深淵の暗殺者

  ベオークは、とにかく情報を集め続けた。趣味嗜好、人との繋がり、毎日のルーティーンetc.....


  そんなもの必要か?と疑問を抱くような情報の1つすらも落とさない。とにかく今動かせる蜘蛛たちをフル動員して、一日中“彗星”エドワード・ハーレを見張る。


  たった1人に、何千という監視カメラが向けられているのだ。プライバシーもクソも無い。


  そして、彼らは一流を超えた超一流の監視者達だ。その姿は見られることなく、悟られることなく淡々と対象の行動を見張る。


  監視を続けて2週間が経過した頃、一通りの情報が手に入った。


 「シャ?」

 「シャ!!シャシャシャ。シャー!!」


  報告を聞きながらベオークは、頭の中で暗殺計画を組み立てていく。


(調べて見た感じ、長距離広範囲殲滅に優れているのであって、本人の性能はさほど高くない。ジンを呼ばなくても大丈夫そう)


  ベオークは頭の中で、ジンを仲間を頼るという選択肢にバツを打つ。確かに、人間の中では強いがベオークから見ればあの島にいた魔物たちの方が強い気がした。


  それもそのはず。エドワード・ハーレは、異能に頼りきった戦い方をするのだ。


  最低限の自己防衛はできるが、異能が無ければ少し強い人間止まりの弱者。仁やアンスールを呼ぶ程の強者では無い。


(ルーティーンは、寝る前に必ずホットワインを飲む事。他は特に何もなく、教会国から来る使者の相手を適当にしてるだけ。警戒心が薄れるのは、寝る前の時。ジンやカノンみたいに強い人間は、少ないって母様が言ってたけど少なすぎない?)


  ベオークのよく知る人間は、仁と花音の2人だけ。自然と2人を基準にした思考になるのは、仕方がない。


  アンスールはある程度人間の事を知っているが、それを口伝いで話しても実際に見ないと中々実感できない。百聞は一見にしかずと言うやつだ。


(ワタシの深淵で殺れると思うけど、保険は幾つかかけておこう。先ずは─────)


 ━━━━━━━━━━━━━━━


  シズラス教会国の首都ベジルバに滞在する“彗星”エドワード・ハーレは、自分に媚びへつらう教会国からの使者の相手をしていた。


 「この度は、本当にありがとうございます。ハーレ様」

 「いえいえ。報酬も貰っていますし、何より劣等種達と一緒に住む落ちぶれたれた人間ゴミの掃除ができますしね」


  エドワード・ハーレは、熱心なイージス教の信者である。もちろん、神聖皇国側の信仰するイージス教では無い。正教会国側の信仰するイージス教の信者だ。


  人間が最も優れた種族であり、それ以外は劣等種。人間の傘下に入り、付き従うのがあるべき世界の姿だとするのが正教会国側のイージス教だ。


  また、劣等種達と共同して住む人間たちを落ちぶれた人間ゴミと言い、差別する。


 「2週間後が楽しみですよ。特大の彗星をあの国々に落とせるのですから」


  そう言って、はははと笑いながらワインを飲む。彼らは、自分達の勝利を疑ってない。


  それもそのはず、灰輝級ミスリル冒険者をまともに相手出来るのはほんのひと握りだ。そんな人材を雇える財力があの二国にあるとは、思えない。


  シズラス教会国も、かなり無理をして金を捻出したのだ。勝てなければ、大赤字では済まない。


 「約束された勝利と言うわけですか」

 「その通りです。全ては女神様の祝福によって決められた運命なのですよ。大人しく首を撥ねられるの待っていればいいものを、足掻こうとするあたり流石は劣等種。私達の手を煩わせることに関しては、一流ですよ」


  その女神に神託は下されず、宗教としての格が生まれた事はどうなのか、と仁がいれば聞いただろう。しかし、ここには自分の都合のいい解釈を持った人間しかいない。


  人は、目の前の幸福にのみにすがる生き物なのだ。


 「ようやく帰りましたか......私の機嫌を撮る事にそこまで熱心にならなくてもいいのですがね」


  しばらく使者と話し、使者は帰っていく。彼を退屈させないように毎日のように来るのは使者だが、正直毎日来られるのは鬱陶しかった。


  シズラス教会国側からすれば、今回の切り札であるエドワード・ハーレを怒らせようものなら、戦争に勝てなくなる上に下手をすれば自分達に彗星が落ちてくるのだ。


  間違っても怒らせないように全力で機嫌を撮るのは、間違ってはいないだろう。


  それが、少々裏目に出ているのは別として。


  ハーレはグラスに残ったワインを飲み干すと、散歩をしようと外に出る。


  彼に与えられた家はとても大きく、ゆっくり酔いを冷ましながら散歩できる程の大きい庭がついていた。


  日は沈みかけているが、庭を一周するまでに落ちきることは無いだろう。


 「今日も、女神様のお陰で生きていることができます。感謝を」


  この言葉が、その日のうちに裏返るとはこの時は思っていない。


  庭を歩き終え、風呂に入った後、バスローブに身を包んだハーレは一日の終わりに必ずホットワインを飲む。


  昼過ぎから飲んではいたが、やはり毎日のように飲んでいるホットワインの方が舌に馴染む。


  ぬるく喉を潤すワインを味わっていたその時だ。


  ゾワリ


  暖かいはずのワインが急激に冷える。熱いとは感じているが何故だろうか、そのワインは冷たく冷えていくように感じる。


 「な、なんだ.........」


  急いで立ち上がり、辺りを見渡す。しかし、そこには何も無い。何も無いのに、何かを感じる不気味さが、更にハーレの不安を煽る。


  全身の肌はピリ付き、背中からは尋常ではないほどの冷や汗が流れ落ちる。


  何かマズイとは感じるものの、何がマズイのかは分からないこの状況で動くのは危険と判断し、魔力を全身に纏うだけにとどめた。


 「誰かいるのか?視線は感じないのに、見られている?あぁダメだ何が何だか分からない.......」

 「シャ」


  なにかの鳴き声が聞こえた。そう思った時には、既に遅かった。


  深淵はハーレを捉え、その深淵に引きずり込まれる。


  深い淵の中に囚われたハーレは、その深淵の中で藻掻くことすら許されない。


  一切の反撃をすることなく、ハーレの心臓は止まり、その場で立った状態でこの世を去る。


  弁慶の仁王立ちのようにその場に立ったまま、33年と言う短い生涯に幕を閉じた。


  時間にして僅か0.05秒。深淵がハーレを落とし、殺した時間だ。


 「シャー」


  最後にハーレの目に映った黒い物体は、闇の中に消えていく。


  翌日。“彗星”エドワード・ハーレが死んだ事によってシズラス教会国内部は大混乱に陥るが、その死因が分からないため憶測が飛び交い続けることになり、内部分裂に繋がることになる。


  そして、その影に隠れた暗殺者は静かにその姿を隠すのだった。


 

 

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