腕相撲最強決定戦

  神聖皇国を代表する灰輝級ミスリル冒険者が、まさかのロムスだということを知った俺は固まっていた。


 「ねぇ仁。ロムスって確か.......」

 「あぁそうだ。おそらくそのロムスだ。男のエルフで神聖皇国に住んでるロムスって名前のやつがもう1人居るとは思えん」


  今思い返せば、ロムスが只者ではない点は幾つもあった。


  俺が書庫に来る時、必ずと言っていい程扉を開けて視界に入る場所に居た。


  あのクソ広い書庫を歩き回っているにもかかわらず、俺が来た時だけピンポイントで扉の前にいるのはおかしいだろう。


  探知していたのだ。奴は俺が来ることを探知したから、扉の前で待っていたのだ。


  様々なものに詳しかったが、魔術に関して異様に詳しかったのはこれか。禁術は魂を消費する魔術だ。自然と魔術に関しても詳しくなるだろう。


  もうちょっとロムスについて聞きたいな。知り合いが超有名人だったのだ。どのように人々から認知されているのか知りたいのは、当然だろう。


 「なぁ、その強さを禁忌って奴がやった事の中で有名なのはあるか?」


  モヒカンにそう聞くと、モヒカンは少しは考える動作をした後話し始める。


 「よく聞くのは、たった1人、しかも一夜でゴブリンのは群れ3万を滅ぼしたことだな。3万ものゴブリンの群れともなれば、群れに上位種も沢山いただろうぜ。それこそ、ゴブリン皇帝エンペラーとかな」


  へぇ、ロムスはそんな事やってたんだな。


  モヒカンの言う通り、ゴブリン3万もの群れになると、ゴブリンの上位種がとんでもない数いただろう。それをたった1人、しかも一夜で滅ぼすのは師匠でも無理だろうな。


  俺?俺は多分行けると思うよ。一夜で出来るかどうかは、やってみないと分からないけどね。


 「そんなに強いんだな。神聖皇国を代表する冒険者の二つ名とは思えないけど」

 「それは俺も同意だな。禁忌なんて名前は神聖皇国に似合わないと思うがね。そこら辺は国が決める事だから俺達がとやかく言うものじゃないか」


  今度合った時に聞いてみよう。なぜ禁忌って二つ名にしたのか。


 「大国を代表する灰輝級ミスリル冒険者は分かったが、他には居ないのか?」

 「まだまだいるぜ。冒険者だけじゃねぇ。傭兵にだって強ぇ奴はいるからな」


  傭兵か。俺達も傭兵だ。同業者を知っておくのは大切だな。もしかしたら、金で雇われて俺達と敵対するかもしれないし、聞いておくか。


 「傭兵で1番有名なのは誰なんだ?」

 「そりゃもちろんウチの団長さ!!って言いたいが、俺達はこの国で少し名がある程度の傭兵団だからな。残念ながら世界に名は轟いちゃいねぇ。世界中に名を轟かせているのは、“狂戦士達バーサーカー”って傭兵団だ。その団長である“神突”デイズはこの世界で1番の槍使いと言われているな」

 「神突?」

 「あぁ、なんでも神速の突きを放つらしい。見たことがないから、どのぐらい早いかと言われると困るが、聞いた話だと瞬きしている間に突き終えてるそうだ」


  それは中々に早いな。人間の瞬きは大体0.2秒だ。その間に攻撃ができると言うのは、かなり速い部類に入るだろう。まぁ、その程度の速さの突きなら避けるどころか矛先を摘むことすらできるけど。


 「その傭兵団は何処かに拠点を置いてるのか?」

 「いや、奴らは“戦争ある所に狂戦士達バーサーカーあり”って言われる程の戦闘狂だ。言うなれば、戦場が拠点だな」


  ガハハハハ!!と笑いながら酒を煽るモヒカン。おいおい、そんな楽観的でいいのか?戦争あるところに狂戦士達バーサーカーありって言うなら......


