動き始めた世界

情報は魚。鮮度が1番

  ヴァンア王国を滅ぼしてから1ヶ月。俺達は特にやることもなく、のんびりとその日その日を過ごしていた。


  吸血鬼共から奪った金品はかなりのもので、今後一切働かなくても豪遊できるぐらいの金がある。


  そりゃ、国家予算を丸々パクったようなものだから、結構いい金額になるよね。途中で金の枚数を数えるのに飽きて、正確な金額はわかってないけど。


  それらの金は、宮殿の地下に保管してある。ドッペルに頼んだら、地下倉庫を作ってくれた。


  食料も十分にある。保存が効きずらいものは早めに食べてしまったが、それでも十分な蓄えがある。流石に全部がマジックポーチに入る訳がないので、こちらも地下に冷蔵庫を作った。


  ドッペルとベオークの子供達が穴を掘り、イスがその地下全体を凍らせる。後は、直接地面に置かないようにアンスールが作った敷物を敷いて完成だ。


  イスの作った氷は、イスが任意で解除しない限り溶けることは無い。これこそ最強の冷蔵庫だ。電力も使うことなく、世界に優しい冷蔵庫だろう。


  のんびりと過ごしてはいるが、もちろんやることはやっている。


 「........まだあんの?」

『まだまだある』

 

  俺は今、宮殿内にある執務室のような作りをした部屋で、ベオーク達が持ってきた報告書に目を通していた。


  机の上には山のように紙束が置かれ、それを1枚1枚確認しながら必要なものと不必要なものに分けていく。


  とてもでは無いが、一人でやる量ではない。花音と吸血鬼夫婦にも手伝って貰ってるのだが、それでも終わらない。


  先程、特にやることもなく、のんびりと過ごしていると言ったが、ちょっと違うな。やる事あるし、のんびりともできてはいないわ。

 

  ベオーク達に集めさせている情報は、ここら周辺の国の情勢だ。何万といるベオークの子供達が、それぞれの国で情報を集め、それを俺の所まで持ってきてくれる。


  それはいいのだが、その量が半端ではない。手当り次第情報を集めて来るものだから、本当に必要ない情報も多くあるのだ。ご近所さんの噂話とか俺に報告してどうしろって言うんだ。


  もう少し精査してからまとめて欲しいが、どうやら彼等には何が必要で何が不必要な情報か分かっていないようだった。


  優秀だが、ポンコツな蜘蛛たちだ。そこが可愛いところではあるが、流石に毎日この量を捌くのはキツイ。


  1回、拠点に滞在していた蜘蛛達にも情報精査をさせたことがあるのだが、彼らも必要な情報と不必要な情報の区別が着いていなかった。


  ここら辺は、国を持たない魔物と人間で価値観の違いがあるかもしれない。事実、国を作っていた吸血鬼夫婦は完璧に情報精査をしてくれている。


 「人が欲しい......出来れば情報をちゃんと精査できる人達が」

 「それは我も賛成だが、どうやって雇うのだ?」

 「冒険者ギルド辺りに依頼を出すとかやった日には、戦争待ったなしだろうな」


  一国を単独で滅ぼせる存在達が、こんなに集まっているのだ。只事ではない。


  俺達は、気軽に人を呼べるような組織では無いのだ。


 「拉致って無理やりやらせる?」

 「それは最終手段だろ。しかも、知識のある奴らって上級階級の奴らが多いから、急に消えたら騒ぎになるぞ」


  この世界の識字率はある程度高いが、情報を精査できる者となると、ほんのひと握りだ。


 「理想は従順で最低限の仕事が出来る、急に消えても問題ない人だな」

 「いないでしょそんな人。いたとしても、絶対面倒事抱えてるよ」

 「だろうな」


  そんな事を言いながらも、俺達は着々と情報を精査する。その後2時間ほどやったが、減ったのは全体の10分の1程度だった。やっぱり何処かで人を雇わないとな......


