暗殺の極意?

  仁達が買ってきたお土産を広げて食べていた頃、暗殺の命令を受けたベオークはシズラス教会国に潜伏していた。


 「シャー」

 「シャ!!シャーシャーシャーシャー!!シャシャ!!」


  既に現地で諜報活動しているもの達から今回のターゲットである、“彗星”エドワード・ハーレの情報を聞き出す。


  何故か、軍隊のように敬礼の姿勢をしたまま報告する蜘蛛を見ながら、ベオークは頭の中で暗殺のプランを考える。


  相手は人間の中で、ほんのひと握りの強者だ。厄災級の強さを持つなら別だが、自分は最上級に分類される魔物。厄災並の強さがあるとは思っていない。


  実際は、下手な厄災級よりも強いのだが、それをベオークが知るはずもない。


  少なくとも、自分達が所属する傭兵団の中ではいちばん弱い自覚があった。


(この暗殺の成功によって、今後が大きく変わるってジンが言ってた。失敗はできない)


  ベオークはあの島にいた頃、仁と花音との話を思い出していた。


  ━━━━━━━━━━━━━━━


 「は?暗殺のやり方?」

『そう。ジンはワタシを諜報兼暗殺者として使うって言ってた。暗殺のやり方は分からないから、教えて』

 「いや、教えてと言われても、俺も暗殺なんぞやった事ないけど」


  少し困り顔の仁は、花音に助けを求める。


 「花音。お前、暗殺の仕方とかわかる?」

 「んー歴史上のものなら分かるけど、そもそも手口が分かってる暗殺と同じようなことをしても意味ないよね?」


  花音の言葉に、仁もベオークも確かにと思う。


  何時、誰が、どうやって殺したのか分からないから暗殺なのだ。手口が分かっている暗殺の方法を試したところで、即バレるのがオチだろう。


 「優秀なスパイは歴史上に浮上しないのと同じか」

 「そゆこと、影の殺し屋はその尻尾を掴ませないんだよ」

『それじゃ、ワタシどうすればいい?』


  ベオークは暗殺のやり方が聞きたくて、話しかけたのに、そのやり方がバレてては意味が無いと言う。八方塞がりだ。


  すると、花音はどこからか取りだしたのか、木の棒を持って地面にこう書いた。


『暗殺の極意』


 「『なにこれ』」

 「ふっふっふ。私がベオークに教えてあげよう。策戦は自分で考えるとしても、心がけること程度は教えられるからね」


  そう言って、花音は地面に箇条書きで書いていく。


 ・情報

 ・手段

 ・証拠隠滅


 「基本的には、この三つを心がければいいんじゃないかな?」

『なんで?』

 「先ずは情報。例えば、今回のターゲットが仁だった場合で考えてみよっか」


  仁は苦い顔をするか、何も言わない。例え話とはいえ、暗殺の対象にされていい顔をする人はいないだろう。


  何か言ってやりたい気もしたが、それでは真面目に話を聞くベオークのような邪魔になってしまうと考え、黙って花音の講義に耳を傾けた。


 「ベオーク、仁について知ってることは?」

『カッコよくて優しい。でも、バカでアホで、考えているようで考え無しなことが多く、どこか抜けてる。そのせいでよく迷惑を被る。親バカでイスの事を可愛がりすぎるし、カノンが関わることになると、さらにバカになる救いようのない人』

 「その通り。ついでに女の子にはモテないけど、蜘蛛と蛇と心霊現象に異様にモテる事も付け加えておくといいよ」


  散々な言われように、仁は心の中で涙を流す。その涙が、本人がいても忖度の無い評価をしてくれる信頼関係を築けた事に涙したのか、単純に心が傷ついたのかは定かではないが。


 「さて、それでは問題です」


  デデンと効果音を自分で言いながら、花音はベオークに問題を出す。


 「一日の中で、1番仁の警戒が薄れるのは何時でしょう?」

『........寝てる時?』


  殆どの生物は、寝ている時が1番警戒心が薄まる。人間になれば尚更だ。ベオークは1番可能性の高い回答をする。


  が、花音は両手の人差し指を立てて、バツ印を作る。


 「ブブー。残念。仁は寝てる時の警戒心は強いよ。もし、仁の寝てる時に暗殺しようとしたらベオークは返り討ちだよ」

『そうなの?』

 「んー多分?実際にされたことがないからなんとも言えないけど、多分ベオークが夜中に暗殺しようとしてきても、何とか出来ると思うぞ」


  こういう時の仁は嘘をつかない。おそらく、本当に何とかできてしまうのだろう。


『じゃぁ、何時が1番警戒心が緩いの?』

 「それはね、昼ごはんを食べた後だよ。仁は暖かい日の下でお腹いっぱいになると、眠たくなるんだけど、この時は警戒心がものすごく薄まるの。ほら、グリフォンの所に羽を貰いに行った時もちょっとボーッとしてたでしょ?」

