パズルのピースがかけていたとしても

  戦争が始まる2週間前になった辺りで、ベオークが帰ってきた。


  暗殺は成功したらしく、この戦争における脅威は排除出来たとみていいだろう。


  灰輝級ミスリル冒険者がいたからこそ、アゼル共和国とジャバル連合国に勝ち目が無かったと言うだけであって、それが無ければ兵力は圧倒的にこちらの方が上だ。


 「よくやったぞベオーク。これで余程のことがない限りこちら側が勝つだろ」

『色々と計画練ったのに、初手で死んだのは予想外。ジンなら避けたうえで、ワタシの位置を特定して反撃してきてた』

 「ベオークの話を聞く限り、異能に頼りきった戦い方をしてたんだろ?異能が使えなきゃ戦えないってことは、余程恵まれた異能だったんだな」


  俺や花音は異能はあくまで攻撃の手段であって、異能を使って戦うのが目的ではない。あの島にいる時は、異能を使わずにドッペルに勝つとか言う無理ゲーをやってのけたのだ。


  そりゃ、異能だけを頼った奴より弱いわけが無い。


 「これで戦争は大分こちらに有利になったんじゃない?」

 「そうだな。是非ともアッガスやモヒカン達には頑張って欲しいものだ。負けるようなことになったら、あの吸血鬼夫婦が勝手に動くかもしれないからな」


  あの二人は、割と冗談抜きでやりかねない。戦争に参加して暴れようものなら、目立ちに目立ってしまう。何としても勝ってほしいものだ。


 「さて、俺達は買い出しに行ってくるか。おーい。ストリゴイ。スンダル。何かいるものあるか?」

 「パン」

 「酒」

 「それ以外で何かあるかって聞いたんだが.......無いのか?」

 「「無い」」


  どんだけハマってるんだよ。2人には、毎日大量に送られてくる報告書を纏めて貰っているので、そのぐらいは幾らでも買ってくるつもりだが。


 「何か買ってきて欲しいものがある人いないか?」


  俺は念話蜘蛛テレパシースパイダーを通して、揺レ動ク者グングニルのメンバー全員に要望がないか聞く。


  この蜘蛛が居ないと、俺はわざわざ一人一人訪れて話を聞かないといけないと考えると、有難みがよくわかる。地味だけど、便利なんだよな。


  大抵のメンバーからは『特になし』と帰ってきたが、ドッペルとアンスールは欲しいものがあったようで、欲望を言ってきた。


 「ドッペルは、魔道具に使う魔鉄を幾らかと、アンスールはカーテン作るから留め具を買ってこいだってさ」

 「忘れないようにメモしておかないとね。結構私も仁も忘れっぽいし」

 「それは否定しない」


  メモに必要なものを書き出すと、俺達は拠点を出て街へ行く。面子はいつも通り、俺と花音とイスとベオークの4人だ。


  軽く走る事10分。俺達は何度目か分からないバルサルを訪れる。


 「昼飯を食べるのも兼ねて、傭兵ギルドに行くか」

 「いいんじゃない?あそこの料理美味しいし」

 「串焼き食べるの!!」


  元気よく手を上げるイスの頭を撫でながら、俺達は傭兵ギルドに足を運ぶ。


 「おや、アンタらかい。今日は何をしに来たのさ」


  ギルドに入れば、いつも通りおばちゃんが出迎えてくれる。ただ、そのギルド内はいつもとは比べ物にならないほど静かだった。


 「昼飯を食いに来たんだ。周りを気にせずに手軽に食えるのは、ここしか知らないからな。ところで、今日は随分静かだな。ようやくあいつらは、真人間になろうと決意したのか?」


  そう。いつも真昼間から飲んでいる傭兵達が、一人もいないのだ。いつも俺達が入ってこれば、耳に入る喧騒が今日は外を吹く風の音に変わっている。


 「あの馬鹿どもの仕事は戦争だよ。そろそろ移動を始めないと間に合わないからねぇ。一昨日、皆荷物を持って出ていったさ」


  なるほど、毎日のようにギルドに来ては酒を飲んでいたから忘れていたが、彼らの仕事は戦争なのだ。戦場の舞台となるのはドレス平野と言う平野らしく、そこに軍が集結しつつあるという。


