ヴァンア王国前哨戦⑧
スンダルとモルモが不毛な争いを繰り広げていた頃、ストリゴイとクドラクはお互いに戦闘態勢に入っていた。
彼らはモルモやスンダルの様な不毛な争いを繰り広げることは無く、男らしく拳で語り合うようだ。
ストリゴイとクドラクはお互いに背を向けると、そこからゆっくり歩き出す。
西部劇の決闘の如く、10歩目に振り返っての早撃ちだ。それが戦いの合図になる。
2歩3歩とゆっくり進んでいく。
お互いに歩数を進んでいくめる度に魔力が練りあがっていき、1歩を踏み出すごとに地面にヒビが入る。
10歩目、クドラクは練りあがった魔力の風船に針を刺す。弾けた魔力は、黒い弾となってストリゴイを襲う。
対するストリゴイは、銃を撃つのではなく弾丸を受け止める選択をした。
「沈むがいい。
ストリゴイの足元から、赤黒い血が溢れ出る。意志を持った黒血は、クドラクが放った弾丸を容易く受け止めた。
クドラクはそれを予想していたかのように、動き出す。
「闇よ。我が破片となりて敵を噛み砕け!!
クドラクの詠唱が終わると同時に、クドラクと全く同じ格好をした闇が幾つも作られる。
その全てが自動で敵を襲い、喰らい尽くす狩人。死を恐れることはなく、犠牲を出してで確実に仕留めに来る。
「ふむ。腕は鈍っていないようだな」
「当たり前だ!!」
何十体と襲いかかる闇を、ストリゴイは黒血を使いながら上手く捌く。
突進は受け止め、噛みつきは躱し、蹴りは受け流す。
攻撃を躱す姿は踊っているかのようで、一種の美しさがあった。
これだけでは仕留めることは出来ないと判断したクドラクは、さらに追い打ちをかける。
魔力をゆっくりと練り上げ始める。隙だらけだが、幸い今は自動攻撃してくれる闇への対応で手一杯だ。
練り上げる時間は沢山ある。
クドラクはじっくりと魔力を練り上げると、自身の切り札を切る。
かつて反乱を起こし、ストリゴイに使った自身の持てる最強の切り札。これを使えば勝てるはずだ。そう確信があった。
「世界は闇の中に。闇は道を示すことはなく、ただその者を飲み込むのみ。囚われた闇の中でもがき苦しめ。
クドラクから闇が這いずり出し、ストリゴイを巻き込んで覆う。
光をも一切通さない深い闇。1歩足を踏み入れれば、逃げることは叶わないと錯覚する。
「ふはは!!懐かしいな!!昔はこの異能にしてやられたものだ!!」
「“昔は”?寝ぼけているのか貴様は!!今回もコレに殺られるんだよ!!」
クドラクが叫ぶと、闇はその叫びに呼応するかのように動き出す。
棒人間のような生気のない闇が、何千、何万と作り出され、ストリゴイを襲う。
それだけではない。クドラクと同じ姿をした闇。更には地面から闇の棘も、ストリゴイの心臓を止めんと襲いかかる。
「流石にこれは邪魔くさいな。“沈め”」
ストリゴイがそう言うと、黒血に触れていた闇はその中に沈んでいく。
「チッ!!やっぱり厄介だな!!その能力は」
「ふはは!!貴様の切り札とは相性がいいからな。忘れたのか?あの時、我に勝てたのは人間と手を組んでいたからであろう?それを自分の力と勘違いして手札を切るとは......腕は鈍っていないが、頭の中は鈍ったな」
「黙れ黙れ黙れ!!」
クドラクは怒りに任せて闇を襲わせるが、その全てがストリゴイに届かなかった。全て黒血の海に沈んでいき、浮かび上がることは許されない。
ストリゴイは、コキコキと首を鳴らすと、身体を解しながら1歩1歩クドラクに近づいていく。
「さて、我も反撃に出るとしよう。覚悟はできているな?クドラクよ」
ここでクドラクは気づいた。自分は、先程まで遊ばれていたのだと。
よく良く考えれば最初に放った闇の弾はともかく、その次に襲わせた闇の狼をわざわざ捌く必要は無いのだ。
その血の海に沈めれば全て解決する。それをしなかったのは、ストリゴイが手加減して遊んでいたからだ。
そして今、ストリゴイは本気で自分を殺そうとしている。これは不味い。クドラクは本能でそう感じ取ると、一目散に背を向けて走る。
逃げの一手。男同士の決闘で背を向けるのは恥ずべき行為だが、生き残るための行動としては間違っていない。