 「もしかしたら、この戦争にも参加するかもな」


  俺の呟きに、ピタリと笑い声が止む。周りを見ると、皆石像のように表情が固まっていた。凄いな。人間その気になればなんでも出来るって言ってたけど、石にもなれるんだな。


 「ジンてめぇ!!せっかく考えないようにしてたのにぃぃぃ!!」


  フリーズから動き出したモヒカンが俺の肩を揺らす。モヒカンだけでは無い。昼間から飲んだくれてる駄目人間達全員が俺にも向かって怒鳴っている。


 「おいゴラァジンてめぇ!!縁起でもないこと言うんじゃねぇ!!本当に来たらどうするんだよ!!」

 「そうよそうよ!!恐ろしいこと言わないでよ!!」


  あぁ、なるべく考えないようにしてたっぽいな。そう言うネガティブな思考は、一度考え出すとど壺にハマるから。


  だからこそ、俺はコイツらを煽ってやる。


 「悪い悪い。お前ら弱いもんな。臆病風に吹かれて、最悪の事態を考えないのか。すまんすまん。いやー弱いやつの思考なんて考えたこと無かったから、つい言葉に出ちまった」


  全員の顔が面白いほど引つる。元々舐められたらお終いな職業だ。


  こういう時の煽りには、びっくりするほど耐性がない。


  案の定、モヒカンが青筋を立てながら俺の胸ぐらを掴む。


 「上等だゴラァ!!灰輝級ミスリル冒険者だろうが、狂戦士達バーサーカーだろうが、やってやろうじゃないか!!その前にジン!!テメェをぶっ飛ばす!!」

 「あははは!!やってみろよバーカ!!ギルドマスターにすら勝てないお前が俺に勝てるわけねぇだろうが!!」

 「んな事やってみなきゃ分かんねぇだろうが!!」

 「はん!!弱音を吐くような腰抜けはママのおっぱいでも吸ってるんだな!!思考の時点でお前らは俺に負けてるんだよ!!」

 「なんだと?!」


  ギャーギャー騒がしくなるギルド内は、次第に人が人を呼び、あっという間にこの街にいる傭兵達が集まる。


  俺とモヒカンは机を挟んでお互いに向き合い、肘をついて腕を組む。そう。腕相撲の準備だ。


  この世界、何故か腕相撲という文化があるのだ。トランプもあるし、ちょいちょい思ってる異世界と違う。


 「花音!!」

 「はいはい。レディー、GO!!」


  モヒカンの筋肉が膨れ上がり、俺の腕を机に這いつくばらせようとする。


  まくり挙げられた裾から見える筋肉は、毎日研磨された光り輝く努力の結晶だ。昼から飲んではいるが、しっかりも毎日鍛えているのがわかる。


  だが、それだけでは俺を倒すには足りない。


  モヒカンがかけた力と全く同じ力をかけ、その場から全く動かない。


 「.......中々やるな!!」

 「そう言うお前は弱いな。俺は本気の“ほ”の字も出てないぞ?そんなもんか?」

 「舐めるなよぉ!!」


  ゆらりと膨れ上がった魔力が、モヒカンの腕を覆う。身体強化まで使うのか。


 「オラァァァァァ!!」


  全力で俺の手の甲を机に叩きつけようとするが、その程度の身体強化では俺は倒せねぇよ。


 「んなっ.......」


  モヒカンの顔が固まる。それもそのはず。モヒカンの全力は、俺の腕を数ミリすら動かすことが出来なかった。


  これにはギャラリーも盛り上がる。


 「あのあんちゃんすげぇぞ!!全く動いてねぇ!!」

 「ばっか言え、手加減してるんだよ」

 「バカはお前だ。見ろよあいつの魔力。ありゃ本気だぜ」


  ギャーギャー騒ぐギャラリーだが、そろそろ幕引きと行こう。


 「おいモヒカン。手首痛めないように気をつけろよ?」

 「あ?俺の名前はモヒカンじゃなくてジーザ────」


  モヒカンの言葉が途中で遮られる。それもそのはず。俺がモヒカンの腕を倒した速度が早すぎて、身体が一回転して吹っ飛んだからだ。


