酒の恨みは怖い
今日も今日とて情報精査をしていると、少し気になるものが目に入る。
「シズラス教会国が、
停戦協定が破棄されるまであと1ヶ月。戦争がどのように動くのか気になっていたため、こういう情報はよく目を通していた。
俺のつぶやきが聞こえたのか、花音が俺の持っている資料を見ようと乗り出してくる。
「へぇ、
「さぁな。神聖皇国を出ていく前に調べようとは思ってたんだけどな。時間が無くて殆ど調べられてない。名前も実力も、そいつの戦い方も分からん。言われているのは、最上級魔物を1人で倒せるなら
俺達の計画を実行すると、間違いなく
そのせいで、この名前を見てもピンと来ない。
「『彗星』エドワード・ハーレ。これだけじゃなんとも言えないな」
「そうだね。さっぱりだよ。ひとつ言えるのは、彗星が関係していることかな?」
「多分な」
この“彗星”と言うのは、このエドワード・ハーレさんの二つ名だ。基本的には、その人の象徴する何かが二つ名になる事が多い。
「彗星ねぇ。なんかリンドブルムと似た感じの異能を持ってるんじゃないか?」
「彗星を落とすの?」
「規模は違えど、そんな感じだろ。と言うか、それ以外思いつかん」
このエドワードさんが使う力は、実際に見ないとなんとも言えない。それはいいとして、これは少しまずいのでは無いのだろうか。
「おい、アゼル共和国とジャバル連合国に
俺が調べた限りでは、対抗できるような強さを持つやつは居なかったはずだ。
「いるじゃん」
「え?どこに?」
「ここに」
花音はそう言って俺を指さす。
「いや俺達はこの戦争参加しないぞ?流石に目立ちすぎるから」
ヴァンア王国の時は、認知されていない過去の遺物だったからドンパチやっただけで、表立って動いている訳では無い。
こんな人の目が沢山ある戦争には、参加するつもりは微塵も無いのだ。
それに、参加しようとしてもアッガス辺りが絶対止めに来る。アイツらは、若いのが戦争に参加するのを良しとしない。俺たちの場合は、イスがいるから尚更だ。
「でも、仁や私以外に
確かにその通りだが、それでは俺達が目立ってしまう。
「と言うか団長殿。別にどちらが勝っても我らには問題ないのではないのか?」
俺達の話を聞いていたストリゴイが、会話の中に入ってくる。
分かってないなストリゴイの奴。俺たちにとって、シズラス教会国が勝つのは百害あって一利なしだぞ。
「お前の好きな出来たてパン。食えなくなるかもしれないが、それでもいいのか?あそこの店主は獣人だから」
「それは困る!!今すぐそのエドモンドとやらを殺しに行くぞ!!」
見事なまでの手のひら返しである。あとエドモンドじゃなくて、エドワードね。
ストリゴイの好きなパンというのは、バルサルにあるこじんまりとしたパン屋で売ってる“出来たてパン”というパンだ。
その名の通り出来たてで、熱々ホクホクなパンである。小麦の味がしっかりと出ており、肉汁と合わせて食べると別格な美味しさになるのだ。
ヴァンア王国を滅ぼした後、ちょいちょいバルサルに行ってはこういう美味しい料理を探している。持って帰れるものは、みんなにお土産として買っていくのだ。
店主はモデルリスの獣人で、40過ぎのおばちゃんだ。丁寧な接客をしてくれるので、買い物をしていて気分がいい。
「教会国が勝った場合、まず間違いなく全土併合させられる。大国はともかく、中小国は併合した方のメリットの方が多いからな」
「そして、併合されれば人間至上主義のシズラス教会国は間違いなく獣人や亜人を奴隷にするって訳だね」
「そういう事だ。そうなれば、あのパン屋のおばちゃんはパンを焼けないし、スンダルが気に入ってる酒は二度と飲めなくなるな」
ピクリとスンダルが反応する。スンダルはこう見えても豪酒だ。祝勝会を開いた時も、1人だけえげつない量の酒を飲んでいた。大樽を3つも空にするとか化け物かよ。後で知ったのだが、その酒のアルコール度数は58もあるらしい。