絶望的に勝てない相手にはら全力で逃げるのは正しい判断だ。その相手が、逃がしてくれるかどうかは別だが。
「どこへ行くのだ?急に離れるとは寂しいでは無いか」
逃げようとしていた所へ一瞬で回り込まれる。あまりの速さに、何時どうやって回り込まれたのか察知できなかった。
「クソ!!行け!!殺れ!!ボクを守れ!!」
クドラクの命令で闇の棒人間が、狼が、ストリゴイを殺そうとするが、最早その程度で止められる訳が無い。
羽虫を払うかのように右腕を振るうと、それら全ては塵と化す。
今のストリゴイには、その闇で作られた物は全て木偶同然だった。
何とか逃れようと逃げ続けるクドラクだったが、ついにストリゴイに捕まってしまった。
黒血の海がクドラクの足を捉え、沈める。少しでも沈めば、その場から動くことは許されない。
「クソっ!!ボクはこんなところで死ねないんだ!!」
近づいてきたストリゴイに向かって、闇の弾を放つがほんの少し身体を動かしただけで避けられる。
闇の棒人間達は近づくことすら出来ず、自分も攻撃を当てることが出来ない。抵抗する手段を、クドラクは持っていなかった。
「人間共がいなければ、この程度よな。さて、団長殿にひとつ頼まれていたことを聞くとしよう」
ストリゴイはクドラクの頭を掴むと、ドスの聞いた声で語りかける。
「貴様、大魔王アザトースを知っているか?」
「...........」
「答えぬか?せめてもの抵抗か?話せば楽に殺してやるぞ」
「..........」
それでも、何も答えない。
クドラクの最後の抵抗だ。その意思は固いと悟ったストリゴイは、少しづつ黒血の海にクドラクを沈めていく。
目をつぶり、静かに沈みゆくかつての同胞を見ながら、ストリゴイはぽつりと呟く。
「いずれ、我も冥府へと行くことになる。その時は........その時は昔のように酒を飲もう」
「........極上の酒と席を用意しておく。なるべく早く来い。ボクを待たせるなよ」
その会話は、淡々とそれでいて様々な感情が混じっていた。
徐々に沈んでいくクドラクは、少し晴れやかな顔をして最後の言葉を残す。
「色々あったけど、ボクは仲間に恵まれていた。悪くなかったよ。ストリゴイ。先に待ってる」
とぷん、と海に沈んだ吸血鬼の王は再び浮かんでくることは無い。
クドラクが死んだことにより、闇は晴れ、城の中に戻る。
「待たせたな」
「いえ、言うほど待っていないわ」
先に戦いを終えたスンダルが、後ろからやってくる。その顔はどこか晴れやかだった。
「モヤが取れた様な顔をしているな」
「モヤが取れたのよ。心の隅っこに残ってた埃が落ちたの。“復讐は何も生まないが、自分はスッキリする”とはよく言ったものね」
「誰だそんな事を言ったのは......あぁいや、言わなくていい。大方、団長か副団長だろう?」
「カノンよ。中々的をえている事を言うでしょ?」
それを聞いたストリゴイは、苦虫を噛み潰したよう無い顔をする。
「我は、さほどスッキリはしなかったがな。心のどこかで、これでよかったのかと思うところがある」
復讐の感じ方は人それぞれだ。スンダルはそれに関しては何も言わない。心の中での対話は、その人自身にしかできないのだ。
「まぁ、どちにしろこれで目的は果たせたわ。集合地点に行きましょう。戦闘音はもうしないから、恐らく皆待ってるわ」
「そうだな。行くとしよう。だが、その前に1つやっておきたいことがある。少し待て」
ストリゴイは、クドラクが沈んで死んで行った場所に行くと、自分の手首を軽く切り裂く。
血が滴り落ち、その血は円を描く。
これは吸血鬼に古くから伝わる、死者への弔いだ。
「屍を越え、我はここに血を流す。我が同胞クドラクよ。安らかに眠るといい」
10秒ほど黙祷を捧げた後、ストリゴイは城の外に向かって歩き出す。スンダルもその後ろについていく。
何万年と続いた吸血鬼の王国。吸血鬼達の理想郷は、その長い歴史に幕を下ろすことになった。
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