死の十字架を背負おうとも

  ヴァンア王国を囲む山の1つ。街全体を見渡せる頂上で仕事を終えた俺たちは、主役の帰還を待っていた。


 「それにしても絶景だな。世界の地獄絵図100選に乗れるぐらい絶景だ」

 「燃え盛る炎に凍り付いた世界。幻想的だねー。吸血鬼の死体がなければだけど」


  待っている間は暇なので、花音と話しながら時間を潰す。イスはアンスールと遊んでいるので、放っておこう。


  さっき、いっぱい褒めておいたからな。


  しばらく待つと、2人の吸血鬼が空を飛んでこちらにやってくる。ストリゴイとスンダルだ。


  2人とも目立った傷は無さそうなので、復讐は問題なく成功したのだろう。


  ただ、その顔は対照的だった。


  スッキリとした顔をするスンダルと、少し難しい顔をするストリゴイ。復讐を遂げて2人とも何か思うことはあったのだろう。


  2人は俺たちを見つけると、その場所に降りてくる。


 「済まない。待たせたな」

 「言うほど待っていないさ。それより、ちゃんと目標は殺せたのか?」

 「あぁ、問題なかった」


  そう言うと、ストリゴイは頭を下げる。スンダルも釣られて頭を下げた。


 「我の我儘を聞いてもらい感謝している。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう団長」

 「私からも、ありがとね。団長さん」


  普段は頭を下げるような事をしない2人が、頭を下げているのを見るのは中々に新鮮だ。少し驚きつつも、俺は2人の頭を上げさせる。


 「ま、色々とここは条件が良かったからな。別にお前たちのためだけじゃない。そこまで恩に感じなくていいぞ」

 「そうだよ。最終的には私達の我儘に付き合ってもらうんだから、お互い様だよ」


  俺達だって二人と同じような事をするのだ。花音の言う通りお互い様だろう。


  俺は振り返り、こちらを見ているメンバー全員に聞こえるように大きな声で叫んだ。


 「さて諸君!!これにて前哨戦は終わりだ!!誰一人として欠けることなく、怪我することなく終わってくれて心から良かったと思う!!では帰ろうではないか!!凱旋だ!!」

 「「「「「おおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」


  勝利の咆哮が空に響き渡る。


  こうして、初めての戦争。ヴァンア王国前哨戦は幕を下ろしたのだった。


  その帰り道、俺は出番のなかったファフニールの愚痴を聞かされるのはまた別の話。


  拠点へ戻ると日は傾いており、夕闇が空を黒く染め始める。


 「お、帰ってきたか。どうだったのだ団長殿。初めての戦は」


  帰ると早々に留守番組が出迎えてくれる。


 「大勝利だよ。そもそも負ける要素がなかったけど。誰一人、大きな怪我もなくて良かったよ」


  元々、一国を単独で相手取っても勝てるような化け物達だ。そんな化け物達が11体も来たら、過剰戦力所ではない。


 「アタシなら一撃で消せるんだけどなー」

 「お主は黙っておれ、リンドブルム。お主の一撃は目立ち過ぎるから今回の戦を外されたのだろう?」

 「あ?そう言うジジィは便利な能力の癖に今回の作戦から外されてたな?あぁ、悪い悪い。実力不足だったのか」

 「ほざくなよ小娘が。ここで貴様をこの世から消しても良いのだぞ?」

 「やってみろよ老いぼれ。そのムカつく顔面をぶっ潰してやるよ」


  いつものように言い合いが始まってしまったので、俺はこの2人を放っておく。いつも言い合いだけで終わるので、放置で構わない。


 「お疲れ様デシタ。帰ってキテ早々ですガ、私の力作が完成シタので、見てくれまセンカ?」


  ドッペルが話しかけてくる。確か、ヴェルサイユ宮殿を作ってたなコイツ。しかも滅茶苦茶クオリティの高い。


 「OK見てやるよ。おーい!!新しい家(?)見たいやついるかー?」


  俺は戦闘組に声をかける。どうせ見るなら一緒の方がいいだろう。そっちの方が楽しそうだし。


 「行くー」

 「パパ!!私も行くの!!」

 「あら。私も行こうかしらね」

 「HeyHey!!私も行きマース!!」

 「我も気になるな」

 「そうね。私も行きましょう」


  というわけで、俺以外にも6名追加でドッペルの力作を見に行く。


  あ、もちろんベオークも着いてきている。コイツの家は俺の影の中だからな。


  ドッペルにつられて見に行くと、そこには最早ヴェルサイユ宮殿を超えたヴェルサイユ宮殿があった。


  本家のような色華やかさはないが、木の色だけでここまで再現できるのは最早本家を超えている。


  何がすごいって、素材が木ということ以外は俺が伝えた通りなのだ。


  まぁ、そのせいで少し違ってる場所もあるが、それはしょうがない。


 「中を案内しまショウ」


  中に入っていくドッペルについて行くと、そのには何故か木で作られた像がある。しかも、その見た目はどこからどう見ても俺だ。は?なんで?