『確かにしてたかも』


  ベオークは仁達との行動を思い出す。確かに、仁は昼を食べた後、ボーッとしている事が多かったはずだ。


 「これだけで暗殺の成功率ははだいぶ変わるんだよ。後は、普段の行動時間を把握するととかね」

『朝のルーティーンとか?』

 「そうそう。仁は特にルーティーンとかはないけど、ある人にはあるから、行動を読みやすい。その人の行動パターンを読む事が、暗殺の糸口になるかもしれないからね。情報の重要性が分かった?」

『分かった。植物と一緒。知っていれば対処できるけど、知らないと死ぬ。それと同じ』

 「そゆこと。だから最初は色々な手段を使って情報を集めるんだけど、ベオークの場合は隠密に優れてるからかなりそこら辺は楽そうだね」


  そう言って、花音は箇条書きで書かれた情報の部分に線を引く。


  情報の重要性などについては、これでいいと判断したのだ。


 「次は、手段。ベオーク。仁を殺すのに何をすればいい?」

『.........ジン、何やっても死なない。どうすればいい?』

 「いや、俺も心臓が止まれば死ぬからな?人を不死身扱いするな」


  花音の質問に対して、ベオークがしょんぼりとしながら仁を人外扱いするので、思わずツッコミを入れる。


『少なくとも、ワタシの深淵を食らって生きているような奴は人間とは言わないって母様が言ってた』

 「アンスールの奴、変な知識をベオークに教えやがって.......」


  仁は頭を抱えるが事実、ベオークの深淵をまともに受けてもピンピンしている人間は、人間とは言わない。それは、人の皮を被った化け物というのだ。


 「まぁ、ベオークが仁を殺せる手段が無いよね。ならどうする?」

『他から力を借りる?それこそ、母様達の力を借りて』

 「その通り!!ちなみに1番簡単なのは、私が仁を殺すことだよ。私なら仁を殺せるしね」

『力を借りることが出来る、って言う前提条件から無理な事言わないで』


  花音に仁を殺せと言った日には、怒りを買ってベオークが死んでいるだろう。もしかしたら、死ぬことすら許されないかもしれない。


  仁を基準に考える花音は、他の人とは思考が違いすぎて読めない時が多々あるのだ。


 「俺をターゲットにするから分かりにくいんだよ。つまりアレだろ?暗殺対象を殺す手段は多く持てってことだろ?」

 「そうそう!!それが言いたかったの!!」

『は?今のそう言ってたの?全く分からなかったんだけど』

 「花音に何か説明させるのは無謀だぞ。少しは成長したかなと思って聞いてたけど、殆ど成長してねぇ」


  長年一緒にいる仁だからこそ、花音の言いたいことはわかるが、付き合いの短いベオークにそれを分かれと言うのは酷なものだ。


  それを聞いていた花音は頬を膨らませる。


 「なんで!!私ちゃんと説明できてたじゃん!!」

 「情報の大切さを伝えたのは、良かったと思うぞ?少し分かりずらかったが、意図はちゃんと伝わってた。だけど、手段についてはどう見てもダメだろ。俺をターゲットにしたせいで、伝えたいことが伝わってねぇじゃん」

 「それは仁が強すぎるから悪いの!!もっと弱くなってよ!!」

 「意味わかんねぇよ!!」


  ギャーギャーと騒ぎ始める仁との花音を見ながら、ベオークは今聞いたことを纏める。


  情報を収集し、相手の動きや弱点を探す。そして、どのような事態になっても殺れるように、手札は多く用意しておく。最後の証拠隠滅について説明がされていないが、その名の通り、証拠はなるべく残さずに殺せということだろう。


  要は狩りだ。確実に狩れるように罠を張り、油断した隙を見てその命を刈り取る。


  ベオークはそれらをきっちり覚えると、騒ぐ2人を横目に影の中に入っていく。


  この2人の言い合いに入るとろくな目に遭わないのは、既に経験済みだ。ベオークは嵐が静かみなるまで、影の中で眠るのだった。


 ━━━━━━━━━━━━━━━


 「シャー」


  まだ時間はあるのだ。ベオークは焦らずゆっくり、着実に、情報を集める。


  全ては暗殺成功の為に。仁の期待に応える為に。


  闇の中で蠢く蜘蛛たちの巣は、次第に大きくなっていき、獲物はその糸が絡み付いていることに気づかない。


  蜘蛛の牙は首元まで既に、届いている。

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