「あのお酒も飲めなくなるの?」
ギギギギギと効果音が聞こえそうな振り向き方をしながら、こちらを向く。目がギンギンに見開かれてて、ちょっとホラーだ。怖い。
「飲めなくなるぞ。あそこの店主エルフだし」
俺がそう言うと、スンダルは持っていた資料を置いてゆっくりと立ち上がる。その手は鉤爪のようになっており、力が篭っているのがわかる。
「団長、ちょっと行ってくるわ」
「ヲイ待て。どこに行こうとしてる?」
「そのシズラス教会国とやらを消してくるわ。大丈夫よ。すぐに終わるわ」
「待て待て待て待て!!」
そう言って、本当に部屋を出ていこうとするスンダルを引き止める。
コイツ、ネタじゃなくて本気でやろうとしてたぞ。恐ろしいわ。
「何?団長。止めないでもらえる?お酒が私を待ってるの」
「落ち着けアル中。お前が殺らなくても手はあるから落ち着いてくれ頼む」
「ダメよ。この世の癌は今すぐ取り除かなきゃ。そうよねストリゴイ?」
スンダルが微笑みながら、ストリゴイに同意を求める。その微笑みはこう言っている“お前、同意しなかったら分かってるだろうな?”と。
「そ、そうだナ。ウン。この世の癌は早めに取り除いた方がいいな」
やはり、尻に敷かれてる旦那は頼りにならん。少しぐらい粘ってくれてもいいのに。
俺は頼みの綱の花音に助けを求める。花音ならスンダルを止めてくれるはずだ。
「おい花音!!このアル中を何とかしてくれ!!」
「スーちゃん。まだ時間はあるんだから、そんなに急がなくてもいいんじゃない?殺るのは確定だとしても」
「あら、ならカノンは団長に危機が迫ってるからって傍観するのかしら?私にとってお酒はそれほどの物なのよ?」
「それが仁の為になるのなら、私は手を出さないよ?それが例え、強大な者達とやり合うことになっても」
「へぇ..........」
不穏な空気が部屋の中に漂う。俺もストリゴイも、その様子をただ黙って見ているだけだった。
スンダルは溜め息をつくと、自分の席に戻る。
「.......分かったわ。今は大人しくしておきましょう。けど団長、癌は確実に取り除いて下さいね」
「あ、はい。分かりました」
何とかアル中を止めることは出来たが、これは確実にエドワードさんを殺さないと俺が殺されるだろう。食べ物(酒)の恨みは怖いのだ。
手は既に思いついている。やる事はスンダルとさほど変わりない。
暗殺だ。
スンダルが単独で乗り込むのは目立つが、うちのメンバーには目立たずに相手を殺すことの出来る奴がいるではないか。
厄災級では無いが、それに準ずる力を持った最強の暗殺者が。
「話、聞いてたよな?ベオーク」
俺の影からベオークが顔を出す。
『聞いてた。ワタシに暗殺してこいって言うんでしょ?』
「話が早いな。できるか?」
『下準備をしっかりとすれば、余裕だと思う』
頼もしい限りだ。俺は早速命令を出す。
「OKだ。なら、戦争がはじまる前に
『分かってる。油断は一切せずに確実に殺してくる』
「頼んだぞ。俺の命もかかってるから」
「シャー!!」
ベオークは敬礼をした後、影の中に入っていく。ちょっとポンコツなところはあるが、同じ最上級魔物を相手取っても余裕で勝てるような強さを持っているのだ。
彼女は間違いなく、暗殺を成功させてくれるだろう。
「これでいいか?スンダル」
「えぇ、ベオークなら完璧にやってくれるわ。あの子は強いもの。
スンダルがそこまで言うなら、おそらく大丈夫だろう。
スンダルは実際に、
その強さを知っているスンダルが大丈夫だと言うなら、大丈夫だろう。
俺は、シズラス教会国に向かったベオークに向かって、ポツリと呟いた。
「気張りすぎてから回るなよ」
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