはなく、メキメキと不穏な音が聞こえ始める。何かこのまま行くと、骨がバキバキに折れそうなので、花音を止める。


 「ストップ花音。緩めてあげて」


  花音は何か言いたげだったが、大人しく俺の言うことに従ってくれた。


 「はぁはぁはぁ」


  鎖を締められたことにより、息ができなかったダークエルフが体内に酸素を入れようと必死に呼吸する。


  どんだけ強く締め上げたんだよ。


  そんな事を思っていると、花音がその綺麗な銀髪を雑に掴み強引に顔を上げさせる。


  更に、ドスの効きまくった声で静かに脅した。もちろん、殺気丸出しで。


 「次、答えなかったらその綺麗な指を一本ずつ折る。それでも、答えないなら、その綺麗な顔の皮を一枚ずつ剥いでやる。分かったか?よく考えろ」

 「ヒィ.........」


  とても普段の花音から想像できる口調ではないが、キレた時の花音はこんな感じなのを知っている俺は特に驚くことは無い。


  だが、ストリゴイとスンダルは花音のガチギレを見たことがないので、物凄く驚いた雰囲気が出ている。仮面を被っているので、顔は見えないが絶対驚いてる。ストリゴイに至っては、ちょっと後ずさってるし。


  そして、脅されたダークエルフちゃんはと言うと、あまりに花音が怖すぎて小さく悲鳴をあげた後、その.......地面を濡らしてしまったようだ。


  たまたまそこに水たまりがあったんだよな。うん。俺は何も見ていないよ。うん。


  このまま花音に怯えさせるのは、見てられない。さっさ質問を済ませてしまおう。え?花音を止めろって?キレた時の花音は止まらないから無理無理。今は力まで手に入れたから、尚更止まらないだろうし。


 「名前は?」

 「........シルフォードです」

 「なぜこの森に入ってきた?」

 「悪魔が........悪魔が我々の住んでいた里を襲ってきて.......ヒック....グズッ」


  そこまで言うと、シルフォードはポロポロと泣き始めてしまった。


  何となく話は今ので分かったが、詳しいことが分からない。更に悪魔関連となれば、俺達に関係のある話だ。


  これは、一旦拠点に連れ帰って話をじっくり聞くべきか?


 「おい、かの──────」


  俺は花音に話しかけようとするが、その言葉が止まる。なんでかって?それは今、花音がシルフォードの小指を折ろうと動き出したからだ。


  まてまてまてまて!!脅しじゃなくて本当に折ろうとするな!!


 「ストォプ!!ストップ花音!!ダメダメ、本当にやっちゃダメ!!」

 「.......なんで?コイツ、仁の質問に答えなかったよね?なら指を一本折らなきゃ......でしょ?」


  でしょ?じゃねぇよ!!相変わらず滅茶苦茶すぎる。キレる基準が分からんし、キレると本当に容赦が無さすぎる。


  流石、小学校の頃に男の玉を容赦なく蹴りあげて潰した奴は格がちげぇよ。


  感心してる場合ではなく、俺は花音を止めないといけないのだが、止める方法を思いつかない。普段は俺の言う事聞いてくれるけど、キレた時は全く言う事聞かないのどうにかしてくれないかな。


  そんな時、助け舟を出してくれたのはスンダルだ。


 「やめておきなさい副団長。団長が困ってるわよ」

 「あ?」


  花音の返答が完全にチンピラなんだけど。殺気全開で睨む花音に、スンダルは1歩も怯むことはない。


 「団長を思う気持ちにどうこういう気は無いけど、団長を立てるのが貴方の仕事でしょ?少し頭を冷やしなさい」

 「.........」


  お互いに無言で睨み合う。デジャブかな?1ヶ月前にもこんな事があった気がするんだけど。


  とりあえず、スンダルが作ってくれたこのウェーブに乗るしかねぇ。


 「そうだぞ花音。キレるとちょこっと暴走するのはお前の悪い所だ。頭冷やせ」


  そう言って俺は、花音のおデコにデコピンをする。ペチンと軽いものだが、今の花音はこれで十分冷静になれるだろう。と言うか、なってくれないと困る。


 「うにゅ......ごめん......」


  ようやく頭を冷やした花音が素直に謝る。俺は花音の頭を撫でながら、泣き疲れて寝てしまったダークエルフことシルフォードを見る。


  泣きつかれたとはいえ、この子よくこの状況で寝れるな。ある意味大物かもしれん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る