  ちょっと強すぎたな。


  ギャラリの中に突っ込んでくモヒカンを見ながらみんなゲラゲラ笑う。


 「よーし次は俺だ!!あんちゃん勝負しろ!!」


  腕をまくりながら、筋肉ムキムキなおっさんが俺の対面に座る。


 「誰だよおっさん」

 「俺はベクターだ!!腕相撲はそこで寝転がっているモヒカンよりも強いぞ!!」

 「モヒカンじゃねぇよ!!俺の名前はジーザスだ!!」


  モヒカンがなんか言っているが、無視だ無視。


  俺は花音を見ると、好きにすれば?と肩をすくめる。イスは串焼きを食べてお腹が脹れたのか、花音の膝の上で寝ていた。こんなクソうるさい中で寝れる神経は羨ましく思う。


 「いいぜ。今日はここにいるヤツらが俺より腕相撲が弱いってことを教えてやる。かかって来よ雑魚シュヴァハ共!!そこのモヒカンと同じように、地面と熱烈なキスをさせてやるぜ!!」


  こうして、腕相撲大会が始まった。情報を聞きに来ただけなのに、どうしてこうなったのやら。まぁ、楽しいからいいか。


  3時間後、そこには果敢にも魔王に挑み返り討ちにあった勇者たちが死屍累々と転がっていた。


  厄災級にすら勝てる俺の腕力に勝てるようなやつはもちろんおらず、全員地面と熱烈なキスをすることになった。


  腕に自信がない者達は賭けを始め、花音は全部俺にベットしてかなり儲けたようだ。最後の方はかけになってなかったが。


  誰もが勝てないと絶望する中、ギルドの扉が開かれて最後の希望が登場する。


 「おいおい、どうなっているんだよこりゃ。ギルドの床に野郎共の絨毯が引かれてるじゃないか。いつからウチのギルドは踏んだら呻き声を上げる絨毯なんて買ったんだ?」


  そう言いながら、横たわる傭兵達を容赦なく踏んでいく。


  流石はギルドマスター。傭兵達の扱いが分かってる。


 「マスター!!あの悪魔を倒してくれ!!」

 「そうだそうだ!!もう俺達にはマスターしかいないんだ!!」

 「マッスッター!!マッスッター!!」


  マスターコールは次第に大きくなっていき、最後には大合唱になる。事情を知らないギルドマスターは混乱したまま席に座らされ、俺と腕を組まされる。


 「おい、どういうことだコレ」

 「腕相撲をやっててな。全員ぶっ倒して絶望してた時に、最後の勇者が現れた」

 「あぁ、何となくわかった。要は──────」


  ギルドマスターは一旦俺の手を離し、立ち上がる。


  何をするのかと思ったら、上の服を脱いで上半身裸になる。鍛え上げられたその筋肉を見せつけながら、ギルドマスターは俺にこう言った。


 「お前を腕相撲で倒せばいいわけだ」

 「「「「「うをぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」


  倒れていた勇者達は立ち上がり、最後な希望を応援する。


  腕を組み、お互いにガンを飛ばしながら開始の合図を静かに待つ。


 「それじゃ行くよー。レディー、GO!!」


  ドゴン、バキィ!!


  勝負は一瞬だった。ギルドマスターの腕は勢いよく机に叩きつけられ、机をへし折り、床にめり込む。


 「「「「「........」」」」」


  呆気なさすぎる結末に、全員口を開けていた。空いた口は塞がらないらしい。


 「勝者。まお〜」


  花音がホクホク顔で勝利宣言をする。今の賭けでさらに儲けたようだ。


  その後机の修理代、酒場の全員に奢ったからちょっとプラスになった程度だけどね。

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