動き出した悪魔達

  かつて、世界を支配していた大魔王アザトース。勇者ナハトによって封印された大魔王だが、彼が作り出した72柱の悪魔達は封印されることはなく、この世界の裏で着々と主人の復活の準備をしていた。


 「あと1年だ。そろそろ俺達も動き出す頃だな」

 「そうだとも。それより、女神が勇者とやらを召喚したそうだが、情報は集まったのか?」

 「あぁ。2年もあればある程度は調べがつく」


  悪魔の1人が机の上に書類を広げる。そこには異世界召喚された、仁のクラスメイト達の情報が乗っていた。


 「このコウジって奴が、以前魔王様を封印した異能と同じ異能を使っているらしい」

 「忌々しき勇者ナハトか........」


  主人を傷つけ、2500年もの間封印した張本人だ。すでに寿命で死んでいるが、それでも恨みは晴れることは無い。


 「そう怖い顔をするな。人間共はこの2500年で随分平和になった。お陰で昔のような化け物は少ない

 .......いない訳じゃないがな」


  そう言って情報を集めた悪魔は、2枚の資料を取り出す。


 「注意するべきなのはコイツらだ。シュナという女とリュウジって言う男だな」


  悪魔はまず、シュナの資料を指さして情報を話し始める。


 「コイツは要注意だ。なんてったって七大天使グレゴリウスの1人だ」

 「なんだと?!それは本当か!!」


  資料を見ていた悪魔の1人が、身を乗り出して叫ぶ。


  彼らにとって注意するべきなのは、何も異世界から召喚された勇者たちだけではない。この世界にいる女神の信徒達は、全て警戒するべき対象だ。


 「間違い無い。今は恐らく、魔王様を倒す為の使命を背負っているから連中は動いてないんだろうな。奴らに組まれると厄介だが、幸い日和見主義者達だ。自分達は女神の使徒だとして見下ろすのが好きだからな」

 「ならばよいが、手を組まれると我々ではどうしようもないぞ」

 「先程も言ったが、奴らは日和見主義者だ。よっぽどの事がないと動かないさ。その前に殺っちまえ。まだはしていないようだし」

 「番号は?」

 「四番だ。いちばん厄介な三番じゃないだけマシだ。それよりもこっちの方がヤバい」


  そう言って悪魔は、もう1人の方の資料を指さす。


 「リュウジって男か。そんなに危険なのか?」

 「危険ってもんじゃねぇ。コイツはだ」


  その言葉を聞いた悪魔は、顎が外れるのではないかと言うほど大きく口を開ける。


 「マジ?」

 「マジ」


  出来れば冗談であって欲しいが、こういう場で冗談を言うような奴ではないと知っている。つまり、この情報は事実なのだ。


 「まだの相手をしている方が楽だと言うのに......そもそも、たった二年で超越者になれるものなのか?」

 「調べたところによると、コイツは相当無理をしていたようだな。俺達悪魔ですらやらねぇよって事を平然とやって死にかけてる」

 「例えば?」

 「黒龍ブラックドラゴンの巣に1人で特攻」

 「アホかそいつは。寧ろよく死にかけただけで済んだな。吾輩がやったら間違いなく黒龍やつらの胃の中だ」

 「奇遇だな。俺もそう思う。まぁ、超越者なんてそんなもんだろ。頭のネジが外れてなきゃ、人智を超越することなんて出来ないのかもな」


  自分達の理解に及ばないと首を振る。少なくとも自分は、黒龍ブラックドラゴンの群れに特攻しようという思考にすらならない。それが例え強くなるためだとしてもだ。


  それを思いつき、実行出来る龍二は異常とも言えた。ある意味、勇者よりも天使よりも恐ろしい存在かもしれない。


 「その二人以外は、特に注意するべき点はないのだな?」

 「召喚した勇者だけでいえばあと二人いるらしいが、俺が実際集めた情報じゃないから信憑性には欠けるぞ」


  そう言って悪魔は、さらに2つの資料を広げる。そこには、仁と花音の情報が書かれていた。


 「1番ヤバいらしいのはこのジンって男だ。コイツはだな」

 「ほう?逸脱者か。力は?」

 「詳しくは分からなかったらしいが、なんでも天秤を動かすらしい」


  流石にそれだけでは分からない。悪魔は、顔をしかめる。


 「もう少し無いのか?」

 「俺に言うな。情報を渡してきた本人に言え......ただ、色々と不自然なんだよ」

 「何がだ?」

 「俺が調べていない以上、情報の裏は取るんだけどよ、こいつ、死んでるんだよ」

 「は?」


  要注意人物が死んでいる。死んでいるのに、今後自分達に仇を成す要注意人物という矛盾が生まれていた。


 「な?そうなるだろ?俺もおかしいと思って色々と調べたんだがよ。結局、何も見つからなかった。もう1人のカノンって女は失踪してる。この男が死んでから、その日のうちに消えてるな」

 「なんだ?その男が彼氏で、死んだことによる乱心か?」

 「かもな。実際かなり仲は良かったらしい。それこそ熟年の夫婦みたいにな」

 「へぇ、ところで、その情報を流したのは誰だ?」

 「魔女だよ。いつもいつも何処からこんな情報を引っ張ってくるのやら.......その殆どは正確なんだが、今回ばかりはちょっと疑わざるを得ないな」

 「吾輩、あまり魔女は好きでは無い。例え魔王様の命令であってもな」


  大魔王が封印される少し前、悪魔達はある事を言われていた。“魔女と協力し合え。決して逆らうな”と。


  自分達が敬愛する大魔王の言葉だから聞くものの、得体の知れないその魔女と協力し合うのは中々難しかった。


  今でもその垣根は残っており、大半の悪魔達は魔女の事をあまりよく思っていない。


  だが、その魔女が優秀なのは事実である為、表立って何か言うことも出来ないのでこうして本人のいない所で少し悪口を言う程度だ。


 「それは俺も同じさ。情報収集能力は認めるが、俺は奴を仲間だと思ったことは無いね。正直不気味だ」

 「それで?このカノンという女は何のだ?失踪という事は、生きておるかもしれないのだろ?」

 「コイツも逸脱者だそうだ。鎖を使う異能を持ってるらしい」

 「もう超越者と逸脱者のオンパレードだな。吾輩目眩がしてきたぞ」


  頭を抱えながら資料を見つめる。いずれは、やり合わなければならない者達だ。弱い方がいいに決まっている。


 「そう言うなよ。向こうだって命かかってるんだ。それだけ必死になるだろうさ。それに、必ずしも正面から戦う必要はないんだ。そのために2500年も準備したんだろ?」

 「そうであるな。まずは、奴らを消すとしよう。かつては吾輩達側についていたが、今回は断った。価値無き森の民達をな」


  悪魔達は動き出す。しかしこの時、彼らがもっとしっかりと情報に目を通していれば最悪の事態は免れただろう。


  仁の資料の最後にこう書かれていた。“敵対だけは絶対にするな”と。





これにて第一部2章はおしまいです。

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