  仕事を終えたあとは、体を軽く動かす。固まった体を解すために、花音と組手をするのだ。


  軽くストレッチをすると、ボキボキとあちこちで骨が鳴る。結構気持ちいいが、これ体に悪いとか聞くんだけどどうなのだろうか。実際に調べたことないから知らんけど。


 「それじゃ、いくよー」

 「おーう」


  お互いに準備運動を終えると、ゆっくりと構える。花音は右腕は突き出し、左腕を顔の横に持ってくる構えだ。


  対する俺は自然体で迎え撃つ。


  先に動いたのは花音だ。1歩で間合いを詰めると、右のジャブを放ってくる。


  顎を狙った的確な一撃だ。喰らえば脳震盪を起こし、まともに立っていられないだろう。


  俺は花音の右ジャブが顎に到達するよりも早く、花音の鳩尾に掌底を叩き込む。


 「.......ッ!!」


  咄嗟に左のガードが間に合ったものの、花音は大きく体勢を崩した。


  そして、俺はそれを見逃さない。


  打ち切った左腕の掌底を戻す際に、花音の右腕を掴んで引っ張る。


  きちんと踏んばれば簡単に耐えることの出来る引きだが、体勢を崩していた花音は地面を捉えることができなかった。


 「こんのぉ!!」


  引き寄せられた花音は、俺からの攻撃が来るよりも先に、攻撃しようと考えたようで、左手の拳を固めて俺に向かって放つ。


  俺はそれを待っていた。この状況に追い込まれた花音なら、間違いなくこうすると分かっていた。長年付き合っていると、癖や思考は分かるようになるのだ。


  俺は花音を引いた手を離し、迫り来る左拳を避け、背負い投げをする。


  あまりの勢いに、少し字面が陥没した。


 「1本。今日は俺の勝ちだな」

 「うにゅ......これで12勝13敗。負け越したー!!」

 「あはははは!!勝ち越しだ!!この調子で勝利数を伸ばすとするか」

 「明日は負けないんだからね!!」

 「その意気込みがから回ることを期待しているよ」

 「パパ!!ママ!!」


  悔しがる花音を笑っていると、イスが俺に飛びついてくる。俺はイスを受け止めると、高い高いをしてあげた。


  まぁ、空を飛べるドラゴンに高い高いしたところで意味があるのかという話だが、本人は喜んでいるので良しとしよう。


 「どうしたんだイス?」

 「遊んで!!」


  屈託ない笑顔で、元気よくおねだりをするイスを見て、俺も花音も笑顔になる。


  なんだこの可愛い生物は。見てるだけで癒されるぞ。


 「何して遊ぶんだ?」

 「鬼ごっこするの!!アンスールとメデューサはOKしてくれたよ!!」


  イスの後ろにいた2人を見ると、頷いている。2人とも参加するんだな。


  一応他に居ないか聞いてみるか。


 「おーい!!鬼ごっこやる奴他にいるかー?!」

 「ア、ワタシやりマス」


  後ろからドッペルが参加を表明してくる。珍しい。普段は全くこういうのは参加しないのに。


 「珍しいな」

 「イヤハヤ、たまにはワタシも身体を動かしタイのですヨ。暇ですシ」

 「そんなに暇なら、俺達の仕事を手伝ってくれてもいいんだぜ?」

 「ソレハ遠慮しておきマス。ワタシは魔道具作り頑張るノデ、勘弁してくだサイ」


  即答かよ。もう少し考えてくれてもいいのよ?まぁ、ドッペルが作ってくれる魔道具は、便利なものが多い。出来れば、自動で情報精査してくれる魔道具を作ってくれませんかねぇ。


 「ゴルゥ」

 「ガル!!」

 「「「グルゥ」」」

 「ん?お前達もやるのか。今日は多いな」


  犬ころ3人組は、普段結界内に侵入者がいないかの警備をしてもらっている。鼻が効く彼らだからこそ、出来る仕事だ。


  今日の見回りは終わって、恐らく今はヨルムンガンド辺りが見回りをやっているんだろうな。


  ちなみに、吸血鬼夫婦は参加しなかった。そりゃ、ほぼ毎日のように遊んであげれるほど若くないもんな。ゆっくり休んでくれ。


  というわけで始まりました。人外鬼ごっこ。最初の鬼はアンスールだ。


 「1分数えるから逃げてちょうだい」


  いーちと数え始めたアンスールに、全員背を向けて走り出す。


  その速度は、最早鬼ごっこで出す速度ではない。更に全員遊びだとしても本気でやる為、探知も全力で張った上に気配を完全に消している。


  鬼ごっこと言うよりかは、どこかの軍隊の特殊訓練と言った方が納得できそうだ。


  1分がすぎた頃、アンスールが動き出す。


  鬼ごっこで逃げれる範囲は、ウロボロスの張った結界内だ。アンスールがその気になれば、数分で結界内に巣を作れる。


  この鬼ごっこは、異能などを使う事を禁止していない。もちろんやりすぎはダメだが、アンスールは間違いなく巣を作るだろう。


  そして数分もすれば、巣が出来上がる。コレで俺達逃げは側の動きは制限された。糸に触れずに動くのは中々至難の業だ。


  案の定、巣の中を歩きなれていないフェンリルが糸に引っかかったようだ。


  アンスールの気配が、ものすごい勢いで移動している。


  対するフェンリルは、糸を切って逃げる。その際に身体に風を纏って糸をあちこち斬りまくっているようだ。


  糸だけを的確に切っているのは流石だ。これだと足の速さとアンスールの距離の詰め方によるな。


  右へ左へ揺さぶりをかけながら逃げるフェンリルと、それを最短で追いかけるアンスール。


  勝負は割とすんなり着いた。あっという間にフェンリルガル捕まり鬼になる。やはり、経験値が違うのか、追いかけるアンスールはとても早く、無駄がなかった。


  対するフェンリルは揺さぶりをかけていたようだが、後ろに集中するあまり、速度が少し落ちていた。


  この鬼ごっこは、鬼が増える形式だ。アンスールとフェンリルが鬼となり、俺たちを追いかける。


  結局、最後の一人が捕まるまで鬼ごっこは続いたのだった。

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