  辺境の街であるバルサルからは、余裕を持って行くとなると2週間近くはかかる。戦争が始まるまで残り2週間と考えると、もうこの街を出ていてもおかしくない。


 「そうか。なら、戦争が終わるまで随分寂しくなるな」

 「戦争が終わっても、寂しくなるだろうけどねぇ」

 「?」


  おばちゃんの言葉の意味が分からず首を傾げると、おばちゃんは静かにため息をつきながら説明してくれた。


 「分からないのかい?戦争ってのは、犠牲の上に成り立っているものさ。誰も死なずにめでたしめでたしで終わるなら、今頃世界はもっと平和だよ」

 「要はこの街に居た傭兵たちの中からも死人が出るから、寂しくなるってことか?」

 「そういう事さね。誰が死ぬかは分からんが、この街の傭兵達だけ誰一人も死なないなんてことはありえない。アンタも今後、戦争に参加するなら覚えておくさね。昨日肩を並べて笑いあった仲間が、次の日には屍となってる事も珍しくない。それでも戦わないといけない。それが戦争というものだよ」


  今後起こる戦争で、花音やイスが絶対に死なない保証はない。それでも俺は戦い続けなければならない。


  この世界はゲームでは無いのだ。コンティニューなんて便利な選択肢は存在しない。


  だが、俺はこの選択を間違ったとは思わない。


 「誰か欠けて帰ってきても、俺はいつも通りあのバカ達を迎えるよ」

 「そうしてやってくれ。慣れるもんじゃないがな」


  そう言って、2階から降りてきたギルドマスターを見ながら俺は注文を済ませる。


  いつもの串焼きとジュースだ。


 「やぁギルドマスター。アンタは参加しないのか?」

 「立場を考えるとキツイんだよ。もう無理できる年齢じゃないしな」

 「ギルドマスターって幾つだっけ?」

 「53だ。もう人生の半分は過ぎているんだよ」


 結構歳行ってるんだな。見た目だけなら35とかでも通じるレベルなのに。


 「だいぶジジィだな。ギックリ腰とか気をつけろよ」

 「ギックリ腰は一昨年やらかしたよ。凄いなアレ。クシャミしたら、足が産まれたての子鹿のようにプルプル震えるんだ。あの時、初めて衰えというのを感じたね」


  クシャミでギックリ腰になるとはよく聞くが、本当なんだな。俺も、歳をとったら気をつけないとな。


  運ばれてきた串焼きに舌鼓を打ちつつ、俺はギルドマスターに質問する。


 「勝てると思うか?今回の戦争」

 「わからん。戦力だけで見れば、圧倒的にこちら側が有利だが、戦術で人数差を埋めれるのが戦争だ。それに、一騎当千できるような化け物だっているしな」


  この世界は、質が軍に勝ることがある。もちろん、圧倒的に質が良くないと厳しいが、数で押し切るのは難しいのだ。


  それができるのが灰輝級ミスリル冒険者という訳だ。“彗星”エドワード・ハーレがこの戦争に参加していたら、間違いなくたった1人で何万人と殺すだろう。


  地球でも一騎当千に値する化け物たちはいたが、この世界の一騎当千に値するもの達は、更にその上を行くもの達ばかりだ。


  被害は計り知れない。


 「ま、最悪の事態になったら俺達も参加するよ。俺は割とこの街が気に入っているんだ」

 「ははは、そんならない事を祈っているよ。君が参加するということは、既に負け越しているという事だからね」

 「あぁ。そうだな。出来れば参加なんてしたくないし、全員無事に帰ってきてまた馬鹿をやりたいものだよ」

 「そうだといいな。私もまた、腕相撲大会とかやりたいものだ」


  この世界の戦争がどのようなものか知りたいので、おそらく開戦時には遠くから観察することになるだろう。


  戦争開始まで残り2週間。俺はこの国を守るために立ち上がった戦士達に心から声援を送る。バカでアホでどうしようもない奴らだが、その魂には正義を宿して戦う戦士だ。


  凱旋の時は、笑顔で出迎えてやるとしよう。例え、パズルのピースがかけていたとしても。

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