 「おい、ドッペル。なんで俺の像があるんだよ。廃棄しろ今すぐに!!」

 「ナゼと言われテモ、コノ宮殿の主は団長なのデスから、ソレヲわかりやすくしようカト.......」

 「んな気遣い要らねぇよ!!俺は俺を飾って喜ぶような、ナルシストじゃねぇんだよ!!」

 「えーよくできてるじゃん。それだけみんな仁のことが好きって事なんだからいいんじゃない?」

 「勘弁してくれ。俺は『我が生涯の物語』を書くジャコモ・カサノヴァのように自分に酔いしれる精神は持ってないんだ」


  よく漫画で、自分の銅像が勝手に作られてて頭を抱えるシーンがあったりするが、その気持ちが今ならわかる気がする。恥ずかしいってレベルじゃねーぞ。


  結局、俺一人の抵抗だけではどうにも出来ず、そのまま飾られることになった。ちくしょう民主主義め。こういう時だけ多数決で決めやがって。


  その後も建物の中を案内された。正直、こんなに部屋あっても使わねぇよ、と言うぐらい部屋の数が尋常じゃないほどあること以外は、普通だった。


 「ココが最後の部屋デス。ココは教会をイメージして作りまシタ」


  そう言って開かれた扉の向こうには、確かに教会のようになっている。


  長椅子が規則正しく並び、その先には俺達揺レ動ク者グングニルを表す逆ケルト十字が飾られていた。


 「これはいいな。別に神に祈る訳じゃないけど、なんか落ち着く」

 「そう言って貰えルト、嬉しいデスね。頑張った甲斐がアリマス」


  これから何も考えずにゆっくりしたい時は、ここを使わせてもらおう。


  静かにのんびり出来そうだ。


  さて、ドッペルとベオークの子供達が作り上げた力作を見終えたあとは、祝勝会だ。


  吸血鬼の国からは、金品以外に食料や酒などもかっぱらってきている。今日は存分に食って飲むつもりだ。


  幸い、雨が降るような天気ではない。宮殿の目の前で、焚き火をしながらどんちゃん騒ぎをするとしよう。


  準備を整えたら、団長である俺が音頭を取る。正直、今回の主役は俺では無いので、吸血鬼夫婦にやってもらいたかったのだが、2人は断ったので俺がやることに。

 

 「えー長々しい挨拶は抜きにして、今日は我々の勝利を祝いましょう。食って飲んで好きに騒いでください。ただし!!ウロボロスの結界をぶち壊すような真似をしたら、ぶっ飛ばすからな?!それでは乾杯!!」

 「「「「「乾杯!!」」」」」


  掲げられた木のコップが、互いにぶつかり合う。体がデカい奴らはコッブを持つことは出来ないので、酒と入った大樽だ。


  ちなみに俺はアポンのジュースである。締まらないが、酒は飲まない主義だ。


  長机に並べられた料理を次々に口に運ぶ。そこに行儀良さなどなく、取り合ったり、食べさせあったりして思い思いに騒ぐ。


  そんな中、ストリゴイはコップを持ったまま、燃える焚き火を座ってじっと見ているのに気づいた。その顔はどこか暗い。


  彼は今日の主役なのだ。暗い顔されていては、せっかくの宴会は冷めてしまう。


 「騒がないのか?」


  俺はストリゴイの横に座ると、話しかける。ストリゴイは俺を少し横目に見たあと、コップに視線を落としながらポツポツと話し始めた。


 「我はどこで間違えたのかと思ってな。復讐自体は別にやってよかったと思っているのだ。だが、こうなる前になにかしていればと思うと.......な。我が眷属達も、同胞たちも死ななかったのでは?と思ってしまう」


  俺はストリゴイのコップの中を見る。アルコールの匂い。あぁ、これは悪い方向に酒が入ってますわ。セッティングされてない時に大麻を吸った人のようになってやがる。


 「それで?答えは見つかったのか?」

 「否。見つからぬ。なぁ団長殿。我はどうすればよかったのだろうな」

 「知らねぇよ」


  俺はノータイムでバッサリと言い切る。ストリゴイが、“え?”と言うような顔をしてこちらを見ているが、事実だ。その時どうすればよかったの結果論など俺は知らん。


 「........そこは嘘でも何か言うべきでは無いのか?」

 「そんなこと言って何になる?慰めて欲しいなら嫁さんに泣きつけ。野郎を慰めても俺に得はねぇよ。ただ──────」


  俺はここで一旦間を置く。ヨシヨシと慰めたりはしないが、俺の考えだけ勝手に言わせてもらうとしよう。


 「ただ、その選択はお前がしたんだろ?なら胸を張れ。例え、死の十字架を背負うことになっても、前を向いて胸張って歩くんだよ。それが出来りゃ、お前は英雄ヒーローだ。血肉となった屍達が拍手でお前を送り出してくれるさ」

 「中々難しいことを言う。それが出来たら苦労はしないぞ」

 「ならお前はそこまでだ。お前の下に積み上がった屍を、審判のラッパが吹かれるその時まで見てるといい。別にそれを俺は止めたりしないさ。それが自分てめーの選択なんだからな」


  外野が何を言ったところで、結局は自分の問題だ。解決するのは自分自身。俺がこれ以上とやかく言うのは野暮になる。


 「悩むのは知能あるものの特権だ。だが、悩みすぎは毒になるぜ。今日は祝勝会なんだ。祝い事の顔をしなきゃな!!」


  俺はニカッと笑ってコップを突き出す。


  ストリゴイは少し笑うと、コツンと軽くコップを当てる。


 「「乾杯」」


  グイッと煽ったジュースは、先程飲んだ時より甘い気がした。

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